同世代の作家で一番注目しているのが貴志祐介だ。
 リアルな状況設定と幅広い知識、緻密な取材を駆使した抜群のストーリーテラーぶりに脱帽した。
 角川ホラー大賞を受賞した『黒い家』、処女作にあたる『十三番目の人格』、個人的に一番衝撃を受けた『天使の囀り』。心理学を応用したホラーを得意として、作品ごとに傾向を変えているところに作者の力量を感じる。(ほかに文庫書き下ろしのサバイバルもの『クリムゾンの迷宮』がある。)
 貴志ワールドにすっかり魅了された僕は一九九九年に『青の炎』(角川書店、後に文庫化)が上梓されるやすぐに飛びついた。驚いた。『天使の囀り』でミステリ要素を取り入れあざやかなテクニックを見せた作者が何とそのものずばりの倒叙ミステリに挑戦しているのだ。
 義父殺しの完全犯罪に挑戦する主人公が十七歳の高校生というところが斬新だった。

 母と妹3人で平穏に暮らす家庭に突然闖入してきた男。弁護士を介してやっと別れることができた、母親のかつての再婚相手だ。酒浸りの毎日、すぐに暴力を振るう。もう二度と顔も見たくないと思っていた男がなぜか家に居ついてしまった。働く気配はない。元妻に小遣いをせびってはギャンブルに狂い、帰宅してからは部屋で酒盛りの日々。
 このままでは家庭が崩壊してしまう。愛する家族を守るにはこの世から抹殺する以外方法がない。そう悟った高校生の秀一は男を殺す完全犯罪を考える。
 なぜ義父を殺さなければならないのか、主人公に感情移入しやすい状況を作り、前半は犯行の計画と実行を綿密に描く。このくだりがかなりスリリングだった。陶芸や染色で職人の腕さばきにうっとりしてしまう個人的な〈職人フェチ〉を刺激されたところも大きい。
 だが、どんな理由があろうとも、殺人が許容されるわけがない。 
 『刑事コロンボ』よろしく、頭の切れる刑事が登場し、鋭い推理と執拗な事情聴取で秀一を追いつめていく。後半はどんな些細な糸口から完全犯罪の崩壊が始るのか、読者はハラハラしながら秀一と刑事の対決を見守ることになる。
 湘南を舞台に、ロードレーサー、インターネット、バーボン、キャンバス、絵の具、サバイバルナイフ等々、トリックの設定、小道具の使い方も効果的だ。絵になる素材をうまくストーリーに溶け込ませている。
 教科書からのインスピレーションを計画に応用させる展開も巧い。
 沈着冷静に、少々冷酷さを漂わせながら殺人を決行する頭脳明晰な高校生が、警察に追いつめられるにつれて、十七歳の素顔をかいまみせてくる。自分に好意を寄せる同級生の紀子への感情の変化、その心の揺れに共感した。
 そう、『青の炎』は定番ミステリの形を借りた青春小説なのだ。

 読了して「これは映画になる!」と思った。自分なりの映像の断片が頭の中でフラッシュして一人悦に入っていた。
 たとえば殺人に至るまでの過程は、『太陽がいっぱい』の偽サインの練習シーン、あるいは『太陽を盗んだ男』の液体プルトニウムを固体に変換させる作業に匹敵する恍惚感が得られるのではないか。たとえば死を覚悟した主人公が迎える哀しい結末は『早春』と同じくらいの衝撃を味わえるのではないか。
 的確なキャスティングとミステリの基本をがっちり押えたシナリオが得られるのなら――。
 ただ、それが無理であることは十分承知していた。
 小説が上梓されてから実際に十七歳の少年による殺人事件が起きてしまったのだ。「一度人を殺してみたかった」という動機は常識ある大人たちを震撼させた。以後続けてこの手の事件が頻発した。 
 完全犯罪に至るまでの行動を完璧に映像化すれば、殺人そのものが、魅力的に見えなくもない。世の中、短絡的な青少年が多すぎる。その結果どうなるか……。 
 映像の、青少年に対する影響は活字の比ではない。『バトルロワイヤル』公開前の、国会議員を巻き込んだバカげた騒動がそれを証明している。
 映画化はない。そう踏んでいた。
 数年経って青少年による殺人事件も記憶の彼方に消えたのだろうか?

 監督は蜷川幸雄。「アイドル映画を撮る」という言葉に不安を覚えながらの初日鑑賞となった。
 不安はある部分的中し、ある部分は霧散した。
 映画はほぼ原作に忠実に作られている。小説の語り(三人称だが、あくまでも秀一のモノローグが中心)を活かすためか、犯罪の発端から結末までを秀一(二宮和也)がテープレコーダー片手に逐一録音する処置がとられた。
 青を基調した映像設計が素晴らしい。カメラワークは大胆かつ流麗(撮影・藤石修)。様々な細工が施されている。  
 人気アイドル二人を起用しては原作にあるベッドシーンなんて撮影できない。そこで、ガレージの勉強部屋に原作にはない、人が入れるほどの大きな水槽を設置し、そのガラス越しにおける手のしぐさで、クライマックスの秀一と紀子(松浦亜弥)のなまめかしくも心にしみる交流を描いた。
 ロードレーサーで海岸通りを走る秀一を狙った移動ショット、第二の殺人に発展するコンビニ偽装襲撃の打ち合わせで秀一と登校拒否の同級生がエスカレーターを上がったり下がったりするシーンも印象深い。
 ただしこうした魅力的な映像処理がミステリ映画、犯罪映画としての瑕疵となったともいえる。
 完全犯罪を行う者がその証拠をテープに残そうとするだろうか。犯罪の打ち合わせを人目のつくエスカレーターでするものだろうか。
 だいたい前半の見どころとなるべきアリバイ工作が、どう贔屓めに見ても完璧に思えない。自ら墓穴を掘っているかのようだ。だから後半の刑事(中村梅雀)との息詰まるような対決に昇華しない。
 思うに、これはわざとそうしたのかもしれない。この映画の主要な観客、十代の少年少女への影響を考慮した結果ではないか。
それはラスト、死を決意した秀一に対する、原作にはない紀子の言葉「この地球上で殺されてもかまわない人間なんて一人もいない」に集約されている。
 人間の生理という観点から納得できないところもある。
 嫌悪する男(元亭主=山本寛斎)に無理やり抱かれて女(母親=秋吉久美子)はあえぎ声をあげるものだろうか。あれは確かに感じている風だった。このくだりは原作にもある。声を聞いて秀一の殺意は沸点に達する重要な意味を持つ。ただしその質までは言及していない。
 活字と映画の差を実感した。
 二宮和也、松浦亜弥はともに好演。とくに松浦の、ラストで見せるこちらを射るような表情は特筆モノ。ミスキャストだと断定していた自分の不明を恥じる。
 秀一の妹役、鈴木杏も達者な演技を見せてくれる。可愛い。
 映画『青の炎』はミステリとして、その他作劇的な不満もあって、もろ手をあげて絶賛するつもりはない。とはいえ、青春映画の佳作であることは間違いない。




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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