早朝の品出しのアルバイトを始めてから、目覚まし時計を買った。100円ショップで、だが。
 それまでは携帯(いまだにガラケーを使っている)のアラーム機能を利用していた。5時、5時30分、6時にアラームが鳴るようセットしている。カフェの仕事は10時30分からだから家を8時30分に出れば十分間に合う。早く起きて朝風呂に入って、朝食を作って、TV見ながら食べてと、とてもゆったりとした時間の流れを愉しんでいた。

 早朝品出しは6時30分から9時30分までの3時間の業務。
 15分前までに出勤するとなると、家を5時に出なければならない。目覚ましは4時15分にセットしている。携帯アラームと目覚まし時計の二段構えだから、寝過ごすということはない……

 ……はずなのだが、たまに目覚まし時計のセットを忘れることがある。携帯アラームだけだと目が覚めない、ことが多い。
 この前なんて、目が覚めて、時間を確認すると5時だった。あせった。あわてた。急いで5分で歯磨きと着替えをすませ家を出て駅まで走った。徒歩20分の距離だからかなり身体にこたえる。

 一昨昨日はきちんと5時少し前に家を出た。
 産業道路沿いの歩道を道路を左に見ながら歩いていた。交差点。信号が青なのでそのまま歩いていると、目の前を自転車に乗った女性が右から左へ通り過ぎた。こちらの進行方向の信号が青ということは、女性は信号無視して交差点をわたったということ。でも、まあ、クルマも少ないし、僕自身よくやることなので気にもとめなかった。
 左側からクルマの急ブレーキ音が聞こえた。直後、鈍いドンという衝撃音。左を見ると、目の前を通り過ぎた女性(の自転車)と乗用車がぶつかって、女性が自転車から滑り落ちたところだった。
 ただ、衝突というより、クルマが自転車をひっかけたという感じで、大した事故じゃないとそのまま駅に向うつもりでいた。この時間、電車を1本乗り過ごすと、次までかなり時間を要するのだ。

 ところが地面に倒れた女性がなかなか起き上がろうとしない。
 心配になった。
 駆け寄って、倒れている女性に声をかけた。
「大丈夫ですか?」
 返事はない。
 運転手はなにやっているだ? 中を見ると、倒れたところは運転手側のドア前だから、運転手はドアを開けられない。
 もう一度女性に声をかける。意識はあるようだ。
 ここは道路の真ん中であぶないから脇へ行きましょうと手を差し伸べると、女性が立ち上がった。
 そのときわかった。かなり酔っぱらっている。
 立ち上がって、女性の怪我の状況を理解した。左の手のひらに擦り傷と口の中を切っている。
「口、やばくね、歯欠けてるし」
 女性が口を開ける。確かに前歯の先がほんの少しない。血も流れている。
ただし、思ったとおりそれほどの怪我ではない。それよりも、やばくねイントネーションだ。まさかこんな状況で聞くとは思わなかった。脱力した。
 ドアをあけて出てきた運転手に女性が同様に自分の怪我を訴える。運転手はスマホを取り出して電話する。救急車を呼んだ。
 少し離れて相手に事故現場がどこか説明している。女性は口の中の怪我を気にしていてこちらに同意を求めてくる。
 運転手の電話が長い。
「女性は日本人じゃないんですよ」
 そんな声が聞こえてきて、あわてた。違う、違う、日本人ですよ! 僕は叫びたかった。確かに、ちょっと見日本人じゃないみたいな感じがするけれど。
 案の定、女性が「日本人じゃない」発言にくってかかった。
「あたしは日本人だよ!」
 電話は続く。
「もういいよ、あたし帰るわ」
 そういうわけにはいかないのよ。そうだ、警察に連絡しなきゃ。携帯をとりだして110番へ。出た。事故の説明をすると、女性の年齢を訊かれた。
 困った。下手に見た目の年齢を口にしたら、また怒りの鉄拳がとんでくるかもしれない。「あたし、そんなに歳とってないわよ!」なんて。
「年齢ですか?」
 目の前の女性と目が合う。
「44よ」
 女性が言う。
 助かった! そのまま伝える。
 続いて場所の確認だ。
 今なら要領よく説明できる。西川口駅から新オートレース通りと産業道路の交差点がありますよね。そこから一つ蕨寄りの信号のところです。
 実際は、川口警察の前の道を大宮方面100mほどいったところの信号、とでも答えたのか。相手はわからない。住所を確認してきた。わかるわけない。並木、何丁目か。「何か目印は?」と訊くから直ぐ近くに松屋があると言ってもわからない。
 救急車が来た。降りてきた人に携帯を渡し、説明してもらうことにした。
 かなりの長電話だ。料金いくらかかるのか……。

 しばらくしてパトカーがやってきた。
 警官が降りてくる。3人だったか。一人は救急車の中の女性のところへ。もう一人が運転手に事情を訊く。そのあとが僕とのことで、「待っていてもらえますか? 仕事は大丈夫ですか?」と訊くので、仕方ないですよねと答えた。
 職場に電話して理由を話して1時間ほど遅れるからと伝える。

 実際は30分の遅刻ですんだ。
 早朝品出しの仕事を終えて店に出勤。当日のパートナー、K嬢(うちの娘と同い歳)に事の顛末を語ると、彼女がこう言った。
「44歳ですか! だったら新しい出会いになるんじゃないですか?」
 そうか、そういう考えもあるのか。
 女性の態度、声を反芻する。「やばくね?」
「120%ない!」
 躊躇なく答えた。




関連記事
スポンサーサイト
NEXT Entry
1分間スピーチ #11 クレーム対応時の〈ガス抜き〉について
NEW Topics
告知ページ
無題 ~「白いカラス」
1分間スピーチ #16 サマータイム導入問題
BC20世紀 賄い料理その2
「花戦さ」&「22年目の告白 ~私が殺人犯です~」
「美しい星」
1分間スピーチ #15 倉木麻衣と宇多田ヒカル
紙ふうせんシークレットライブ 2017 その4
ちょっとひとやすみ その4
紙ふうせんシークレットライブ 2017 その3
Comment
No title
こんばんは(*^-^*)
いつの間にか、この項、続いていたんですね。
最後のオチに笑いました。
「120%ありえねー」と言わないところが、keiさんらしいですね。

ところで「まぐまEX2」の小山氏の巻頭記事『ウルトラマン一族の栄光と怪獣たちの咆哮』に衝撃を受けてしばらくたちますが、なかなか態勢を立て直せずにいます。
感想をブログにさえ書けないほど説明のしようがない、消化できないということです。
ウルトラ一族と修羅、菩薩行?あれは神話?
・・・制作側の意図をはるかに超える意味を作品が持ってしまうことって、やはりあるのだなあと思いつつ、これを真に受けてしまって良いものか、逡巡しております。
なかなか噛み砕けない世界で、驚きました。
作り手の意識下にあるものが作品の底に流れていて、それを
「世界」として再構築できる人もいらっしゃるのかなと。
それにしても、侮るなかれ、ウルトラマン、ですね。
マンガは男女どちらでもOKな文化ですが、特撮ものは男子のものかもと、正直ぐうの音も出ません。
物凄く面白く読めたのに感想が書けない、紹介できないだなんて、「まぐま」恐るべし、でした。

mikaidou さん
こんばんは!
毎日があわただしく過ぎていき、帰宅も遅く(憂さ晴らしのためのひとり呑みとひとりカラオケなんですが)、自宅できちんとPCに向かうことができません。中途半端で文章をUPするのは嫌なんですが、そうでもしないと進まなくて…… どうもすいません。

小山さんの論考、私は逆立ちしても書けません。書く気もないのですが。私、厳密な意味で論考(論文)って書けないんですね。どうしてもエッセイやブログになってしまいます。
本日、電話で小山さんに伝えました。感謝していましたよ。 
 
訂正
>どうしてもエッセイやブログ

エッセイやコラムと書こうと思って間違いました。
Trackback
Comment form
 管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。さまざまなイベントを企画、開催していますので、興味あれば一度覗いてみてください。

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード

Page Top