ブックカフェ二十世紀で現在水曜日に一緒に働いているK嬢は、女優青葉マーク。彼女が出演している映画「退屈な日々にさようならを」をK's cinemaに観に行く。28日(火)のこと。
 そんなに期待していなかった。K嬢は監督への思い入れを語ってくれるのだが、僕はまったく知らなかったし、これまで作品を観たこともない。上映時間は2時間20分。新人としては長すぎるのではないか? 
「もし、つまらなかったら、つまらないって言うからね」
 彼女は毎日、監督とゲストのトークがある18時の回に自主的に参加して、お客を見送っているという。
「だったら、休みの日、その回に行くから」

 観た。終了後、エントランスに出ると、彼女がいた。こちらに気がつき手をあげて近づいきたので、言った。
「すげぇ、面白かった! 2時間20分、確かに変にカットできないよね。会話とか表情とか愉快で、何度も笑っていたよ」
 俳優の素を生かした台詞廻し、いわゆる演技演技した振る舞いを排除して、リアルな空間を醸しだしている。
 構成は意識しているのかどうかわからないが、「パルプフィクション」を彷彿させる。
 ストーリーは本来ならありえないと思う。あまりにも登場人物が結びつきすぎるのだ。ある種のファンタジーか。

 俳優が普通の芝居をして、リアルな空間を作り出している、ということで、「tokyo.sora」という映画を思い出した。

     ◇

2002/08/27

 「tokyo.sora」(TOKYO FMホール 試写会)  

 東京の空の下、20代女性たち6人の物語。  
 ティッシュ配りのアルバイトを繰り返すモデル志望の娘(本上まなみ)。コインラインドリーにたたずむ留学中の中国人(孫正華)。小さな胸に心痛めている美大生(仲村綾乃)。  
 ランジェリーパブで働く小説家志望の葉子(板谷由夏)と美容師見習いの由香(井川遙)。流行らない喫茶店でマスターとおしゃべりばかりしているウェイトレス(高木郁乃)。  
 彼女たちの日常生活がそれぞれさりげなく淡々と描かれる。いわゆるスケッチの積み重ね。  

 モデル志望の娘はいつも眼鏡をかけていて、オーディションの時もけっしてはずさない。オフの日はいつも一人で部屋でビデオを観ている。  
 中国人留学生はコインランドリーで見かける日本人男性を好きになり彼の愛読書(町田康)を購入、彼の隣でページを開いてみる。同じ本を読んでいるということで、話しかけられるけれど、日本語があまりうまくないのでとんちんかんなやりとりになってしまう。女優志望と留学生は同じアパートの隣同士だが、まったく交流はない。  
 留学生はアルバイトで美大の絵のモデルをしている。ヌードデッサンの時、その豊満な乳房に嫉妬したのが美大生。アンナミラーズでバイトしようとするが、その胸を強調したユニフォームにおじけづく。以来胸パットを愛用している。彼氏に身体を求められても貧弱な胸だと知られるのが怖くてそれ以上の関係になれない。  
 葉子は某小説誌の新人賞に応募した小説が最終選考まで残ったことで、若い編集者との接触を持つことができた。編集者から勧められて書いた小説はそのままでは雑誌に掲載できない。編集者がリライトしたものならGOサインがでるという。しかしそれはもう自分の作品ではない。固辞した葉子に編集者は「じゃあボクの名前で発表するよ」。  
 ある日一人で居酒屋に入ると由香がいた。意気投合した二人は葉子の部屋で飲み直す。由香は毎日シャンプーばかりでカットをさせてもらえないと悩みを打ち明ける。その夜二人で飲み明かし久しぶりに気持ちのいい空を見ることができた。  
 世間に認められない焦燥感、孤独感に苛まれて、ある日、発作的に自殺未遂を起こした葉子は左の手首から血を流しながら電話する。由香が客からもらった名刺をにぎりしめながら。由香に伝えてもらいたいことがあると。相手は喫茶店のマスターだった……。  

 演技的なものを排した台詞廻し、会話で、できるだけ素の彼女たちを浮かび上がらせる。カメラも一定のポジションに固定し、距離をおいて必要以上の状況説明をしない。まるで定点観測の様相だ。 芸達者な香山照之もココリコの遠藤章造もどこにでもいる生身の一人の人間として登場する。  
 自然光を重視した照明が全体的に青みがかった映像にして都会で生きる女性たちの孤独を浮き彫りにする。時折挿入される見上げた角度の空模様が彼女たちの心象風景となって効果的だ。  

 「マグノリア」の世界を佐々木昭一郎が撮ったような映画といえようか。(佐々木昭一郎は70年代から80年代にかけて活躍したNHKの名物ディレクター。素人を好んで起用し、その一種独特な詩的世界で数多くの賞を受賞している。)  
 監督はこれが劇映画デビューとなるCFディレクターの石川寛。透明感あふれる水彩画みたいな映像。まるで役者たちの呼吸が聞こえるような、時をいっしょにすごしているような演出。先輩格の市川準監督「トキワ荘の青春」を彷彿させる。東陽一の「もう頬づえをつかない」のタッチも思い出した。

 もうずいぶん前から不思議に思っていることがある。  
 たとえば電車に乗っていると外人(アメリカ人)の会話を耳にする。身振り手振り、会話の調子って、そのまま映画のワンシーンになってもおかしくない。実生活の会話風景=映画の世界・のよう、なのである。
 これが日本人になると、あちらこちらで交わされる会話と映画(TVドラマ)の中のそれが同じに思えない。別物という感じ。  
 外人の会話ってもともと演技的な要素が備わっているのだろう。  
 恥の文化・日本ではそうはいかない。抑揚のない、ぼそぼそとつぶやくような、ささやくような会話がほとんどなのだ。
 だからこの映画の会話、やりとりは街のあちらこちらで交わされているものと同じ。リアルそのもなのである。

 この映画は全編デジタル撮影で、ビデオをフィルムに転換している。ビデオ撮影だからこそ、長廻しが可能になってドキュメントタッチの映像、リアルな雰囲気が得られたとも思えるが、惜しむらくはこの映画のテーマともいえる空の色の〈抜け〉が悪いところ。
 観終わってすがすがしい気分になれる。2時間強の上映時間がそれほど長いと感じなかった。僕はこういう世界、ストーリーも映像も大好きなのだ。  

 シナリオが読みたくなった。あの台詞は一字一句シナリオに書かれているものなのだろうか。それとも状況説明、台詞の要旨だけまとめられたものなのか。

     *

 「マグノリア」がそうであったように観客は6人の誰かに自分と重なるものを見て感情移入できるのではないか。僕は葉子だった。今時原稿用紙に鉛筆で文字を書く若い女性はいないと思うけれど(でもこの方が絵になる)、自分の才能を信じて孤独に机に向かう姿が目に焼きついた。煙草を持つ指のしぐさが魅力的。
 孫正華は横顔が驚くほど天海祐希に似ていた。眼鏡姿の本上まゆみもよかったなあ。
 癒し系タレントとして人気の高い井川遙の魅力がやっとわかった。小林信彦がコラムで紹介してから気になってグラビア等で何度眺めてみてもそれほどいいとは思っていなかった。由香のかわいらしさったらない。守ってあげたくなる。




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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