最近、映画や読書のレビューを書いていない。理由がある。中途半端なものをUPしたくないのだ。いろいろ書きたいことがあるから、後回しにしてそのままというパターンに陥っている。いかんいかん。

 昨日の昼間、地元シネコンで「無限の住人」を観た。予告編を見てアンテナにひっかかっていたのだ。公開されたらすぐに劇場に足を運ぼうと思っていたのだが、体調不良、ぎっくり腰等でなかなか行けなかった。
 公開されてからは、あまりお客が入っていないということで、またいつものキムタク演技をあげつらって、何かと批判の声を目にしたり耳にしたりしている。
 本当にそうなのか? 

 かつて、キムタクは山田洋次監督の時代劇に主演したことがある。
 レビューでこう書いた。

     ▽
2006/12/22

 「武士の一分」(丸の内ピカデリー)

 このままでキムタクはいいのだろうか? ずいぶん前から思っていた。別にSMAPのファンではないし、ジャニーズなんて昔の渡辺プロみたいで大嫌いだ。にもかかわらず考えてしまう。

 キムタクは本当にこのままでいいのだろうか?
 「anan」が毎年実施している〈好きな男アンケート〉では13年連続のトップ。TVドラマに主演すれば高視聴率で話題を呼ぶ。SMAPとして何曲もヒット曲を持つ。

 タレントとしてならそれでいいかもしれない。中居くんの立ち位置だ。俳優としてはどうだろうか。確かにドラマは高視聴率だ。しかし、10年後、20年後、彼のドラマは語られるだろうか。たとえばショーケンの「傷だらけの天使」、松田優作の「探偵物語」のように。
 たぶん、ノーだ。語られるとしても、あくまでも〈高視聴率〉という側面でという注釈がつくと思う。

 俳優としてなら、同じSMAPの草なぎくんの方がずいぶんといい仕事をしている。ジャニーズでいえば岡田准一や長瀬智也に注目している。あと二宮和也。彼らはTV、映画、隔たりなく出演している。個人的に観たくなる作品だ。

 キムタクにこれまで本格的な主演映画がなかった、というのが信じられない。
 香港映画に出演してから事務所も方針を変えたのだろうか。
 山田洋次監督のオファーを受けて、藤沢周平原作の時代劇第三弾「武士の一分」に主演すると知ったときは、やっと〈作品〉作りに取組む気持ちになったのかと思ったものである。

 前評判も上々。かなり期待していた。
 平日の午後、映画館はかなりの混雑だった。年齢層は雑多。けっこう高いか。

 海阪藩の毒見役である三村新之丞(木村拓哉)は妻加世(檀れい)と中間の徳平(笹野高史)と質素に暮らしている30石の下級武士。かわりばえのしない仕事に嫌気がさし、剣の腕を活かした道場を開きたいという夢を持っている。
 ある日、いつものように毒見をした新之丞は激しい腹痛に襲われた。食した貝に猛毒が含まれていたのだ。命はとりとめたものの、高熱で3日間寝込んだ後、意識をとりもどした新之丞は新たな悲劇に見舞われる。失明していたのである。
 盲目では仕事はつとまらない。家名断絶を覚悟した新之丞だったが、藩主の温情により、これまでどおりの生活が保証された。
 妙な噂は、口かさのない叔母(桃井かおり)からもたらされた。加世が見知らぬ男と密会しているというのだ。
 外出した加世の後を徳平につけさせると、果たして用事を終えた加世は傍目を気にしながら茶屋に消えた。少し遅れて藩の番頭、島田(板東三津五郎)が入っていく。
 帰宅した加世を問い詰めると、あっさりと白状した。家禄を失う夫を心配した加世は、叔父叔母たちの勧めもあって、藩の有力者で、子ども時代から顔見知りだった島田に口添えを頼んだ。その代償に加世の身体を求められたというのだ。それも一度ではない。
 すぐさま加世を離縁した新之丞は、島田が実際には藩主に何の口添えもしていないことを知る。新之丞は島田に果し合いを申し出た……。

 観終わっての率直な感想は「それほどのものか?」。スクリーンに登場したのはいつもと変わらないキムタクだった。違いはちょんまげをつけているか否か。冒頭なんて「スマスマ」の寸劇か、なんて突っ込みたくなるほど。
 慣れてくると悪くない。が、全体を通して武士の威厳というか、侍魂は感じられなかった。たとえば、毒見役を誠心誠意つとめているのなら、まだわかる。ところが、仕事が嫌になってふてくされて女房に甘えるような男。それが夫の行く末を案じて、それも自ら望んで抱かれたわけではないというのに、その結果だけで判断して離縁を迫る。気持ちが迫ってこない。

 それに比べて檀れいは見事に下級武士の妻を演じていた。少し汚れた足の裏がリアルだった。中間役の笹野高史もいい。

 確かに映画は丁寧に作られているが、キムタクが主演ということで、スタジオ撮影が中心。開放感がなかった。
 卑怯な手を使って襲ってきた坂東三津五郎を、どうやって斬ることができたのか、わからずじまい。剣の師匠(緒形拳)に極意でも伝授されたのか?
 ラストも甘い。あっさりと離縁した後、また簡単に受け入れてしまうのはどんなものか。その間の妻への想いが、描かれているのなら、まだしも。

 館内が明るくなると左隣の中年夫婦の会話が聞こえてきた。「別に映画館で観る必要はないね」
 前の席の夫婦は、夫が立ち上がりながら言った。「2時間ドラマのようだったな」 
 右隣の老女は途中から涙を流しっぱなしだったのだけど。 
 
 山田監督の時代劇三部作の中では第一作の「たそがれ清兵衛」がダントツにいい。
     △

 「武士の一分」と比べて、「無限の住人」の方が数倍いい。断然、キムタクが輝いている。何しろ面白いのだ。

 ストーリーがシンプルだ。
 とある集団に両親を惨殺された少女が復讐のために不死身の用心棒を雇い、見事本懐を遂げる話。
 ほら、簡単に説明できる。これ、映画にはとても重要な要素だと昔何かで読んだことがある。
 少女を演じるのが昨年「湯を沸かすほどの熱い愛」でナチュラルな名演技を見せた杉咲花。この映画でも存在感を魅せつけてくれる。相手の問いに「えっ」と応える際の、声と顔の表情。泣きの台詞まわし。
「巧いんだなぁ、これが!」
 オレはモルツのショーケンか。

 この少女との微妙な関係で、キムタクのいつものキャラクターが引き立つというもの。いつものよりかなり汚れているところが魅力かも。
 巷間、キムタクのワンパターン演技を批判する向きがあるが、僕自身は気にならない。スターというものはそういうものなのだから。高倉健を見よ、いつも同じ演技ではないか。僕は東映の仁侠映画を観たことがなく、その後の高倉健しか知らないが、「八甲田山」も「幸福の黄色いハンカチ」も「野性の証明」も「駅 STATION」も「居酒屋兆治」も(以下略)皆高倉健だった。ビートたけしも同様。ワンパターンの極致だよ。
 ただ、違うのは、どの映画の中でちゃんと役になりきっていることだ。だからスターなんだろうけれど。

 対して、キムタクの場合、演技だけでなく、キャラクターも同じに見えてしまうのがネックだった。
 この映画でも演技は同じなのだが、不死身の浪人役がよく似合っていた。
 後半に交流の末の、浪人の少女に対する想いを如実にかもし出す何気ない台詞があり、目頭が熱くなった。キムタク流のぶっきらぼうな台詞だからこその効果だ。

 そして、何といっても殺陣である。これがすごい。
 昔、小学生の高学年のころだが、TVの時代劇をバカにしていた。刀で斬っても着物は破れない、血は流れない。実に嘘っぽくてたまらなかったのだ。刀自体いかにも作りものという感じもしたし。
 2000年代になり、CG、デジタル加工の技術で斬られた瞬間血が流れるなんて描写も可能になった。北野武監督「座頭市」では快哉をあげたものだ。本作でも当たり前のように血が飛び出ている。

  この映画で瞠目したのは、接近戦における間合い、斬りあいだ。本当に刀が身体に触れている(あるいはすれすれ)のだ。300人対一人だからスペースはない。その中できちんと鮮やかな斬りあいをするのだから恐れ入る。
 キムタク、TVのスペシャルドラマで宮本武蔵を演じ、かなり評判がよかった。時代劇はこれからの方向性の一つかも。
 ちなみに、この映画の描写について、凄惨だとか残酷だとか言う人は、一度その手の時代小説を読んでみるといい。斬殺って正視に耐えないものだとわかるから。

 SMAP解散のとき、キムタクはひとり、育ての親Iマネージャーに逆らってジャニーズ事務所に残った。これで世間の顰蹙を買ったわけだが(僕はその急先鋒だった)、この映画を見て考えが変わった。
 この映画のオファーを受けたとき、もうIマネージャーが外れていたと仮すると、キムタクの造反に得心できるのだ。これまでのドラマ選定ではあくまでもI女史の意向が反映されていて、自分のやりたい方向とズレが生じてきた。キムタクはそんな状況に、ある時期から忸怩たるものを感じていたのではないか。
 I女史がいないからこそ、「無限の住人」のような映画に主演できたのではないかと思えてならない。
 つまり、これまでのイメージ(の延長)ではない役を演じるには、I女史と袂を分かつしかないとの判断をした、と。
 あくまでも個人的な、勝手な憶測でしかないのだが。




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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