訃報が続いた。
 声優の肝付兼太氏(80歳)。
 声は子どものころからTVアニメで親しんでいた。代表作を一つあげるとすれば「ドラえもん」のスネ夫になるのだろう。
 両親世代なのだと改めて認識する。この世代の訃報はこれからも続く。つらいことではあるけれど、自分の年齢を考えれば仕方のないこと。
 と考えなければつらくて、それこそ仕方がないのだ。

 第一期ウルトラシリーズ、その後、実相寺監督その他映画やCM等の美術で活躍していた池谷仙克氏。
 いつも仙克をどう読むのか悩んでいた。〈のりよし〉なんですね。
 新聞の訃報を見てため息ついた。
 「ウルトラセブン」の途中から怪獣のデザインを担当、「帰ってきたウルトラマン」の初期の怪獣らしい怪獣も手掛けている。実相寺監督がTBSを辞めてフリーになってしばらくしてから一緒に映像制作のプロダクション、コダイを設立、社長を務めていた。学生時代体操を得意として、「シルバー仮面」では、ある事情でスーツアクターに代わって、シルバー仮面の中に入った、と何かで読んだことがある。
 76歳。80歳までは活躍してほしかった。

 何よりショックだったのはりりィだ。文章の流れから〈氏〉とか〈さん〉をつけなければいけないのだが、どうもしっくりこないので、あえてりりィと書く。
 ネットニュースで逝去を知り、叫んでしまった。64歳。早すぎるよ。
 昨年だったか、一昨年だったか、TOKYO MX「小室等の新音楽夜話」に旦那さんと出演して、久しぶりに歌声を聴いて喜んでいたのに。肺がんじゃ仕方ない。
 「私は泣いています」はシングルレコードを買った。アルバムも買うか迷ったが結局見送った。ちょうどそのころリリースされたアルバムタイトルが「タエコ」だったと思う。本名からつけたと何かで読んだのだが、訃報で本名が小恵子(さえこ)だとわかった。
 松田優作の遊戯シリーズ第3弾「処刑遊戯」の冒頭に登場して、これが女優デビューだと思っていた。ところが新聞の訃報で大島渚の「夏の妹」に出演していることを知った。歌手デビューと同じころに女優もやっていたのだ。

 昨日は休みで午後はずっとニトリから取り寄せた、すきま家具を組み立てていた。TVをつけっぱなしにしていて、「新・科捜研の女」の後「新・ヤメ検の女」がはじまった。土曜ワイド劇場枠の2時間ドラマ。これにりりィが犯人役(最後は無実だと判明する)で出演していた。胃がんで余命いくばくもない母親を演じていて、見いてしまった。ラスト近くで少々涙がにじんだ。
 テレビ朝日は追悼の意味で再放送したのだろうか。

 3人のご冥福をお祈りいたします。




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。さまざまなイベントを企画、開催していますので、興味あれば一度覗いてみてください。

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