12月2日(金)、シネマDEりんりん今年最後のイベントが開催されます。
 題して【スペシャルゲスト 新藤 風監督の語る 新作映画『島々清しゃ~しまじまかいしゃ』と祖父、新藤兼人】

 以下、シネりんからの案内を転記します。
 もし、興味あれば、足をお運びください。
 飛び入り参加、大歓迎です。

     ▽
 故・新藤兼人さんのお孫さんで映画監督の新藤風(かぜ)さんをゲストにお迎えし、ご自身の11年振りとなる新作『島々清しゃ』(来年1月21日公開/安藤サクラ・伊東蒼主演)の制作裏話や第39回日本アカデミー賞「百円の恋」で最優秀主演女優賞を受賞した安藤サクラさんのことなど、他では聞けない裏話を大いに語って頂きます。

 また、風さんは晩年の新藤兼人監督と同居し、公私ともに氏を支えてきました。間近で見てきた新藤兼人監督は、風さんにとってどんな方だったのでしょう?
 兼人監督の作品や製作スタイル、お人柄などのお話をじっくりと伺いたいと思います。
 聞き手は、おなじみのキネマ旬報元編集長の植草信和さんです。

 トークショーの後は恒例の風監督を囲んでの懇親会です。
 参加者の自己紹介や映画宣伝タイムも設けておりますので是非是非ご参集くださいませ。
 気鋭の監督とともに寒い12月の一夜をホットに過ごしましょう!

 映画『島々清しゃ』とは?
 『島々清しゃ』は、沖縄・慶良間諸島を舞台に、音楽が人々をつなぐひと夏の物語です。人並み外れて音感が鋭敏なため、僅かな音のズレでさえひどく気になり、うまく学校生活を送れずに心を閉ざして毎日を過ごす少女(伊東蒼)。
 一方、唄も踊りも下手で、それを気にして少女と離れて暮らす母親(山田真歩)。コンサートのために島を訪れた女性ヴァイオリニスト(安藤サクラ)。彼女たちが島唄をともに奏でることでやがて心が通じ合い、お互い新たに生きていこうとするまでが丁寧に描かれています。

 『島々清しゃ~しまじまかいしゃ』
 2017年1月21日(土)テアトル新宿他にて全国公開予定
 公式HP 

詳細----------------------------------------------

 12月の楽生會シネマDEりんりん スペシャルゲスト 新藤 風監督
 【新作映画『島々清しゃ~しまじまかいしゃ』と祖父、新藤兼人】

日時:2016年12月2日(金)19:00スタート(18:30オープン) 
 ※12月は土曜日ではなく金曜日に開催なのでお間違いのないように!
   懇親会 20時~22時(中締めは21時)遅刻・早退OKです! 

会費:2500円(男性でアルコールを飲む方)2000円(女性 /学生/アルコールを飲まない男性)
 ※ドリンク、軽食付き。特典映像あり。★差し入れ大歓迎です!

場所:竹林閣 東京都 新宿区 新宿5-14-3 有恒ビル6F
 ※「花園神社」はす向かい、明治通り沿い。有恒ビルの1Fには 「鍵の救急車」があります。
 ※隣には「ホテルサンライト新宿」

<アクセス>
●地下鉄「新宿三丁目駅」の「E1」出口から3分。
●地下鉄「新宿三丁目駅」または「東新宿駅」から徒歩7分。
●JR線・西武新宿線「新宿駅」から徒歩15分。
     △

 新藤兼人監督とは一度だけお話ししたことがある。
 ということで、以下、おまけ。

【おまけ】

2007/08/25

「陸に上った軍艦」(ユーロスペース)

 今年元旦の朝日新聞。市川崑と新藤兼人、両監督による対談を夢中で読んだ。二人合わせて180歳以上。90歳を越えまだ現役の監督なのだから、そのバイタリティにひれ伏してしまう。
 例外はあるけれど総じて映画監督は長寿なのではないか。政治家同様現役のまま天寿をまっとうするイメージがある。昭和世代になると状況は変わってくると思うけれど。

 映画監督・新藤兼人を知ったのはいつだったろう? 
それがはっきりしないのだ。高校時代だったことは確か。本で知ったのだろうか。初めて読んだ著作が「ある映画監督 ―溝口健二と日本映画」だった。関係者へのインタビューだけで構成されたドキュメンタリー映画「ある映画監督の生涯 溝口健二」に興味を持ったから読んだのだが、いまだに映画は観ていない。社会人になってからは「小説田中絹代」を読んでいる。中学生のときに高橋竹山に興味を持ったことがあり、「竹山ひとり旅」も面白そうだった。TVで観た「鬼婆」の衝撃が忘れられない。

 一度だけ新藤氏と話をしたことがある。
 大学を卒業して、希望の映像業界に就職できなかった僕は就職浪人の道をとった。シナリオの勉強を親に対する口実にした。別にシナリオライターになるつもりはなかったが、一度きちんと勉強したい気持ちはあった。再開されたシナリオ講座の第一期生として半年間高田馬場の教室に通った。学長が新藤氏だった。
 学長の講義があった日、帰りの山手線で偶然一緒になった。向かいの席に姿を見つけ、黙礼すると、「こっちにいらっしゃい」手まねきしてくれた。信じられなかった。自分で授業料を捻出したものだから、授業もしっかり学ぼうと、いつも一番前の真ん中に座っていた。だから顔を覚えていたのだろう。緊張しながら隣に移動した。高田馬場から恵比寿まで。至福のときだった。何話したのか覚えていないけれど。

 新藤監督が戦争の証言者として主演する映画「陸に上った軍艦」を観た。
 「陸に上がった軍艦」。〈陸〉は〈おか〉と読む。

 太平洋末期(終戦の前年)に新藤氏は召集され、海軍の二等兵となった。当時32歳。新進シナリオライターとして「さあ、これから」というときだった。30歳過ぎてからの召集がはずいぶんと遅いが、この時期、兵隊が不足していたのだろう。どういうことになるか。上司(兵長)が年下になる。20代前半の若者が30代男を相手に徹底的な軍隊教育を施すのである。その内容がドラマで再現されるわけだが、悲惨、過酷を通り越してまさに喜劇だ。

 軍隊に体罰は当たり前。びんたや海軍精神注入棒等、現場での体罰はまだしも、休日、久しぶりに持った家族の団欒にまでも暴力が及ぶのではたまらない。公園で家族と昼食を楽しんでいて、前を通り過ぎようとした上官(?)に気づかない。
「挨拶(敬礼)しないとは何事か!」
 彼は女房、子の前で、しこたま殴られ蹴られるのだった。
 海軍は陸軍に比べ、もっときちんとした規律、規範があって、目を覆うような横暴さはないと思っていたが、勘違いだったらしい。こうした暴力の日常化は伝統だったのか、それとも戦争の混乱によって生じたものなのか。

 鉄かぶとがなくなったことについても、容疑者を白状させようと拷問する。本人は無実を主張しているにもかかわらず、にだ。それも軍の所有物が3個なくなっただけのこと。銃や爆弾ではない。そこまで神経質になる事件なのか? 犯人をでっちあげなければならない理由はどこにあるのか。
 軍法会議にかけられた彼は無実が証明されまた隊に復帰するが、まるで心ここにあらず、廃人のような状態で毎日を送ることになる。
 敵に後退と見せかけて前進するための、靴を前後逆に履いて行進する訓練。作戦の意味がわからない! 敵戦車との接近戦を想定した板で作られた戦車を相手にした訓練。チームを二手に分け、戦車を綱引きよろしく引っ張るAチーム、それに向かって走り爆弾を放り投げるBチーム。号令でABが入れ替わりながら進められる。底抜け脱線ゲームか!

 こうした隊の上層部の人たちが、8月15日、終戦の報が伝えられるやいなや、姿を消してしまう。部下の報復を恐れてということだが、ならば、自分たちが非道な行為をしていたことは最初からわかっていたことになる。映画の中ではそれほど重きがおかれていなかったが、実はここに一番衝撃を受けた。

 新藤氏の淡々とした証言が効果を上げていた。全編証言だけで構成されたものを観たかったという気持ちもある。

 再現ドラマの出来が悪かったというわけではない。モノクロのドラマはかなりリアリティがあった。軍法会議にかけられた兵士が隊に復帰したときの顔に驚愕。ほんと、ゲッソリしてやつれているのだ。
 ラスト、カラーになった夕焼けが胸にしみた。




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プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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