書き忘れている映画鑑賞メモ

 10/2(日)   「赤々煉恋」(阿佐ヶ谷ユジク)
 10/5(水)  「赤々煉恋」(阿佐ヶ谷ユジク)
 10/6(木)   「イエスタディ」(シネマカリテ)
 10/10(月)  「ハドソン川の奇跡」(丸の内ピカデリー)
 10/18(火)  「おはん」(神保町シアター)

          * * *

 十年ほど前に京極夏彦のミステリが大ブームになった。
 もともと高校時代に松本清張にはまってからというもの、ミステリは広く浅く読んでいたのだが、会社の同僚に超がつくほどのミステリ好きがいて薦められるままに本格ミステリを読むようになっていた頃だ。
 島田荘司の代表作を何冊か借りて読んだところ、面白いことは面白いがどうもしっくりこない。トリックのためだけにストーリーが構築されていて、謎解きはスリリングなのに登場人物の行動がリアリティに欠ける。嘘っぽさが鼻につくというか。たとえば挿入される日記。これが他人に読ませるためのものであるのが歴然、普通こんな文章書かないだろうなんて突っ込んでしまう。そんなことがよくあってイマイチ夢中になれない。
 そんな不満を、もう一人の、やはりミステリに造詣の深い同僚に述べると京極夏彦の一連のミステリを薦められた。「ああ、あの新人作家ね」。書店の新書コーナーに分厚い(通常の新書の2倍、3倍の厚さ)本が並んでいて気にはなっていた。図書館で借りようとしていたところ、以前出向していた会社にたまたま用事があって顔を出すと、後任の女性が「姑獲鳥の夏」「魍魎の匣」「狂骨の夢」の3冊を持っていて貸してくれるという。あわてて読み出して夢中になった。

 妖怪、憑依、呪詛といった怪奇趣味に昭和20年代の舞台設定が合致し、全編に散りばめられた精神医学や心理学その他もろもろの薀蓄話も気に入った。
 この小説を本格ミステリといえるのかどうか、僕には判断できないが、とにかく現代でないという時代設定でリアリティの問題が解消されていた。
 3冊のうち特に怒涛の勢いでページを繰ったのが「魍魎の匣」「狂骨の夢」の2作だった。
 終戦直後の舞台設定というところから、今、映画化したら平成の〈金田一シリーズ〉の趣きがでるのではないかと思った。「魍魎の匣」に、列車の向かい合わせになった男がスーツケースを開くと切断された少女が入っていたというくだり(詳細は忘却の彼方)があって、映画化するのなら実相寺昭雄監督が適任なのではと、実相寺風映像を思い描き一人悦に入っていた。
 まさか本当に実相時監督の手で映画化されるなんて!

 このシリーズはレギュラー陣のキャラクターのユニークさも人気の一因である。いやそれが一番かもしれない。
 事件に遭遇し、あるいは巻き込まれ、語り部的役割を果たす作家の関口、薔薇十字探偵社の探偵で透視能力を持ち、独断専行の榎木津、刑事の木場修太郎こと木場修、彼らがそれぞれの立場から事件を追い、推理して、にっちもさっちもいかなくなって最終的に古本屋の主にして陰陽師、名探偵の京極堂の助けを得て見事解決というのがシリーズの大きな流れ。
 心配していたキャスティングも京極堂に堤真一、榎木津に阿部寛、個人的には見事ストライクゾーンだ。関口の永瀬正敏、木場修の宮迫博之も悪くない。木場修、もう少し強面を強調させるなら遠藤憲一でもよかったかもしれない。
 というわけでこの夏邦画の一番の期待作になった。

 てなことをしたり顔で解説しながら、どんな内容だったか、ほとんど覚えていないのが恥ずかしい。逆にいうと原作に引きずられることなく映画を映画として楽しめるということだ。

 昭和20年代の東京。関口は世間に流布している奇怪な噂の解明を求めて友人である京極堂の古本屋を訪れていた。雑司が谷にある久遠寺医院の娘(原田知世)が妊娠20ヶ月になるというのに、出産の気配がなく、おまけに夫が失踪、何と密室から忽然と姿を消したという。最初は相手にしなかった京極堂だが、夫が学生時代の先輩だと知るとにわかに顔色を変えた。
 京極堂の勧めで共通の友人、榎木津の探偵事務所に足を運んだ関口はそこで久遠寺医院のもう一人の娘(原田知世 二役)に出会う。身重の梗子の姉にあたる涼子が義弟の探索を依頼に来ていたのだった。
 こうして奇妙な噂に端を発した調査は、木場修が捜査している久遠寺医院の元看護婦の謎の急死事件、新生児連続行方不明事件に絡み合い錯綜して迷宮の世界へ突入していく。涼子にある感情を抱いている関口は何とか彼女を救いたいがため京極堂の救援を求めた……
「この世に不思議なことなど何もないのだよ、関口くん」

 実のところ、この映画に原作同様のミステリの面白さ、謎解きなんて期待していなかった。実相寺監督のことだから当時の風俗、風習の再現、凝りに凝ったスタイリッシュな映像に重きをおき、原作を読んでいないと内容的に意味不明な展開になるのではと勝手に予想していた。膨大な原作の単なるダイジェストになるくらいなら、それでもいいと。
 昨年放送された「ウルトラQ darkfantasy」のラス前を飾った「ヒトガタ」「闇」で実相寺イズムが存分に発揮されていたので、期待はその映像美、センスにこそにあったといっていい。

 当時の東京の街並みを切り取ったスチールで構成されたタイトルバックに痺れた。実相寺監督がよく寄稿する「東京人」に繋がる世界。明朝体のクレジット、そのデザインにやはり市川崑監督の金田一シリーズを意識しているような。劇中にたびたび挿入される月に関する報告カットに使用されている文字は「怪奇大作戦」に対するセルフオマージュだろうか。
 ストーリー的には原作を要領よくまとめたと思う。懸念していたミステリとしての体裁もちゃんと保たれていた。榎木津が登場する意味があったのかという意見もある。確かに映画だけを考えたら「?」なのだが、それはまあファンサービスということで。謎解きのクライマックスでは前半にはられた伏線に気づいて2度ばかし膝をたたいたものである。

 セットや美術に、かつて金田一シリーズがそうであったような(セミ時代劇)の雰囲気が満載。それも何気ないショットに写りこむ桐箪笥だとか廊下だとかにしみじみしてしまう。
 しかし、しかし。肝心の映像、演出はというと、これがちっとも〈らしく〉ないのである。全体的にシャープな感覚が欠如していた。
 何度も繰り返し挿入される姑獲鳥のイメージショット。いかにも女性が作り物の羽根をまとったという感じでチープというかダサいというか。「ウルトラQ darkfantasy/闇」で廃墟写真を絶妙なタイミングで挿入したカッティングのキレにほど遠いものだった。
 久遠院病院の暴動シーン。迫力も緊迫感もない。拍子抜けした。
 クライマックスの炎上シーン。いかにもミニチュア然としていてがっかり。その昔、「怪奇大作戦/呪いの壺」で本当にお寺を燃やしているとTVの前で小学生をあわてさせた大胆な合成、構図の勢いなんて少しも感じられない。
 ほかにもやけにカメラ目線の演技が多くて、エンディングロール後にスポットライトの京極堂が登場して名台詞を言うに至っては本当にこれが実相寺監督作品なのかわが目を疑ってしまった。声だけの処理の方がよっぽど洒落ているのに。
 京極シリーズの(かつての)ファンとしては及第点、実相寺ファンとしては不満タラタラ。そんな映画だった。




関連記事
スポンサーサイト
NEXT Entry
書評「模倣犯(上・下)」
NEW Topics
「千里眼」「忠臣蔵コレクション4 列伝篇 上下」「のり平のパーッといきましょう」 ~ある日の夕景工房から
58
「朝霧」「墓地を見おろす家」「催眠」「蟲」「ファミリー」 ~ある日の夕景工房から
「論戦」『黒澤明 「一生一作」全三十作品』「鯛は頭から腐る」「読むJ-POP 1945-1999 私的全史」 ~ある日の夕景工房から
「死国」「黒い家」「天使の囀り」「バースディ」 ~ある日の夕景工房から
「世紀末、どくぜつテレビ」「江戸はネットワーク」「清張ミステリと昭和三十年代」 ~ある日の夕景工房から
「ジャーナリストの作法」「たかがテレビ されどテレビ」「藝人という生き方、そして死に方」 ~ある日の夕景工房から
「恋」「秘密」「ラザマタズの悲劇」 ~ある日の夕景工房から
「兄弟」「芸人失格」 ~ある日の夕景工房から
「少年H 上下」「ジュラシック・パーク」「塗仏の宴 宴の支度」「塗仏の宴 宴の始末」 ~ある日の夕景工房から
Comment
Trackback
Comment form
 管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード

Page Top