承前

2001/04/11

 「梅安針供養 仕掛人藤枝梅安」(池波正太郎/講談社文庫)

 「仕掛人藤枝梅安」シリーズの短編連作集をすべて読了し、次はお待ちかね長編シリーズだとばかり、長編第1作を読み始めたが、どうもおかしい。話が前巻に続いていないのである。
 あらためて裏表紙の解説を見ると、どうやら長編第2作を借りてきてしまったのだった。

 以前「百舌が叫ぶ夜」(逢坂剛/集英社 現在集英社文庫所集)が大変面白く、単純にタイトルだけで続編だろうと勘違いして「よみがえる百舌」を借りてきた時のことを思い出した。「百舌の叫ぶ夜」は「幻の翼」「砕かれた鍵」と続き、「よみがえる百舌」はシリーズの4作めということを知ったのは読了してからだった。物語中で前作、前々作の事件や真犯人のことが書かれてあり、その後2作め、3作めと読んだのだが、犯人のわかっているミステリというのはどこか味気ない。  
 梅安シリーズは別にミステリでないのだから、1巻くらい飛ばしてもいい気もするが、気分が悪い。  
 あわてて図書館に長編第第1作「梅安針供養」を借りに行くと何と改装のため当分休業だという。しょうががないから、古書店で購入した。  

 闇討ちされ瀕死の重症を負った若侍は通りかかった梅安に助けられ、彦次郎、十五郎らの介護によりどうにか回復したが、記憶をなくしていた。
 同じ頃、梅安は隠居した香具師の元締・萱野の亀右衛門から自身の死を賭して四千石の旗本・池田備前守の奥方(増子)の仕掛けを依頼された。梅安は助けた若侍が旗本の息子ではないかと推理する。池田家では継承問題で前妻の息子(辰馬)と増子のふたりの実子(正之助・小三郎)が争っているらしい。増子は実子を跡取にしたい。だから辰馬の命を狙ったのではないか、と。しかし実態はそんな簡単なことではなかった……。
 ひょんなことから若侍を助け、同時に若侍の母親を仕掛けなければならない梅安らの活躍と十五郎の件から梅安との関係がおかしくなっている白子屋菊右衛門の梅安暗殺の暗躍が描かれる。菊右衛門が放った凄腕仕掛人の最期のあっけなさが、梅安との生死を賭けた一騎打ちを期待するこちらの予想を裏切ることになるのだが、このシリーズが単なるチャンバラ小説でないことを認識させられる。
 増子を仕掛けた後の梅安らしい決着のつけ方がすがすがしい。


2001/04/13

 「梅安乱れ雲 仕掛人藤枝梅安」(池波正太郎/講談社文庫)  

 短編「雨隠れ」と長編「梅安乱れ雲」の2編を収集。  

 「雨隠れ」は「梅安針供養」の事件後、熱海で身を隠していた梅安が巻き込まれる一件が描かれる。
 熱海から江戸に向かう梅安が目撃した浪人はその昔母親に捨てられ孤児となった梅安を引き取り針医者にしてくれた師匠・津山悦堂の恩を仇で返した憎き敵だった。悦堂の復讐を果たそうと浪人の命を狙う梅安だが、浪人は20年辛抱強く父の敵を探し回っていた男だと知り、態度を改める。男が敵討ちに失敗し命を落とすと、梅安は彦次郎、十五郎の協力を得て、男の念願を成就してやる物語で、雨に始まり雨で終わる好編。  

 お待ちかねの「梅安乱れ雲」は梅安と白子屋菊右衛門の確執が抜き差しならないものとなり、ついに二人の刺客が江戸に放たれるところから始まる。
 この二人、北山彦七と田島一乃助の関係が面白い。二人は男色関係にあるのだが、中年の北山は両刀使い、道中ある宿場町で女を買いに行き、若い田島を先に行かせ、それが田島の嫉妬を呼ぶ。待ち合わせの旅籠まで一人旅の田島が腹痛に襲われ、助けるのが梅安である。もちろん田島は命の恩人が仕掛けの相手だと知らないし、梅安も若者が自分の命を狙っていることなど知りはしない。
 江戸に勢力を伸ばす白子屋を嫌う音羽の半右衛門の白子屋暗殺計画に乗る彦次郎と十五郎、愛人失踪で江戸に赴いた白子屋と北山や江戸の腹心たち、別行動で命の恩人が仕掛けの相手だと知り徐々に梅安に心開いていく田島。
 この3組の行動がクライマックスの殺戮現場に集約していき、そこにひとり梅安が現れることによって巻き起こる、あっと驚く展開が笑いとともにサスペンスを生む。  

 本作は何ともいっても何度も梅安を救うことになる田島一乃助のキャラクターの魅力につきる。  
 梅安に隆大介、十五郎に中井貴一(彦次郎は配役が思い当たらない)、田島に松田龍平で映画(スペシャルドラマ)化できるのではないか。  

 一時彦次郎と十五郎が身を寄せる目黒の西光寺が大学時代に住んでいたアパート(目黒区目黒1丁目)から目と鼻の先で親近感を覚えた。梅安の住居がある品川台町もそれほど遠いところではなさそうだ。


2001/09/10

 「梅安影法師」(池波正太郎/講談社)  

 このシリーズ、ずっと文庫で読んできたが、この「影法師」だけ文庫の棚で見かけたことがない。仕方なく単行本を借りてくる。  

 前作「梅安乱れ雲」で白子屋菊右衛門を葬った梅安が白子屋残党の放つ刺客に命を狙われる〈白子屋事件〉その後の顛末が描かれる。  
 今回、梅安の命を狙う仕掛人は3人。  
 前作で奇抜なアイディアによってもう少しのところで梅安を暗殺し損ねた鵜ノ森の伊三蔵。菊右衛門亡き後白子屋を束ねるニの子分・切旗の駒吉そして白子屋の江戸における根城・山城屋改め笹屋伊八、この二人が復讐のため梅安暗殺に差し向けた凄腕の仕掛人、石墨の半五郎と三浦十蔵。彼らの梅安必殺の秘策とは何か。  
 温泉で休養をとった後、江戸にもどって鍼医として治療に専念する梅安が昔から懇意にしている薬屋(片山清助)が何者かに命を狙われていると知るや、彼を守るため自分の危険も省みず快復に精を出す。そんな梅安の身を案じる彦次郎と小杉十五郎。久しぶりに肌を触れ合う恋人・おもん。  
 結末はわかっているのに、今度こそ梅安がやられてしまうのではないかと、気が気でなかった。前作あたりから他人の助けがなかったら命を落としてしまうくだりが見受けられ、刺客の腕もこれまでと比較にならないからかもしれない。  

 簡潔な文体による静けさの中で徐々に発酵してくるサスペンス。一瞬の間に巻き起こる殺戮模様。その緊張感は湖面で唯一人優雅に釣り糸を垂れる釣人と魚の関係のようだ。  
 楽しみな食に関する叙述が少なかったのが少々ものたりなかった。今回は鮪の刺身がでてくる。といっても山葵醤油に漬けたものを金網で炙って食するというもの。昔は鮪は生で食べるものではなかったらしい。地の文の解説で作者自身の子ども時代には鮪の脂身は捨てるものだったと書いている。魚屋に買いにいくとただでもらえたとある。鮪(の刺身)大好き人間としてはうらやましい限り。


2001/10/10

 「梅安冬時雨」(池波正太郎/講談社文庫)  

 〈仕掛人・藤枝梅安〉シリーズの最終作。作者急逝のため未完に終わってしまった作品である。  
 冒頭、悪者・線香問屋主人を大川の舟上で鮮やかな仕掛けで葬りさる梅安。また新たな物語が始まるかと思いきや、白子屋騒動は依然決着がついていないことがその後判明する。  
 前作「梅安影法師」で不覚をとった刺客・三浦十蔵、白子屋の縄張りを一手ににぎった切畑の駒吉が新たにやとった平尾要之助。この二人が梅安の命を虎視眈々と狙っているのだ。  
 前作で音羽の半右衛門の密偵として女の武器を使い敵の内情を探っていたおしまが平尾と知り合い、その人柄に惚れて逆に音羽屋を裏切る行為にでる。  
 梅安は敵の動きに敏感になりながらも、仲間の彦次郎や十五郎と一緒に住む家の新築に精をだす。彦次郎は梅安の留守の間簡単な按摩治療を施すようになっている。そんな状況の変化が何か恐ろしい事態の前触れのような気がしてならない。
「今回は梅安側に犠牲者がでるのではないか」  
 これである。    
 (このフレーズ、一度使ってみたかった!)

 十五郎がかつて世話になった剣の達人為斎・浅井新之助の颯爽とした登場、三浦十蔵の1日の疲れをとるため請われて棲家に通う按摩の竹の市に近づく彦次郎。梅安たちの反撃が始まるところで絶筆。  
 いくら待ってもこの続きは読めないのだと思うとつらい。  

 他に「池波正太郎・梅安の旅」、1982年のインタビュー「梅安余話」を収録。




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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