もう3日前になるが、週刊文春が発売された21日(木)、リアルタイムで〈小林信彦〉を検索したらこんなツィートがヒットした。

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小林信彦無双。永六輔本人のみならず、その配偶者にまで筆誅を及ぼし、返す刀で「大橋巨泉はぼくが忙しいときの穴埋めだった」と斬り捨てる。さらに齋藤晴彦の藝を「こういっては失礼だが、ぼくが演じたほうがややマシではないか」つくづく、小林信彦氏より先に死ぬのは恐ろしいことである。
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 文春連載の「本音を申せば」で小林信彦が書いている内容について言及しているのだが、これだけ読むと、どれだけ小林信彦が永六輔夫妻や斉藤晴彦の悪口を書いているのかと思う。
 今回のエッセイのサブタイトルは〈新しい「ゴーストバスターズ」〉なのだが、前半は亡くなった永六輔の思い出話で、かつて〈エノケン・ロッパの会〉で会ったことに触れている。
 ある方が開催した催しで、斉藤晴彦がロッパの食生活の本を朗読し、エノケンの歌をうたうというもの。互いに奥さんを連れていたという。
 該当する箇所はこうである。

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 思いつきは悪くないが、斉藤さんはこの二人の声を知らないので、どうも似ていない。こういっては失礼だが、ぼくが演じたほうがマシではないかと思った。ぼくは〈ロッパがエノケンの真似をする〉テープを頂いていて、その気になればこの二人の真似を演じられると考えていたからである。
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 齋藤晴彦の藝ではなく、あくまでも、この会で披露したロッパの声、エノケンの歌声が似ていないということなのだ。

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ラジオの王様になった永六輔にぼくは興味がなかった。葉山にあったぼくの家にきたとき、永夫人は夕陽を見て「ああ、陽が暮れてゆく……」といったことをセンチメンタルに呟いていた。昭和三十五年ぐらいのことだろう。
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これのどこが筆誅なのか。

 返す刀で以降も、原文をあたる。
 小林信彦は永六輔と前田武彦のラジオに呼ばれることが多くなった。3人でいろいろやっていたらしい。
 で、こう続く。

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そのうちに永六輔は大阪労音の仕事で大阪へ行き、穴があいてしまって、前田武彦と女性一人、ぼくの三人で、番組を作った。ギャラはわずかだが、ぼくとしてはありがたかった。ぼくが忙しくなると、大橋巨泉がその穴を埋めていたと聞いたことがある。
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 小林信彦の意図を捻じ曲げて紹介している。それが狙いなのか。それとも、本当にそう思っているのか。だとしたら読解力がまるでない。

 これを書くために、文春を買ってしまった。もう何年も立ち読みですましているというのに。ったく。




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Author:kei
新井啓介
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まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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