2017/2/25

 「ラ・ラ・ランド」(MOVIX川口)

 「セッション」の監督(デイミアン・チャゼル)がミュージカルを撮ったというニュースを目にしたとき、ものすごい期待感があった。
 「セッション」はドラマ的にはある部分破綻しているところがあるものの、クライマックスのドラムソロの圧倒的迫力でもうそれだけで満足してしまった。この映画の魅力はドラマではなく、音楽が醸し出す高揚感の体感にあったのだ。
 同様の高揚感を、「ラ・ラ・ランド」のミュージカルシーンに求めたわけだ。

 公開前に一度だけ予告編を観る機会があった。
 全編、歌って踊っているのだが、少しも興奮しない。むしろダサさを感じてしまった。
 「シン・ゴジラ」の予告編第一弾を観たときと同じ反応なのである。

 ミュージカルには詳しくない。10代まではミュージカルにまったくというほど興味がなかった。タモリがよく言っていた「それまで普通に演技していたのに、なぜ急に歌ったり、踊ったりするのか」に与していたのだ。
 ミュージカルへの偏見を取り去ってくれたのが1980年に日本で公開された「オール・ザッツ・ジャズ」だ。もともと音楽映画が好きだったこともあり、ミュージカルもその一つとして楽しむようになった。
 ちなみに音楽映画とは〈音楽をモチーフとする映画〉と自分の中で規定している。「小さな恋のメロディ」も僕にとっては音楽映画である。全編にわたって、ビー・ジーズの楽曲を使用していると言う点で(エンディングのみCSN&Y)。
 ミュージカルと聞けば、もうそれだけで足を運ぶ。音楽(楽曲)が琴線に響けば、サントラを購入する。
 「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」は映画版だけでなく舞台版のサントラも購入した。「ジャージーボーイズ」なんて一週間に3回観た。米国キャストの舞台(日本公演)まで観に行った。もちろんサントラも購入。

 予告編は期待外れだったが、公開が近づくにつれてワクワク感で胸がはち切れそうになった。「シン・ゴジラ」の場合、予告編第二弾で印象がガラリ変わって、実際本編は傑作だったのだから、「ラ・ラ・ランド」も同様だと思った。
公開二日めに観たのだが、観る前は朝から興奮していた。興奮と書くと少々大仰だが、今晩観るんだと思うと胸が高鳴ったことは確か。

 どこで観ようか。仕事終わりで駆けつけるからレイトショーでないと間に合わない。
 調べるとTOHOシネマズ日本橋があった。しかし、レイトショー対象の最終回の開始が遅く、翌日を考え断念。
 有楽町ではTOHOシネマズみゆき座スカラ座でやっていた。開始時間も日本橋より早い。これにしようと思ったが、念のために電話して確認してみた。案の定、レイトショー料金ではないという。有楽町のTOHOシネマズはいつもそうだ。
 地元MOVIX川口で観ることにした。
 新宿や渋谷ではないので、それほど混まないだろうと予想していたら、さすが話題の映画、かなりのお客さんの数である。それもカップルばかり。座った列は僕以外カップルなんだから!

 胸の高鳴りを抑えながら開巻を待つ……
 オープニングは、ハイウェイを使った、大胆奇抜な大群舞(?)。しかし、ノレなかった。以降、いわゆるミュージカルシーンには心がときめかなかった。ラストに待っていた、この映画の肝心要のシークエンスにも。これはいったいどういうことなのだろう? 自分でも信じられなかった。
 数々のシーン、ショットが、往年のミュージカルへのオマージュ(が含まれている)であるのことは、ミュージカルに詳しくなくてもわかる。しかし、元ネタを知っている、知らないなんて関係ない。目の前で繰り広げられる歌唱(楽曲)やダンスが胸にくるかどうか、だ。

 (ネタばれあり)
 「映画はつまらなかったのか?」と訊かれたら、否と答える。
 ラストの、ふたりの再会ショットに短剣で胸を貫かれた衝撃を受けた。切なすぎて涙がでてきた。20代のころの個人的な思い出が頭をよぎったことも大きい。

 前述の肝心要のシークエンスは、現実とは逆の、たらればの世界を歌&ダンスで盛り上げる。これも僕には疑問だった。
 このシークエンス、始まりはふたりの最初の出会い。しかし、本当なら、フランスロケから帰ってきたヒロイン(エマ・ストーン)と主人公(ライアン・ゴズリング)から描くのが筋ではないか。紆余曲折がありながらふたりは結ばれたのだから。が、あることで仲たがいして別れることに。エマにはフランスロケの仕事が舞い込み、怖気ずくエマの背中をライアンが推す。この映画が大ヒットしてヒロインはトップ女優の仲間入りを果たすのだ。
 普通なら、映画が成功したのだから、あるいは映画に手ごたえを感じたなら、その前に別れたとはいえ、エマはライアンに連絡をとるのではないか。そこでまた恋仲になったり。そうはならなかった。ふたりに何があったのか? そこらへんのすれ違いを僕は知りたかった。

 歌やダンスには胸ときめかなかったが、ライアン・ゴズリングのピアノプレイには始終注目していた。もちろん、音はあとで差し替えているのだろうが、指の動きが音にリンクしていて、まさにホンモノに思えた。ピアノソロも素敵だったし。

 この映画が、不遇なジャズピアニストと売れない女優のロマンス、ピアノをモチーフにした音楽映画だったら、僕はハマったに違ない。誰も共感してくれないだろうが。




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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