ブログをやりはじめて、まあ、最初はmixiだったわけだが、心がけていたことが一つある。心情吐露だけはぜったいするまいと。

 これをやられると読む方はつらいのだ。本人は書くことで発散しているのだろうが、書かれていることはだいたい具体性に欠けるから、読み物として面白くない。読者としてどうリアクションをとっていいのかわからない。
 悩みがあるのなら不特定多数を相手にするネットへの書き込みではなく、リアルな友人に相談するなり、愚痴るなりしろって。
 すべてが解決、あるいは自分の中でなにかしら決着をつけたら、その旨書き記せばいい。

 僕自身、家庭の問題で、2012年の3月から14年11月までブログを停止していた。
 最初はそういうことには関係なく、いつものように映画や本について書こうとしたが、そんな心境になれなかった。とにかく完全に鬱だから以前の文章を触れると、すべて消したくなる。ブログを完全消去しようかとさえ思った。実際、いくつかの項目は消してしまった。そのうちブログを停止することが、パスワードで閲覧できるようにすることがわかり、そうした。つまり、外部からの閲覧をシャットアウトしたのだ。
 その間、2本、書き溜めようとした。しかし、どちらも中途半端のまま終わっている。いつか再開しようと思ってはいるのだが。

 解除するまで3年近くかかってしまった。
 その間、通常の人間関係も同様だった。会社へは毎日通勤していた(途中、1ヶ月と少し、長期休暇をもらった)が、プライベートのつきあいをやめた。できなかった。ライブも落語も映画もすべて遠慮した。唯一、特撮仲間のSさんとの呑みだけ、あるいはその関係の呑み会だけに参加した。Sさんには事の顛末を、その要因を話していたことによる。
 とはいえ、僕がどれだけ悩んで苦しんでいたか(と書くと、かみさんと娘の声が聞こえてくる。全部あなた(お父さんの)せいじゃない!)Sさんは知らない。
 元気になってから、Sさんに言った。
「もし、オレが自殺したとして、Sさんには理由がわからなかっただろうね」
 ほかの人たちとはつきあいを絶っていたし、年賀状も出さなかったから、何かあったということはわかる。Sさんは呑みの間に、その手の話をしないし、相談もしなかったから、そんな状況になったら一番驚いたのではないか。

 話を変える。
 ブログに書いた文章で、間違いや認識を訂正してくれるコメントに感謝している。
 誤字脱字は仕方ないにしても(見つけ次第訂正はしているが)、完全な認識違いで文章を綴っているのは恥ずかしい。自分のバカさ加減を全世界に発信しているわけだから。これまで何度も経験していて、いつもPCの前で赤面している。

 こんなことがあった。
 クドカンが初めて手がけた昼ドラ「我輩は主婦である」を毎日録画して観ていた。ドラマの中にクドカン自身が役者として登場して、口元のアップで驚いた。歯並びが矯正されている! 感想でその旨書いた。しばらくして「クドカンに似ているけれど、別の役者さんですよ」とのコメントがあった。調べたらホント、別人だった。
 そんなわけで、僕自身、他人のブログで明らかに間違いというものに対してはコメントするようにしている。自分が、ありがたいと思っているのだから、その人だって同様だろうと考えて。

 森達也氏の「放送禁止歌」が上梓されたころだったろうか。この本に「竹田の子守歌」に関する明らかな間違いがあった。案の定、この本のレビューでそこを鵜呑みにして感想を書いているブログを散見された。赤い鳥、紙ふうせんファンとして見過ごせるわけがなく、コメントを残した。皆、間違いを修正してくれたが、一つだけ返信でこう言われた。
「(自分は)そう本に記されているから書いたまで。訂正の指摘は版元にしてください」
 書き込みをしたときは気がつかなかったが、この方、活字メディア(特にゲーム業界)関連でよく名前を拝見する大学教授だった。
 そりゃ、そうかもしれないけどさ。あなた、自分の得意分野の本のレビューで、その本に間違いが書かれていたとして、そのまま鵜呑みにしてレビューを書きますか?

 この方の場合、まったく面識のない、赤の他人だからいい。
 困るのは知り合いだ。
 その方は、自身のブログで頻繁に映画レビューを書いている。僕以上に思い込みが激しく、けっこう間違いが多い。
 もうすいぶん前、某日活ロマンポルノ作品について、主演の宮下順子とかつて人気を博したTV「けんケンちゃん」シリーズ(「ジャンケンケンちゃん)でお母さんを演じた岸久美子を同一と認識して、感想を書いていた。
 この方のブログにはコメント欄がないので、直接メールするしかない。そこまでする必要があるのかと思いながらメールした。

 昨年の「X-MEN:アポカリプス」のレビューのこと。
 タイトルが「X-マン アポカリプス」となっている。もうこの時点で間違っている。レビューでタイトルや人名を正確に記すのは基本中の基本だ。
 まあ、でも誤字脱字の類として無視した。気になったのは以下のくだり。

     ▽
80年代が舞台だから携帯の出てこない時代。

『スターウォーズ 帝国の逆襲』を観終えたX-マン達が言う。
「どんな映画でも三作目になると最低よ」

これは本作をはじめ1作目と2作目を監督したブライアン・シンガーが3作目だけ外れているので、それへのあてこすりの楽屋落ちと思って笑ったが、他のお客さんは気が付かなかったのか全く無反応だった。
     △

 登場人物が三作めを話題にするということは、「ジェダイの復讐」を観たのではないか。時代設定だって80年代の前半だし。
 このとき、僕はまだこの映画を観ていなかった。アメコミが嫌いなくせにこの映画シリーズは好きだから、すぐに鑑賞。やはり「ジェダイの復讐」だった。
 「スター・ウォーズ」シリーズの2作めと3作めを間違えているこの文章を読む第三者はどう思うだろうか? この人、「スター・ウォーズ」についてあまり知らないのね。そんな判断をするのでは? せっかく作品の裏事情、うんちくを語っているのにそれでは台無しだ。
 まあ、このうんちくも僕に言わせれば、少し問題があるのだが(ブライアン・シンガー監督は、自らの企画「スーパーマン リターンズ」を選び、同時期製作の「X-MEN アポカリプス」の監督要請を蹴ったと何かで読んだ覚えがある)、そんなことはどうでもいい。問題なのはスター・ウォーズ」シリーズのタイトルを取り違えていること、また、例の掲示板で叩かれるぞ。

 Cメールした。「劇中でX-メンのメンバーが観たのは『ジェダイの復讐』ですよ、『帝国の逆襲』なんて書いていると、スター・ウォーズ知らないんじゃないかと笑われますよ」
「勘違いしていました!」「書き間違えました!」
 そんな返信がくるものと思っていた。違った。「スター・ウォーズ」に関する知識は自分にもあると。あわてて返信。「いや、そういうことを言いたいんじゃない、劇中でメンバーが観ている映画のタイトルが違っているんだよ」
 なんどかやりとりをするも、相手は自分の間違いを認めない。
 僕はケータイのメール打ちが苦手だ。じれったくなって、PCを使ってEメール。こちらもなんどかやりとりをするのだが、結局「スター・ウォーズの最初のシリーズは『新たなる希望』『帝国の逆襲』『ジェダイの復讐』と続いているのは私もわかっています」「あれでいいんだと思っています」
 押し切られてしまった。

 疲れた。
 自分の文章を見直せばすぐにわかることなのに、なぜ意地を張るのだろうか? 
 そもそも本人は間違いの指摘なんてしてほしくないのだ。それがよくわかった。
 以降いっさいの助言をやめた。日光東照宮の〈三猿〉を決め込んだ次第。




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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