ブックカフェ二十世紀では「週刊金曜日」主催のトークイベントを何回か開催している。
 先週はフォトジャーナリストの新藤健一さんがスクープした記事をテーマに熱弁をふるった。墜落(不時着)したオスプレイの操縦マニュアルが海岸に漂着して新藤さんが入手したのである。「週刊金曜日」に2週にわたって掲載された記事について、掲載されない写真を基に新藤さんがより深く語るというもの。
 予約があまりなかったので、直前に「ドタ参でも大丈夫だと思います」とツイートしたら、当日予約していないお客さんが次々をやってきてうれしい悲鳴をあげた次第。

 開催前に、金曜日社長のK氏と打ち合わせした。K氏は元「サンデー毎日」編集長だ。
 打ち合わせ自体はすぐに終わり、後は、僕が日ごろ疑問に思っている政治のことに関する質疑応答(?)になった。
 結局のところ、オスプレイの数々の事故は操縦が難しいというところに起因するのでないか。ある種の欠陥商品ではないか。にもかかわらずなぜ米軍はオスプレイを使用するのか?
 オスプレイは沖縄で米軍の住宅地の上空を飛行しないらしい。

 東京都知事選に出馬した鳥越俊太郎をなぜマスコミは攻撃したのか? 本当なら一致団結して応援すべきなのに。
 小池百合子はなぜ自民党を辞めないのか? 自民党はなぜ彼女を除名しないのか?

 続いて、「週刊金曜日」編集委員の本多勝一と佐高信について。僕が二人の著作をけっこう読んで、やがて大嫌いになったこと。その経緯を説明したわけで。

 その後、久しぶりに図書館へ行き、借りた本の一冊が「石原慎太郎の『狂った果実』」(金曜日)だった。

     ◇

2003/12/01

 「体験的本多勝一論 本多ルポルタージュ破産の証明」(殿岡昭郎/日新報道)

 元朝日新聞の花形記者、本多勝一の本は凡例が多いのが特徴だ。その中には名著「日本語の作文技術」にも書かれていて、なるほどと納得したこともある(「マスコミかジャーナリズムか」参照)。
 しかしアメリカ合衆国を合州国と表記するのはどんなものか。
 これについても本多勝一独自の見解があるらしい。United Statesを日本語に翻訳すれば確かに合州国ではあるが、そんな本多の提唱を一笑に付したのが高島俊男である。
 「お言葉ですが…」によれば合衆国はUnited Statesの翻訳ではないという。日本人がアメリカを知ってまず驚いたのが、あの国に君臨する王がいないということだった。国民が投票で大統領を選出する、つまり国民一人ひとりが国を運営することが非常に斬新だった。そこから合衆国という名称を使ったのだと。    

 本多勝一という文筆者に対して僕は愛憎半ばする感情を持つ。あの、これはと思った人物、企業に対する執拗な攻撃はいったい何に起因するのだろうか。同じ感覚を抱いていた佐高信は日垣隆によって完膚なまでに叩きのめされ、またそれが正論だったので自分の中で今や完全に忘却の人になってしまった。
 
 本多勝一については微妙だった。    
 そんなところに本書を見つけた。〈私は元朝日新聞記者本多勝一氏に裁判で三連勝した〉の副題に惹かれるものがあった。著者の出身が足利市出身というのも親近感がわく。  
 著者と本多勝一との間で20年を越す争いがあったなんて知らなかった。いったい何を争っていいたのか?

 1975年9月、ベトナムのメコン・デルタの都市カントーで起きた僧侶、尼僧の焼身自殺に端を発す。この宗教政策に抗議しての集団自殺を、国のスポークスマン的立場の愛国仏教会はあたかも尼僧の性的関係を背景にしたスキャンダルのように説明した。当時ベトナムを積極的に取材していた本多勝一はこの発表をそのまま記事にしてしまった。もちろん本にはその旨、巻末に記されてはいる。が、そのスペースはごくわずか。見落とす読者は多いだろう。
 ジャーナリストとして相手の言い分をそのまま掲載していいものなのかどうか、もともと本多ルポルタージュの熱狂的なファンだった著者はそうした本多の執筆態度にかみついた文章を雑誌「諸君!」に発表する。本多はすぐに一読者として反論するが、編集部は相手にしない。次に本多は著者が勤務する大学の教授会宛に著者の品格を問いただす手紙を郵送する。これまた無視される。その後、反論を掲載させろ、させないで、「諸君!」編集長と本多とのあいだで何度もバトル(?)が繰り広げられ、業を煮やした本多が最終的に訴訟を起こすことになるのだ。  

 本多勝一の著作を読むと、文藝春秋に対する敵意が剥き出しになっているが、この訴訟問題が要因だったわけだ。    
 裁判に勝訴した被告側が書いていることもあるが、あたかも正論を説く本多勝一の分が悪い。何より、裁判の証拠を集める段階での卑怯な手口が許せない。ある宗教団体に対し、寄付を口実に擦り寄っていき、肝心の証拠を手に入れると、寄付についてはナシのつぶてという態度はどうだろう。この件が明るみになったことが本人にとって一番つらいことではないだろうか。  
 世の本多勝一ファンは本書をどう読むのだろうか?




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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