続いては、やはり「夕景工房 小説と映画のあいだに」から。
 絶対手抜きだと思われるだろうな。
 事実だから仕方ない。

     ◇

 二人の藤子不二雄をめぐる冒険 ~「藤子不二雄論 FとAの方程式」(米沢嘉博/河出書房新社)

 藤子不二雄の名を知ったのはTVアニメ「オバケのQ太郎」だと思う。堀洵子ではなく曽我町子の声によるモノクロ版。続いて「忍者ハットリくん」。当然熊倉一雄が声を担当した実写版の方。
 僕はTVアニメの第一世代で、まずアニメを知り、その後原作である週刊(月刊)誌連載のマンガを目にするパターンが多かった。「巨人の星」や「あしたのジョー」あたりまではまずアニメが先にあったというわけ。

 幼児期の刷り込み作用は多大なものがある。今でも僕にとって「忍者ハットリくん」は実写の、仮面を着けた忍者で、藤子不二雄ブームに沸いた1980年代にTVアニメ化された「ニンニン」のハットリくんには違和感がある。
 日曜午後7時半からのアニメは「オバケのQ太郎」の後「怪物くん」「パーマン」と続き、僕の藤子不二雄の世界に対するイメージが固まった。子どもたちの日常生活に異形な者が入り込み繰り広げられるギャグマンガというものだ。
 そんな世界を確認するかのように藤子マンガをリアルタイムに読んだといえば小学館から出ている「小学〇年生」の学習雑誌だった。「ウメ星デンカ」「21エモン」「新・おばけのQ太郎」「ドラえもん」。毎月楽しみだった。「ドラえもん」の連載第1回は今でもよく覚えている。
 
 今から思えば藤子F(藤本弘)のマンガで藤子不二雄を知ったともいえる。少年誌の連載が多い藤子A(我孫子素雄)のマンガにはあまり縁がなかった。もっと後になって大人向けの雑誌に藤子Aが連載していたマンガ(見開き2Pだが4Pのギャグマンガ)を目にした時、学習雑誌のものと明らかにタッチが違ったが、それは大人向けのタッチにわざとしているのだと思っていた。  
 藤子不二雄が二人で一人の漫画家であること知った時がいつだったかもう忘れてしまったが、そのショックはいまだに覚えている。二人で一つのマンガを描くということが理解できなかった。二人が別々に描いているとは思っていなかった。そのすぐ後にタッチの違いが二人の絵柄だと理解することになるのだが。

 少年チャンピオンが創刊され隔週で発売されていた頃、小学生の僕は手塚治虫「ザ・クレーター」読みたさに毎号購入していた。
 藤子不二雄の「チャンピオンマンガ科」の連載が始まったのはちょうどこの時期だ。藤子不二雄の〈マンガの描き方入門〉といった体で、漫画家志望だった僕はそれだけでもうれしかったのだが、見開き4Pくらいの〈入門〉編に続く付録的な存在の「まんが道」に注目した。このマンガ、たった見開き2P、とはいえいわゆるギャグマンガではなくちゃんとコマ割されたストーリーマンガで、絵が異様に凝っており不気味な感じさえした。

 終戦直後富山県高岡市のとある小学校に転校してきた満賀道雄というマンガ好きな内気な少年が同じクラスのやはりマンガ好きな才野茂と出会い、幻燈機で写す紙芝居を競作したり、肉筆回覧誌を共同制作したりしながら、やがてマンガを合作しはじめる物語。ああこれは藤子不二雄の自伝マンガなのだと気づいてから夢中になっていった。

 「まんが道」の影響は絶大だった。二人の肉筆回覧誌を真似して僕も小6の時に雑誌を一人で作ったことがある。マンガの中では近所の子どもたちに大人気になるのだが、僕の雑誌はクラスの誰も相手にしてくれなかった……。

 連載が終了すると「まんが道」は1冊にまとまって秋田書店から単行本として発売された。この本を買わなかったことを今でも後悔している。石森章太郎「マンガ家入門」のような宝物になったと思う。  
 大学生になってから少年キングに続編が連載されていることを知ると刊行されるコミックスはすべて購入した。  
 「まんが道」をとおして僕は二人の足跡を知ることになり、デビュー初期のマンガ群に触れることができた。そのほか「トキワ荘青春日記」を読んだり、雑誌連載のエッセイ等で80年代は藤子不二雄Aの世界にどっぷりつかるようになった。
 
 世の中は「ドラえもん」の大ブームに沸いた。TVに映画にその露出はすさまじかった。毎年の長者番付番に藤子弘、我孫子素雄が並ぶ。もちろん僕は「ドラえもん」の世界は好きである。とはいえ歯医者の待合室に置いてあるコミックスを開く程度になっていた。
 少年キングの連載は雑誌の休刊で一応の完結を見た。ところが今度は藤子不二雄全集「FFランド」の巻末で連載が始まったのである。まんが道はいつまで連載が続くのか。「オバケのQ太郎」が誕生するまでか。あるいは「ドラえもん」の大ヒットまでか。  
 そうこうするうち小学館から「藤子不二雄異色SF短編集」なるコミックスがでていることを知り、夢中になった。牛と人間の関係が逆転した惑星の話、性欲と食欲の考えが逆転した世界、大人になった正ちゃんを訪ねる劇画風オバQ、凡人(小池さん)がスーパーマンになったら等々、極上のSF短編が楽しめた。まさしく藤子F世界の真髄。  

 たびたび考えることがあった。藤子Fと藤子Aのマンガ、どちらがより好きなのか。どちらがより藤子不二雄らしいのか。  
 藤子Fの典型的な児童マンガの絵に惹かれる自分がいる。洗練されたタッチ、無駄のない語り口、どれもが魅力的だ。それに比べ泥臭い絵柄の藤子Aはあまり好みではない。しかし「まんが道」がある。まんが道にはあの絵がぴったりだ。「魔太郎が来る」「プロゴルファー猿」も同様。あるいは「パーマンの日々」等のコミックエッセイ。僕はゴルフをしないし、偏食でもないけれど、性格は藤子Aと重なるところが多い。やっぱり藤子Aも大好きなのだ。  
 白も黒も藤子不二雄なのである。二つの絵柄、二つの方向性があってこそ「藤子不二雄」と言える。
 藤子不二雄は永遠に二人で一人、と信じていた。

 藤子不二雄がコンビを解消すると聞いた時、なぜ今頃という疑問がわいた。やはり金銭的な問題が要因なのかと思った。二人はデビュー以来ずっと原稿料は折半にしていると聞いていた。そこに「ドラえもん」の大ヒットだ。収入のアンバランスがコンビ解消の根本的な要因なのではないかと憶測したのだ。  
 これを機にFFランド連載の「まんが道」は突然終了してしまったことから、コンビであったことと「まんが道」の執筆は微妙な関係があるように思えた。
 当初違和感があった藤子・F・不二雄、藤子不二雄Aというペンネームもやっと慣れたかと思っていた時に藤子・F・不二雄の逝去のニュース。
 つらかった。もう「ドラえもん」の新作が読めないのだから。

     *

 藤子不二雄についての評論にこれまであまりお目にかかったことがない。  
 「藤子不二雄論 FとAの方程式」(米沢嘉博/河出書房新社)を書店で見かけた時、副題の〈FとAの方程式〉に惹かれた。二人の作風が藤子不二雄名義の作品にどう作用していていたのかが書かれているのではないか、何よりなぜコンビを解消したかについて言及しているのではないかと思ったからだ。  

 一つめの疑問は前半、実際に合作していた頃の作品分析で解消された。  
 初期の「オバケのQ太郎」がトキワ荘グループによって設立されたアニメ会社スタジオ・ゼロの〈マンガ部〉の作品であり、二人だけでなく石森章太郎も加わっていたことはよく知られている。ゴジラのキャラクターなども掲載されているカットを見るとなるほど石森タッチだ。著者はそれに違和感があるというが、僕はそれほど感じない。
 
 藤子不二雄にとって初めてのヒット作「海の王子」が主人公側キャラクターを藤子F、悪の組織を藤子Aで描き分けていることを始めて知った。「海の王子」はずっと藤子F作品だとばかり思っていた。これこそ白(善)と黒(悪)の世界の融和だった。あるいは女性キャラクターのみ藤子Fが描く作品「消える快走車」があったりと合作にもいろいろな方法があることを知った。  
 藤子Aが得意とするマンガエッセイに「パーマンの日々」や「パーマンの指定席」があるのだが、タイトルにパーマンを使用することについて不思議に思っていた。パーマンは藤子F作品だ。なぜ藤子Aが自身のことをパーマンと名乗るのだろうか。実はパーマンにはプロトタイプの作品があって、それが藤子Aの「わが名はXくん」。これが「マスクのXくん」となりやがて「パーマン」と結実するのである。納得した。

 映画の原作として描かれる長編「ドラえもん」が現代の冒険小説という指摘に思わず膝を打った。「十五少年漂流記」などの感動を「ドラえもん」で知るわけだ。その影響力は計りしれない。
 「藤子不二雄論」という書名どおり合作から始まった初期から個々の趣味、嗜好が顕著に現れてきた70年代、爆発的な「ドラえもん」ブームを呼んだ80年代、そしてコンビ解消後の現在まで、章立てで順番にFとAの世界を追って行く。

 一部にこれは「藤子不二雄A論」ではないかという意見も聞かれるが、僕自身はそうは思わない。けっして藤子A作品だけを過大に評価しているわけではないし、的確にFとAを論じている。 と感じるのは僕が著者と世代が近いからだろうか。
 思うに、藤子Aの作品は批評する対象に適している、評論しやすいといえるのではないか。年齢とともに作品が変革していく、対象年齢が上がっていく、実験精神にあふれている。
 それに比べて藤子Fは空気みたいな作品で論じにくい。藤子Fのキャラクターを記号云々と表現されるくだりなど、まさしく手塚マンガの真の後継者ということだ。何も変わらない。時代が止まっている。でもけっして古臭くなることがない。  
 なぜコンビを解消したのかという疑問は、藤子Fが亡くなった今おぼろげながらわかるような気がする。




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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