もう何年も前から落語ブームが囁かれていた。下地があったところにTVドラマ『タイガー&ドラゴン』で一気に過熱した。「大銀座落語祭」も夏の風物詩になった感がある。ブーム到来、か。
 この勢いに乗じて「ファイティング寿限無」(立川談四楼/ちくま文庫)が映画化されないものか。
 噺家とプロボクサーの二足の草鞋を履いた青年の物語。売名目的で始めたボクシングの才能が開花し、あれよあれよと世界チャンピオンまで駆け上っていく過程はとにかく痛快。ラストの、実際にはありえない決着のつけ方に作者の落語への愛を感じて感激した。アクション(ボクシング)中心の青春小説は絶対映画向きなのだ。
 主人公には岡田准一でどうだ? 『タイガー&ドラゴン』で噺家、映画『フライ、ダディ、フライ』で格闘技に長けた高校生を演じているのだからまさに適役だろう。勝手にキャスティングして一人悦に入っていたら思わぬ伏兵が現れた。
 『しゃべれども しゃべれども』である。主演はTOKIOの国分太一。先を越された。オリジナルかと思ったら原作がある。十年前に「本の雑誌」ベストテンで一位に輝いている。全然知らなかった。あわてて公開前に同名小説(佐藤多佳子/新潮文庫)をあたった。

 主人公の〈俺〉は今昔亭三つ葉という二つ目の噺家。高座以外でも和服を着て江戸情緒にどっぷりつかろうとする平成の〈坊っちゃん〉。短気でせっかちで無鉄砲な青年だ。幼いときに両親を失い、今は茶道教室を開く祖母と二人きりの生活という境遇もどこか本家に通じるところがある。
 このところスランプのようで、師匠にはいつも小言をくらっている。現代に生きた古典落語、師匠のセコなコピーではない自分の落語を求めてあれこれ悩んでいるところに、ひょんなことから自宅で落語教室を開くハメになる。
 生徒は4人。吃音に悩む従弟の良。失恋して笑顔を忘れた勝気な女性の十河。大阪弁がいじめの対象にされている小学生の村林。マイクを前にするとまともにしゃべれず、解説の仕事を干され気味の元プロ野球選手、湯河原。4人にきちんと「まんじゅうこわい」をしゃべらせることが三つ葉の役目だ。が、これがうまくいかない。
 とにかく4人の仲が悪い。ちっともまとまらない。やる気があるのかないのか。そんな生徒と三つ葉のやりとり、会話の面白さに何度も大笑いしながら、やがてタイトル「しゃべれども しゃべれども」の本当の意味がわかってくる。
 落語教室をとおして4人は何を得るのか? 教えることで逆に三つ葉は何を学ぶのか?
 熱狂的な阪神ファンでこまっしゃくれた村林と、生徒の中で一番孤立している湯河原の関係が愉快だ。本質をついた小学生の指摘に分別のあるいい大人が本気で怒りまくるのだから。
 この経緯があるからこそ、いじめっ子のボスに野球対決で挑む運動音痴の村林の心意気を知り、湯河原がバッティングコーチを買って出るくだりに胸が熱くなる。
 最終決着をつけるべく開催された「まんじゅうこわい」発表会。決して予定調和でない展開に涙が滲み、爽快感が全身を駆け抜ける。それは肝心要の三つ葉と十河の和解にも言えることだ。こちらは十分予想できたけれど。
 先生も生徒も皆不器用だけどまっすぐな心根が気持ちいい。
 四季のうつろいがさりげなく描写されていて心がなごむ。桃、ほおずき、金木犀、沈丁花。色や匂いが感じられた。

 映画が公開されるとすぐに足を運んだ。監督は平山秀幸。前作『レディー・ジョーカー』は残念な結果になってしまったが、桐野夏生のベストセラーを映画化した『OUT』は快作だった。原作を尊重しながら、映画オリジナルの展開(脚本・鄭義信)にしたところが功を奏した。素材がまったく違う今回はどうだろうか?
 映画は登場人物の簡略とストーリーの短縮が施されている(脚本・奥寺佐渡子)。
 まず従弟の良がカットされた。落語教室の提案者であり、生徒たちの潤滑油的存在にもなる役どころなのだが、吃音が差別につながるという配慮だろうか? 三つ葉役の国分太一をより引き立たせる意味合いもあるのかもしれない。なにしろ良はしゃべらなければ女性にモテモテのイケメンなのだから。
 三つ葉が失恋する女性も、踊りの師匠の娘から、村林(森永祐希)の叔母(占部房子)に変更されている。祖母(八千草薫)の茶道教室の生徒で、三つ葉とは以前からの知り合い。この叔母がクラスに馴染めるよう甥っ子に落語を教えて欲しいと三つ葉に落語教室を提案する役を請け負うことになる。
 ストーリーが簡潔になった分、展開が強引になったきらいはある。
 湯河原(松重豊)の落語教室への参加に少々無理がないか。
 失恋のため、三つ葉が傷んだ弁当を無理やり食べて腹をこわすのもあまりにもとってつけたようなエピソードだ。相手がいくら料理下手といっても、人に食べてもらうのに食材の賞味期限に神経を注がないわけがない。
 ラストも唐突すぎる。いつも反発していた三つ葉と十河(香里奈)が実は互いを意識していたとわかる一瞬。小説ではこれからの恋愛を暗示させ物語を締めくくってくれるのに、いきなり三つ葉のプロポーズになってしまうのだ。「(家には)ばばあがいるぞ」をそこで使うか。隅田川を走っていく水上バスといったシチュエーションにゆずの主題歌がはまっていたのに……。
 と、まあ、ドラマ的には及第点といったところなのだが、エッセンスはそのままだし、何よりラストで爽やかな気持ちになれるのだから映画化としては上出来である。
 しかし、この映画で特筆すべきなのは、落語という日本の伝統芸が映像できちんと表現されたことだと思う。役者がプロの噺家を演じ、風情を醸し出すだけでなく、実際に落語を披露する。その落語がホンモノに見えたこと、なおかつその話芸に魅了させられたこと。どんなに言葉を紡いでも芸そのものを小説で見せることはできない。映画はその芸を、芸の質を段階的に描いて観客を納得させる。
 三つ葉の師匠である小三文の十八番「火焔太鼓」を伊東四朗がごく自然に演じてみせる。原作では「茶の湯」なのだが、誰にでもわかるようにポピュラーなネタにしたのだろう。その「火焔太鼓」を一門会で三つ葉が初披露し、スランプを抜け出す一瞬を体現する。これは技ありの演技、演出だった。それまでの不甲斐ない高座ぶりとの対比が鮮やかだ。映画化の意味はここではないか。
 もうひとつ、村林の「まんじゅうこわい」も実際に笑えるところに瞠目した。いじめっ子のボスが笑いだすのが実感できるのだから。 
 予感はあった。冒頭の、カルチャーセンターの「話し方教室」特別講師として講義するため外出する師匠に病気でダウンした前座に代わって三つ葉がお供するシーン。「どこに行くんです?」の質問に「カルチャ」と暢気に答えるそのアクセントがたまらない。おまけに下町風情の、昔ながらの佇まいをバックに初夏の日差しを浴びながら和服姿で並ぶ二人を正面から捉えたショット。
実になんとも粋ではないか!




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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