7月から毎月の読書レビューを書いていない。
 年末、まとめてUPするとして、その穴埋めに拙書「夕景工房 小説と映画のあいだに」から。

     ◇

 児井英生は日本のロジャー・コーマンか? ~『伝 日本映画の黄金時代』(文藝春秋)

 児井英生。コイエイセイと読む。松竹、日活、東宝、新東宝と渡り歩き『渡り鳥』シリーズなどのヒット作のほか、多数の作品を手がけた有名なプロデューサーである。
 なんてことは本書を読むまでまったく知らなかった。
 単に書名に惹かれ読みはじめたのだが、いいとこの生れの著者が人脈、金脈に恵まれ日本映画界を颯爽と駆け抜けていく姿はうらやましいの一言。
 これまでも日本映画の歴史、特にその黄金時代(昭和30年前後)についてはいくつものの著作で聞きかじってはいる。が、一プロデューサーの目から自分が製作に関与した今では忘れられてしまった作品群とともに具体的に語られると評論家のそれより鮮やかに当時が思い浮かべられる。

 児井英生は松竹で助監督から出発した。掲載されている当時の写真には後に『ゴジラ』の特撮で海外でも知られるようになる円谷英二が見える。京都でカメラマンをやっていたのだ。
 〈作品はプロデューサーのもの〉と考える児井英生はまだプロデューサーシステムが確立していなかった会社の中でプロデューサーになるべく勉強をはじめる。新生日活に引き抜かれ、その後マキノプロ、東宝、新東宝でヒット作を手がけ、児井プロを設立するに至る。

 とにかく売れる映画を心がけたという。
 文芸モノからエンタテインメントまで彼の守備範囲は広く、プロデュース作品の中でヒットしなかったのは溝口健二監督の『西鶴一代女』くらいというから、まるで〈日本のロジャー・コーマン〉と呼べるような存在ではないか。唯一赤字になった『西鶴一代女』でさえ海外の映画賞を受賞して世界に「ミゾグチ」の名を知らしめたのだから大したものだ。
 新東宝時代には市川崑のデビュー作『三百六十五夜』をプロデュースしている。
 また、『憲兵』という映画にはバレーダンサー出身の新人中山昭二を起用とある。中山昭二といえば僕ら世代には「ウルトラセブン」のキリヤマ隊長として有名な俳優だ。あのキリヤマがバレエダンサーだったとは!
 『野獣看護婦』は当時大人気の鶴田浩二を300万円のギャラで1日だけ起用して話題をまいた、というか批判された。今でいうと一体いくらになるのか。3千万円はくだらないはずだ。それでも24時間フルに使って鶴田がらみのシーンを撮影。完成した映画では単なるゲスト出演ではなくちゃんと映画の要所をしめる存在になっていて、映画も大ヒット、元をとったというからこれまたすごい。

 プロデューサーの仕事は金の計算も必要だが、宣伝をどうするか、ということでも手腕を発揮しなければならない。著者はこの分野でもメディアを巻き込み、無料で宣伝して映画のヒットに結びつけてしまう。そんなエピソードがいくつも語られている。
 昭和40年代はじめの怪獣ブームのときは大映の『ガメラ』に対抗し、むこうが空飛ぶカメのお化けならこちらは原始怪獣化した河童だとばかりに『大巨獣ガッパ』を製作。これも外貨を稼いだとのこと。
〈映画はプロデューサーのもの〉を実践してみせたのは鈴木清順を監督に起用した作品に現われている。
 清順作品はそのあまりに突飛な様式美で一部に熱狂的なファンがいたものの、ヒットしない。ところが著者がプロデュースした作品だけはヒットし、「好きな作品はヒットせず、どうでもいいものがヒットする」と鈴木清順を嘆かせたというのだ。一般大衆に受けるにはどうすればいいか、著者にわかっていて作品作りに自分の意見を主張した結果だろう。

 深くうなずいたのは日本が世界に誇る名監督、小津安二郎と溝口健二を比較した文章についてだ。著者自身二人の監督との関係も深く、一緒に映画製作を経験してのことだから言葉に重みがある。
 溝口監督はわがままで権威に弱いという。人間で一番イヤなタイプ。役者に演技をつけない。悩んだ役者がどうすればいいのか訊いても「演技するのが役者の領分でしょう」といっさい助言などしないのだ。
 ある作品で家並みのセットを作った。監督がやってきて「下手の家並みを一間前に出せ」という。それはほんのワンシーンのためのセットで映画の中でさほど重要ではない。助監督は仕方なく嫌がる大道具のスタッフに頭を下げて徹夜で作り直させた。翌日、セットを見て監督が言うには「上手の家並みを1間下げろ」。下手を前に出して上手を後ろに下げるということは何のことはない、元に戻せということ。助監督は激怒して帰ってしまった。
 また映画で使われた道具を内緒で自分のものにしてしまったり、自分の生活費の一部を映画の製作費から支払わせていたなんてこともあったらしい。
 スタッフに嫌われていた溝口監督に比べ、小津監督は人柄もよく、スタッフに慕われていたというのだ。
 昔、新藤兼人が師匠である溝口監督のドキュメンタリーを作ったり、その関係の書籍、田中絹代の伝記を上梓し、僕も読みふけって溝口監督の人間性に疑問をもったものだ。どうして誰も何も言わないのだろうと不思議だったのだが、やっぱり嫌われていたわけだ。人間と作品は別物だけど。
 名女優・田中絹代を映画監督にしたのも著者だと知った。この田中を監督に起用する際、溝口監督がなんとかそれを阻止しようとするくだりも面白い(と言っていいのかどうか)。
 無国籍映画として有名な小林旭主演の「渡り鳥」シリーズの原作がなぜ衆議員議員・原健三郎なのか、の疑問も氷解する。著者と原とは早稲田大学の同期で、新企画の映画への協力を著者が原にあおいだというのが真相。別に嘘というわけではない。

 映画産業が斜陽化し、日活の屋台骨も揺るぎだしたころ、著者はヒットを狙い『女浮世風呂』『ある色魔の告発 色欲の果て』『秘帳女浮世草子』なる映画をプロデュースしている。これが後の日活ロマンポルノのプロトタイプとも言える作品なのである。
 文芸、アクション、特撮そしてポルノ。日本映画の勃興から黄金時代、やがて斜陽をむかえるまで、まさにさまざまなジャンルの映画を生み出してきた男の伝記なのだった。




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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