前項の続きみたいなもの

 週刊文春に「お言葉ですが…」の連載が始まって、毎週の楽しみになった。勉強にもなった。後から小林信彦の「人生は五十一から」(途中で「本音を申せば」に改題)も始まって、この二つのエッセイを読むために文春を買っていたようなものだ。
 小林信彦のエッセイは現在も続いてるが、「お言葉ですが…」の連載は終了してしまった。最初、毎年の恒例、単行本化がされなくなって(理由は本が売れなくなったからとされていた)、そのうち突然のように連載が終わった。高島俊男自身は単行本にならなくても、連載自体は続けたかったらしい。連載終了間際にそんなことを書いていた。
 連載終了後、しばらく文春がつまらなくなった
 思うに、高島俊男と編集部(もしくは文藝春秋社)と何か問題が生じたのだろう。その結果切られた。そう推測している。
 現に「お言葉ですが…」は別巻として別の版元から単行本になっているのだから。

     ◇

1999/07/11

 「せがれの凋落 お言葉ですが…3」(高島俊男/文藝春秋)

 言葉に関する僕にとっての師匠とも呼ぶべき人がいる。
 小林信彦、井上ひさし、永六輔…彼らが自分のコラム、エッセイの中で、言葉の使用法の間違い、生理的に受け付けない言葉等書いていると、それはすぐさまNG言葉となって僕の頭にインプットされる仕組み。もちろん彼らの指摘を受ける前から自分自身気になっている言葉などがあるとわが意を得たりとばかりうれしくなる。
 この本の著者は文春にコラムを連載するまでは全く知らなかった人だが、すぐに師匠になってしまった。辞書を信用するなと教えてくれたのはこの方だ。本書最後に収録されている「氏」の使用法の解説に赤面するばかり。


2000/09/27

 「お言葉ですが…4 猿も休暇の巻」(高島俊男/文藝春秋)

 雑誌に連載されている人気コラムがまとめられて単行本化される際、連載時とは別のオリジナルタイトルがつけられるのが出版業界の主流となっている。
 中野翠の「満月雑記帳」しかり、椎名誠「新宿赤マント」しかり。小林信彦「人生は五十一から」も2冊目は別のタイトルになった。
 しかし、この「お言葉ですが…」は連載時のタイトルがそのまま利用され、その後に続くサブタイトル(○○○の巻)で違いを表している。
 第2巻は「お言葉ですが…それはさておきの巻」、第3巻はサブタイトルとタイトルが逆転して「せがれの凋落 お言葉ですが…3」となった。書店での分類に同じタイトルがトップにくるのがまずいらしい。以降、このスタイルで刊行されるものと思ったら今回はまた変更されて「お言葉ですが…4 猿も休暇の巻」。前巻に対して愛読者からの批判があったと〈あとがき〉にある。

 とにかく、このシリーズは言葉に対するうんちくがつまっていて日本語に興味を持つ人にとっていろいろ勉強になる読み物であり、週刊文春の名物コラムの1つになっている。
 僕も毎週楽しみにしていて、1冊にまとまると、また確認の意味で手に取る。単行本は単に連載をまとめただけでなく、連載時のコラムのあとに〈あれからひとこと〉がつくのがおもしろい。連載時の読者からの反響、反応、あらたにわかったこと、あるいは間違いの訂正、おわび等、著者が素直に書き記してくれる態度に好感をもてる。

 サブタイトルの「猿も休暇」とは英語の発音を日本語に置き換えた言葉のこと。
 本書で紹介しているエピソードの1つで、著者が読んだ古本の中にでていた笑い話だ。
 ロンドンで鮭に胡瓜をあしらった料理を他人が食べていて、それが実にうまそうだったので、同じ物を注文しようとサモン、キューカンバーと発音するが通じない。「猿も休暇」 と言うと料理を運んできたというもの。英語で時間を訊く際の「掘った芋いじるな」と同じ要領だろう。

 著者のうんちくはすごいものだが、逆に今の流行(というのはおかしいけれど)については、あきれるほど疎い。
 「官能記」を書いた芦原すなおや北村薫を女性と信じて書評を書いたり(北村薫の場合一時期まで覆面作家だったしょうがないか)、渋谷のロフト館を知らなかったり(東京に住んでいないのだから知らなくて当然だけど)。でも、〈あれからひとこと〉で正直に告白して訂正するところが潔く、こういう人だからこそいろいろな苦言も聞くになる。

 痛快なのは某大学教授が担当した新潮文庫「津軽」の注解に対する徹底攻撃である。この注解は単なる辞書の書き写しで、本文にでてくる言葉の意味を全然理解していない。某教授が「津軽」を読んでいないことは一目瞭然なのだ。そこで著者があまりにひどいと思われる注解をみつくろって訂正する。ここまでが週刊文春に書いたこと。
 おもしろいのはこのコラムを読んだであろう某教授が文庫の版をあらためた際に指摘された注解を書き直していることだ。しかし著者の怒りはその中途半端な訂正に対して向けられる。コラムで指摘したのは数多い間違いの代表的なものだからと、本文よりも長い8ページもの〈あれからひとこと〉で再度注解のどこがどう間違っていたのか検証し、昭和19年の日本や舞台となった青森県、作者の太宰治について少しは勉強せい!と斬ってみせる。
 このほかジャイアント馬場逝去に触れた十六文キックの由来、「パニクる」を最初に言い出した人からの手紙の紹介だとか、興味深い話題が次々と登場してくる。


2003/05/24

 「お言葉ですが…7  漢字語源の筋ちがい」(高島俊男/文藝春秋)  

 「お言葉ですが…」シリーズももう7冊めになる。ついこの間始ったような気もする連載も開始の年に生まれた子はすでに7歳、小学生になっているのである。月日がたつのは速いものだ。
 毎週の連載も楽しみだが、1冊にまとまると面白さは倍増する。  

 「漢字語源の筋違い」とは巷間伝わっている漢字の語源が実は嘘であることをいう。有名なところでは〈師走〉の先生多忙説。平安時代のむかしから言われているのだとか。当時師は坊さんのことだった。年末あちこちお経をよんで走りまわるというわけ。  
 なぜ一年の最後の月を〈しはす〉というのか。実際のところあまりに古くから言われているのでわからないらしい。農業にかかわる命名だと「大言海」にあることを紹介している。  
 〈あっぱれ〉とは〈天晴〉と書き、空がカラリと晴れたようだという意味であっぱれということ、〈あんばい〉が昔の料理が塩と梅で味付けしたから〈塩梅〉と書くこと、〈神無月〉の、10月は各地の神がみな出雲に出かけてしまって不在になるからという説明も嘘であると、言語学でいうところのVolksetymologie、日本語に訳せば「民間語源」「語源俗解」なのだとか。ようは先に言葉があって、後から漢字をあてはめたということだ。  

 冒頭の〈メル友、買春、茶髪〉、ここでの著者の主張は文春に掲載されたときも、まったくそのとおりと思った。
 著者はTVを見ないので俗世間の流行に疎い。新聞記事で〈メル友〉の文字を見て、知人に「メルユウって何だ?」と訊いた。そこでメル友が「メルトモ」と読むこと、携帯電話を通じたペンフレンドみたいなものだと教えてもらった。ところが納得できない。ひとくさり知人に文句を言うのである。
「なら学友」はガクトモか、旧友はキュウトモか」  
 そうなのだ、そうなのだ。僕も「メル友」を当初、メルユウと読んでいたのである。まあ、メールの友達だからメルトモなのだろう。「いい友」からもからもきているのかもしれない。
 「売春」の反対「買春」をカイシュンと呼ばせるのも違和感を持っていた。どちらもバイシュンと読ませるのだとばかり一時期まで思っていたのである。著者曰く「買春がカイシュンなら売春はウリシュンじゃないか」  
 茶髪をチャパツと読ませるのは無理があると。髪をパツと読ませるのは上の文字が撥音(ン)か促音(ッ)である場合に限られるから。茶髪をチャパツなら白髪だってハクパツだものね。

 〈訳がワケとはワケがわからぬ〉で長年の疑問が解消した。訳はヤクであってワケとは読まない。でも申し訳ありませんってどうしても書いてしまうな。
 徳川慶喜の慶喜の読み方から始って、昔の日本人には実名(名乗)というのがあって、本当の読み方は誰もわからない、ということを知った。二文字を訓で読めればそれでいい。西郷隆盛は本当は隆永といい、リュウセイがリュウメイと聞き間違われて、隆盛になったとか。
 武士またはそれに近い身分の人には通称と実名があった。あのミドルネームみたいなものは通称だったわけ。これまたなぜ昔の人は名前が二つあるのかという長年の疑問が解消された。
 そのほかにも〈円はなぜYENなのか〉〈「スッキリ県と「チグハグ県」と、いろいろ胸のつかえをとってくれる。




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Author:kei
新井啓介
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まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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