「忠臣蔵を読む」に続いて「時代小説を読む」シリーズに入る。
 第一弾は「木枯し紋次郎」。

     ◇

2000/08/25

 「木枯し紋治郎(七)木枯しは三度吹く」(笹沢左保/光文社文庫)

 今年6月、CSで市川崑監修・監督の傑作時代劇「木枯し紋治郎」が一挙放映されたという。もちろんわが家では観られない。市川監督作品を集めたLDが発売されたがすでにDVDの時代で今更LDを購入する気もない。
 利用するビデオレンタル店には2話収録のビデオが3巻おいてあって、何度か鑑賞済みだ。
 かつての映像ばかり追い求めていたわけだが、ふと原作の世界はどんなものだろうかと考えるようになった。江戸時代に興味をもつようになってから、時代小説にも触手をのばすようになった僕としては当然の帰結か。
 とりあえず図書館で借りようとしたら、川口も羽田も棚に一冊もない。「帰って来た」シリーズならあるのだが、旧シリーズが見当たらない。不思議なことに書店にも古書店にもないのである。
 で、やっと何軒も廻った末に川口駅近くの初めて行く古書店で見つけたのが本書だった。
 第一巻から読みたいけれどシリーズ自体一話完結のどこから読んでも問題ないらしいので、買ってきた。なんたって100円なんだから。

 笹沢左保の小説は初めての体験だ。
 小説を読むとTVシリーズがいかに原作のイメージに合った作りになっていたかわかる。紋次郎はまさしく中村敦夫しか考えられないし、文体からは芥川隆行のナレーションが聞こえてきそうだ。  
4編が収録されている。表題作「木枯しは三度吹く」のほか、「唄を数えた鳴神峠」「霧雨に二度哭いた」「四度渡った泪橋」。
 最初の「唄を数えた鳴神橋」では紋次郎の死を予感させる終わり方をする。解説を読むと、作者はこの話でシリーズを完結させようとしたらしい。しかしファンが許すわけもなく、続く「木枯しは三度吹く」で再スタートをきったとのこと。
 ミステリの作りは予想していたとおり。どんでん返しによる驚愕のラストはだいたい最初の伏線でわかってしまうのがちょっとものたりないか。でもくせになりそう。


2000/10/10

  「木枯し紋治郎(一) 赦免花は散った」(笹沢左保/光文社文庫)

 第一巻だけは記念として手元に置いておきたいと思って探し廻ったけれど、やはりどこにもなかった。あきらめて図書館で取り寄せた。
 収録作品は表題作のほか「流れ舟は帰らず」「湯煙に月は砕けた」「童唄は雨に流せ」「水神祭に死を呼んだ」の5編。

 TV時代劇「木枯し紋治郎」の最初の数話はまだ原作がそれほど書かれていなかったのか、「木枯し紋次郎」のプロトタイプともいうべき笹沢左保の〈渡世人シリーズ〉の短編をアレンジしたものだった。
 木枯し紋次郎がどのようにこの世に登場したのかとても気になるところで、興味津々で第1作「流れ舟は帰らず」を読み出した。驚いた。紋次郎は流人として登場するのだ。
 殺人を犯した仲間が先の短い母親の面倒を見たいというので、身代わりで島送りにされたのだった。脱獄に誘われるが、母の死後、仲間が自首してくると信じて、首を縦にふらない。昔からの仲間とはいえ他人のために罪をかぶり、その他人が助けに来てくれることを信じる紋次郎というのも珍しい。
 案の定、裏切られたことを知った紋次郎は島の連中と脱獄する。本土に向かう舟の上で裏切り、いざこざがあり、一人生き残った紋次郎は仲間への復讐を果たす。脱獄者は全員死亡、紋次郎自身も記録では死んだことになっているラストは衝撃的だった。無宿人という以上にまさに生きる屍となった設定に以後の紋次郎のキャラクターが決定づけられた。
 「流れ舟は帰らず」は江戸の大店の跡取息子である兄を探す妹に協力する紋次郎が描かれる。ここでも紋次郎は自分から他人と接触している。
 「湯煙に月は砕けた」は撮影中に中村敦夫がアキレス腱を切って、放映が中断する間際もしくは再開された最初の作品の原作。事故で足に重症をおった紋次郎が伊豆の温泉宿で湯治する。そこへ無法者たちがやってきて村を襲う。敵に長脇差をとりあげられ、手も足もでなく事態を傍観せざるをえない紋次郎がなんとか動けるようになって、湯女らの、死と引き換えの協力のもとラストで悪人たちを相手に大殺陣を繰り広げるくだりは興奮もの。戦の前に、手甲脚絆、草草履を身につけていくしぐさがまさしくヒーローでしびれてしまう。
 「童唄は雨に流せ」では早くも紋次郎の出世の謎が明かされる。紋次郎のやさしさが逆に母子を死にいたらしめる結果となる悲惨な物語だ。
 「水神祭に死を呼んだ」は無宿人の無残な最期を描く人斬り伝蔵と紋次郎の邂逅の物語。ラストのどんでん返しが効いている。

 巻末の縄田一男による解説が楽しい。
 作者は時代劇のハードボイルド、マカロニウェスタンを狙ってこのシリーズを創作したという。  
「赦免花は散った」は菅原文太主演の東映映画化作品の原作だと知り、菅原紋次郎に違和感のあるにもかかわらずその映像化作品を確認したくなった。
 その他の作品もTV化されているので、また第1話から鑑賞したくてたまらない。


2000/11/07

 「木枯し紋治郎(二) 女人講の闇を裂く」(笹沢左保/光文社文庫)

 さっそく図書館に第2巻をリクエストして取り寄せた。
 「女人講の闇を裂く」「一里塚に風が絶つ」「川留めの水は濁った」「大江戸の夜を走れ」「土煙に絵馬が舞う」の5編が収録されている。
 渡世人・木枯し紋治郎が目的なき旅の最中に出会う事件をさまざま舞台、設定を用いて描き、その中で紋治郎の人間性を鮮やかにクローズアップさせる寸法。
 この(二)には特に多種多様な設定が用いられていて、作者のこのシリーズを続けるにあたっての意気込みが感じられる思いがした。人を信じない紋治郎がどのように形成されたかが描かれるエピソードが並び傑作ぞろいの作品集である。

 とある村の20年前の庚申待ちの夜、藩の武士に襲われたいいなづけを助けようと、相手を殺した若者が村の実力者の裏切りで藩に引き渡され、若者は20年後の復讐を宣言して村を去った。その復讐におびえる(商売敵が現われて)今ではすっかりおちぶれてしまった村の実力者。そこへ紋治郎がとおりがかって村を救うことになるのだが、この復讐話には巧妙な罠が仕掛けられていた……という「女人講の闇を裂く」。

 妻のいわれなき殺人に抗議し故郷を捨て、人里離れた土地で農機具の鍛冶に精出す刀鍛冶と長脇差を欠いた紋治郎との出逢い。紋治郎は妻の無実を信じる刀鍛冶と夫に従順につかえる妻の姿を見てやすらぎを覚え、ふたりの命を狙いにやってきた魔の手を一網打尽しするのだが、後からやってきた刀鍛冶の妹の話から妻の意外な事実が判明してしまう「一里塚に風が絶つ」。

 姉にうりふたつの壷振りの女と珍しく道中をともにする紋治郎が若くして死んだ姉の死の真相を知る「川留めの水は濁った」。自分の命を救ってくれた姉が死んだと聞いて家を出た紋治郎の、姉に対する憧憬を事細かに描き出した異色作。

 異色といえば「大江戸の夜を走れ」も三度笠、道中合羽から町人姿となった紋治郎が描かれるという点ではいつもの趣きではない。処刑される罪人に妻子の無事を伝えるため浅草に赴いた紋治郎は罪人から謎のサインを送られる。行動をともにした罪人の愛人の不可思議な動きから、サインは罪人が隠し持っている大金の在処を示すものだと知り、夜中、江戸から妻子の待つ下高井戸まで突っ走る。夜空が徐々に明るくなっていくくだりの描写がいい。「視界が、水色に染まった。」にしびれた。

 「土煙に絵馬が舞う」はTVのエピソードのあまりの悲惨さでよく憶えている。鉄砲水に襲われ荒れ果てた土地にしがみついている貧しい百姓たち。定期的に襲ってくる無法者がいても土地を離れようとしない。無法者の首領が言うにはこの土地のどこかに盗んだ百両が隠されていると。農民の長は「知らない」と答える。貧農出身の紋治郎にはそれでも土地に縛られてしまう農民の性がわかる。わかるから長の言葉を信じ、やがて無法者たちと一戦を交えることになる。紋治郎と狂女以外全員が死に絶え、虫の息の長から「お前が来なかったら百両は全部おれたちのものなったんだ。お前のせいで皆死んだ。皆お前を恨んで死んでいった」と罵られる、何ともやりきれないラスト。救いのない「七人の侍」といえようか。

 人嫌いの紋治郎が、それでもどこかで人を信じ、しかしそんな気持ちを粉々に踏みにじられる様が各編ににじみでている。


2000/11/15

  「木枯し紋治郎(三) 六地蔵の影を斬る」(笹沢左保/光文社文庫)

 どこを探し廻ってもなかった光文社文庫版の「木枯し紋治郎」シリーズだったが、図書館にリクエストしたとたん、次々と古書店で見つかることが続いた。ある古書店ではシリーズ全巻がセットで並んでいたりして、もっと早く知っていれば購入していたものを、と地団太踏んだ。
 が、(これが私のおかしなところなのだが)一度図書館で全巻取り寄せることを決意したら、その方針を崩したくない。
 で、本書も図書館へのリクエスト。
 表題作のほか「噂の木枯し紋治郎」「木枯しの音に消えた」「雪燈籠に血が燃えた」の4編収録。

 身に覚えのない親分殺しやくざの子分たちに命を狙われる紋治郎と彼の身を守ろうと親しげに近づいてくる謎の男の出逢いと別れを描く「六地蔵の影を斬る」。
 文中に必ず描写される紋治郎の風貌~左頬の刀傷、口にくわえた五寸の楊枝、汚れた三度笠、道中合羽~これを逆手にとったのが「噂の木枯し紋治郎」。巻頭早々紋次郎が殺されてしまうのだ。まあ、そんなことはありえないことで、殺された木枯し紋治郎は余命いくばくもない無宿人が扮した偽者だったことがわかる。なぜ無宿人が金のために自分の命を売ったのか、その謎に迫る紋治郎の活躍が描かれる。
 本書の一番の注目は「木枯しの音に消えた」。紋治郎がなぜ五寸の楊枝をくわえ、木枯しの音をさせるのか、その謎が明らかになる。
 若かりしころの紋治郎とある浪人親娘の出逢い。その娘が楊枝を使ってある音色をだす。それを紋次郎が真似したというわけだ。ただ紋次郎だと木枯しが吹くような寂しい音色になってしまう。浪人親娘が住む町にやってきた紋次郎が娘の幸せを願って悪人たちをたたっ斬るのだが……。
 「雪燈籠に血が燃えた」にも紋次郎のやさしさが滲み出ている。
 今は亡き姉の子を連れた婚期を逃した女。子には父がいない。村でも差別されている。その子が作った不細工な雪燈籠。知り合った紋治郎がその子に昔の自分を見て、無法者たちの金儲けの犠牲になった子の仇を討つ。そしてラストにお待ちかね、「あっしには、関わりのねえことで……。」

 巻末の解説で詩人の郷原宏は笹沢左保は文体を持った作家だと書く。
 笹沢時代小説の記念すべき第一作「見返りとうげの落日」の冒頭の場面から引用して「いた」「続けた」「出た」「暗かった」と続く<TA音>の連打が快調な文体のリズムを作り出し、とある。それがそのまま主人公の歩行のリズムに重なっている、と。
 実は初めて「木枯し紋次郎(七)」を読んだとき僕は逆に<TA音>の連打が気に障った。情景描写、時代描写はまさしくTVのナレーションを聴く思いがしたが、紋次郎の行動を描くところでこの過去形ばかりの文章がリズミカルじゃないと感じたのだ。
 ところが巻を読み進めるほどこれがなんとも心地よくなるのだ。そしてその描写は氏が指摘するようにまるでカメラなのだ。始めはロング、そしてアップになって、と文章が映像になっている。だからこそ読むたびに昔の作品が観たくてたまらなくなるのだろう。




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プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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