かまやつひろしはいつからムッシュかまやつになったのだろうか。
 それまで、ムッシュは愛称だったはず。それがいつのまにかムッシュかまやつと呼ばれるようになり、表記もそうなってしまった。
 〈日本ロック界のレジェンド〉という枕詞も、どうにも違和感がある。いや、ロカビリー時代からミュージシャンやっていたのだから、レジェンドであることは確かなのだが、この言葉、かまやつひろしが元気だったころからメディアで使われていたのだろうか?
 僕自身は記憶にない。にもかかわらず、訃報記事(ニュース)を書くにあたって、皆が当たり前のように連発するから、反撥したくなるのだ。

 個人的に、スパイダースは、タイガース、テンプターズに続く第3のグループだった。かまやつひろし自身も、堺正章、井上順に続く第3の男。あくまでも個人的なイメージだが(今なら、トップは井上堯之さんになる)。
 飄々と音楽界(芸能界)を生きてきたような気がする。ジャンルを区分でなく、言葉は悪いが節操なく、あっちこっち行って楽しんでいるような。
 最大のヒット曲「わが良き友よ」は吉田拓郎の作で、あのころはロックからフォークに浮気していた。

 スパイダースはメンバー7人のうち、6人が芸能界で活躍している。GSグループの中でもTVの特別番組等で、全員ではないもののメンバーが集まる機会が多かった。堺正章、井上順とかまやつひろしが絡むとむちゃくちゃ愉快で楽しかった。いい曲、たくさんあったんだよなぁ。最初に注目したのは、メンバーの中で作詞作曲できるということだったことを今思い出した。
 何年か前、TOKYO MXの夏木マリの番組にゲスト出演したのが(僕が)元気な姿を見る最後だった。

 78歳。がん闘病の記事を読んで、いつかはと予想していたが、いざ訃報にふれると悲しくて仕方ない。

 合掌




関連記事
スポンサーサイト
NEXT Entry
「退屈な日々にさようならを」
NEW Topics
「藤子・F・不二雄のまんが技法」「夢分析」「日本語練習帳」 ~ある日の夕景工房から
「活字のサーカス -面白本大追跡-」「司馬遼太郎と藤沢周平」「お洋服クロニクル」 ~ある日の夕景工房から
「居酒屋ゆうれい」 in 「第9回船堀映画祭」
1分間スピーチ #25 一休和尚の遺言
「ロードキラー」「トゥームレイダー」「赤い橋の下のぬるい水」「スパイキッズ」 ~ある日の夕景工房から
「柔らかな頬」 「ファイティング寿限無」 「もっとも危険なゲーム」 ~ある日の夕景工房から
「カルテット」「約束」「GO」 ~ある日の夕景工房から
飯島敏宏 テレビドラマ50年を語る ~「月曜日の男」から「金曜日の妻たちへ」「毎度おさわがせします」まで~
没後47年命日に捧げる 三島由紀夫、心の歌を聴け ~「告白」の肉声と朗読~
「すぐそこの江戸 考証・江戸人の暮らしと知恵」「第3の家族 テレビ、このやっかいな同居人」「知の編集術 発想・思考を生み出す技法」「へなへな日記」「新宿熱風どかどか団」 ~ある日の夕景工房より
Comment
Trackback
Comment form
 管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード

Page Top