先週からブログを更新していなかった。
 実は帰宅してから原稿を執筆していて更新する余裕がなかったのだ。
 執筆というか、加筆訂正か。

 今秋、「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」を上梓する。
 HP「夕景工房」に掲載した際のタイトルが「1978 ぼくたちの〈赤い鳥〉物語」。大幅に加筆訂正して限定100部私家本を作った時は「僕たちの赤い鳥ものがたり」。
 この本が今秋文庫になるにあたって再度改題したというわけだ。

 当然、またまた大幅加筆している。
 今度は編集者がついて、内容についていろいろアドバイスをもらっているからその量は半端ではない。

 この小説・のようなものは、主人公の日記の体裁をとっている。この日記というのが曲者、日記ということで表現や描写が限定されてしまうのだ。普通の小説(それがたとえ一人称であっても)なら、詳細に描写できる人物像等が日記だと制限されてしまう。
 だって日記だとそんなことしないでしょう? 本人がわかりきっていることは書かない。

 たとえば、主人公の親友で上ちゃんという人物が登場するのだが、主人公は始終上ちゃんという表記しかしない。小学校のときからそう呼んでいる友だちなのだから当たり前のこと。本当の名前、そのフルネームを書きはしない。もしそんなことをしたら、それこそ説明文章だ。リアリティが失われてしまう。
 意中の女性に気持ちが通じた、キスをした、セックスした、なんてことの記述、本当の日記なら1、2行のものだろう。日記は物語を描くにはやっかいなしろものなのだ。

 私家本にしたときは、新たにプロローグをつけて、日記を基にした小説・のようなものとした。つまり、本当の日記では、1行ですませてしまった行動を詳しく書いたというように、エクスキューズしたのだ。
 とはいえ、各文章の冒頭には〈○月×日〉がつく。体裁はあくまでも日記なのである。

 今回は、〈○月×日〉という表記をやめた。月ごとに文章をまとめ、日付は、最初の行の一番下に入れた。これで日記という体裁から開放された。つまり日付のある小説にしたのだ。
 作業は一応終わったのだが、まだ編集者の要望をすべて反映させてわけではなく、もう一度読み直しながら、追記していくつもり。来週には提出できるだろう。

 この作業が終わったら、次の小説に取りかかる。タイトルは「明日を知らない少年たち」。
 5年生のときに8ミリ映画制作グループを組織して、アニメや怪獣特撮映画に取り組み、失敗を繰り返す少年4人組。やがて、6年のお正月、NHK少年ドラマシリーズ「タイム・トラベラー」に感激して、原作の「時をかける少女」に対抗して「明日を知る少年」の映画に取り組むことになる。撮影に中学1年、2年と2年かかった。録音は3年生になってから。
 自分なりの「スタンド・バイ・ミー」なのである。
 時代背景は1969年の大晦日から始まって、1975年まで。
 乞うご期待!




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kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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