●巨人・大鵬・玉子焼き 2005/05/31

 「巨人・大鵬・玉子焼き」の最後の世代だと思う。甘い玉子焼きより醤油をかけて食べる目玉焼きの方が好きだったけれど。
 小学6年生だったか。祖母の家で叔父たちと夕方の相撲中継を見ていた。大鵬の取組相手は細い小兵力士。若手でめきめき力をつけていると評判だった。熱戦の末、大鵬が敗れ翌日引退を発表した。少年にとって相撲の代名詞だった大鵬を倒したのが貴ノ花だった。いっぺんにファンになった。以来、新聞や「大相撲ダイジェスト」で貴ノ花の勝敗に一喜一憂した。
 ライバルの輪島は順調に出世して横綱になった。貴ノ花は大関になってからというもの、大事な一番で星を落とすことが多かった。よくて10勝か11勝、だいたい勝ち越すのがやっとだった。
 そうなると場所が始まるたびにヒヤヒヤもんだ。勝てば翌日の新聞のスポーツ欄を何度も読み返す。負けると1日気分が悪かった。
 大関は2場所負け越すと陥落する。貴ノ花も何度もその危機をむかえたものだ。そういう場所に限って調子がよかったり、とにかく勝ち越してピンチをしのいだ。今思い出すといつもハラハラしながら貴ノ花の相撲をみていたような気がする。負け姿を見たくない思いが高じて途中休場するとホッとしたり……
 だからこそ2度の優勝、特に初優勝の時は両手をあげて部屋の中を飛び歩いた。相手がヒールの北の湖なのだから喜びは2倍、3倍だった。
 優勝はしても後が続かない。そのうちクンロク大関などとマスコミに揶揄されるようになった。9勝6敗は白星が黒星を二つ先行しているのだから、恥ずかしい成績とは思えないのだが、大関クラスになると物足りないのだろう。つまり強い大関なんていないのだ。強ければすぐに横綱に推挙される。ということはどういう意味か。
 その手の記事を読むたびに舌打ちしていた。大受なんて一度大関を陥落してからというもの、一直線に番付を下降していき「誰ぞ大受に愛の手を」なんて囁かれていたのだから。大関に踏みとどまっていることだけでもすごいことではないか、評価すべきじゃないか、と。 
 貴ノ花が引退を発表すると、マスコミの態度が急変した。名大関の名称はこのときからついた。今では〈昭和の名大関〉だ。
 ふざけるんじゃない! てめえら現役時代酷評しまくったのを忘れたのか!!
 引退して藤島部屋を創設。関取第1号が安芸ノ島だった。そんなわけで僕は十両時代から安芸ノ島を応援していた。二人の息子が角界入りして若貴ブームになったとき、若ノ花を贔屓していた。小さい頃から彼らを見ていて、何かにつけてお兄ちゃんの方がハンデがあったからだ。若ノ花を応援していると、若貴ブームに便乗したにわかファンと見られてくさったこともある。先代の貴ノ花が大鵬を破った時から……僕の言い訳は長くなる。
 二子山部屋を吸収する形で合併することには反対だった。0から始めた藤島部屋を大きくしてほしかった。本人もその意思はあったらしい。しかし師匠の言葉は絶対。現役時代も師匠の指示で何度か改名したっけ。思えばこの頃から何かが変わっていったような気がする。
 今、貴花といえば横綱・貴乃花だろう。僕にとっては先代の大関貴ノ花だ。貴ノ花には大関の文字がよく似合う。
 元大関貴ノ花のあまりに若すぎる死。覚悟はしていたけれど、やはり悲しい。
 合掌。


●父の涙 2005/06/02

 涙もろい方である。たぶん母に似たのだろう。子どものころ、母はTVのドラマや映画を見ながらよく涙を流していた。その横で母ほどではないけれど、僕も頬を伝わるひとすじ、ふたすじ光るものを感じていたものだ。
 「魔法使いサリー」のあるエピソードでは嗚咽するくらい感情が高ぶり、コタツの中にもぐりこんで涙をぬぐったこともある。
 父は違った。どんな映画を見ても表情を変えたことがない。家族でドラマを見ていて、こちらの感情を揺さぶるシーンを目の当たりにすると真っ先に父の顔を盗み見た。とりたてて何があるわけでもなかった。
 父は別に威厳があるわけではない。亭主関白とはほど遠い存在。にもかかわらず感情という面においてはとてもどっしりしていた。
 泣く姿を人に見られたくない、人前で泣くのは恥ずかしい。そんな思いが強いのは父の泣いている姿を見たことがなかったからだと今になって思う。
 涙もろいのは大人になっても変わらなかった。
 困るのは映画館である。場内が明るくなっても涙が乾かないと恥ずかしくてたまらない。
 大学2年時、彼女と「ねらわれた学園」&「野菊の墓」を観た。大林監督の「ねらわれた学園」が目当てである。併映の「野菊の墓」は松田聖子の主演ということでバカにしまくっていた。にもかかわらずラストで泣いた。当然隣の彼女も泣いているものと気をゆるしていたら、明るくなってから「はい」とハンカチを渡された。見るとニコニコ顔。その顔にはよくこんな映画で泣けるわねと書いてあった。
 娘が小さかった頃、せがまれて「セーラームーン」の映画を観に行ったことがある。かなりストーリーに夢中になってしまい、クライマックスで涙が流れた。やばい、と思いながらも場内は暗いし、娘はスクリーンを凝視しているので気づかれることもないとタカをくくっていた。家に帰ると「おかあさん、お父さんったら、セーラームーン見て泣いているんだよ」だって。しっかり観察されていた。
 一生父の涙なんて見ることはないと思っていた。そんな父の涙に初めてふれたのが母の葬儀だった。喪主の挨拶時に急に涙ぐんだのである。
 もう後がないと言われて1年あまり。すっかり心の整理もついてのぞんだ通夜であり葬儀だった。よもや父が泣き出すとは考えてもいなかった。父の嗚咽する姿にショックを受けまた感激した。
 あの時流した僕の涙は母を失った悲しみによるものではなかった。




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Author:kei
新井啓介
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まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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