昨日(15日)は、今日と休みを換わってもらって、午後、渋谷区文化総合センター大和田へ。
 14時30分から練習室で「木部与巴仁×森川あづき 第7回未来式 ミライシキ」を観た。
 昨年だったか、一昨年だったか、BC二十世紀で開催した「伊福部昭二十一世紀」というトークセッションがあった。司会が木部さんで、自身は生ギターをバックにキベダンスを披露した。キベダンスの創出者だ。
 木部さん、伊福部昭には、現代音楽家として私淑しているわけだが、特撮に関しては馬淵薫に造詣が深い。僕も馬淵脚本作品はどれも大好きだから、話が合うのだ。

 ピアノの森川さんが急遽出演できなくなったのは残念だった。ただし、その代替として、木部さん自身が詩を朗読したテープをエンドレスで流して、即興で踊ったのだが、これがよかった。

 終演後、カラオケで時間をつぶして、18時からの談四楼師匠の独演会(下北沢)へ行こうとしたのだが、疲れが一気にでてきて、そのまま帰宅、早めに就寝した。

          * * *

2000/02/02

 「シュリ」(シネ・ラ・セット)

 魚の名称(そしてそれが北朝鮮テロリストの暗号になっている)からとったタイトルにセンスを感じる。ハリウッドに負けないアクション映画ということで人気を呼んでいる作品であるが、同時に語感のいいタイトルであまり馴染みのない韓国映画というイメージをとっぱらい、特に女性たちの足を運びやすくしていると思う。

 内容についてほとんど知らずに観たのであるが、これは韓国版「ブラック・サンデー」であった。 スタジアムに特殊爆弾を仕掛け、観客もろとも国家元首を殺害しようと画策するテロリストとそれを阻止しようと奮戦する主人公の情報部員という構図。そこにテロリストの女性工作員と主人公のラブロマンスを挿入したのがこの映画のミソであり、対象を女性層まで広げた要因だろう。
 北朝鮮の韓国に対する様々な工作は常日頃ニュースで目にしている。だからこそ物語は(細部は別にして)リアルに受け入れられる。

 冒頭、北朝鮮の一女性が特殊工作員に養成される様をできるだけ台詞を排除した映像だけでたたみかけるように見せてくれる。監督のこの映画にかける意気込み、力量が感じられる素晴らしいシークエンスだ。銃撃シーンの迫力も特筆ものである。
 映画「ブラック・サンデー」は未見であるが、小説にはとても感銘を受けた。何よりテロリスト側の心情が詳細に描かれていて、スタジアムに集う大統領を含めた何万という観客を殺害しようとするテロリストを肯定してしまったほどである。
 本作でも工作員のリーダーがその理由を国家の分断、北の貧しい生活にあることを熱く語るシーンがあるのだが、その多くは自国のトップの失政に起因するのだからあまり説得力はない。(ちなみにこのリーダー役、「レオン」のゲーリー・オールドマンを意識した西岡徳馬って感じで非常に印象的だった)ラストに用意されている主人公と女テロリストの悲恋も、二人の関係を型どおりにしか描いていないからそれほど胸に響かなかった。

 残念だったのは事件が解決してからのラストまでがやけに長く、おまけにあまりに感傷的だったこと。個人的な好みの問題かもしれないが、観客の涙を誘おうとする意図がありありで、ちょっと引いてしまった。
 が、韓国がこれだけの娯楽アクション映画を製作したことに対してアジア人として喜ばしく、日本人としては脅威、嫉妬を感じてしまった。日本の映画人たちはこの映画をどう観ているのだろうか?
 当時を知らないから勝手な憶測なのだが、かつて「七人の侍」が公開された時と同じ興奮をこの映画は韓国の人に与えているのではないだろうか。
 とにかくすごい映画である。

     ◇

2000/02/05

 「海の上のピアニスト」(丸の内ピカデリー)

 有楽町にあるクリニックに行った帰り、よく利用するガード下のチケット屋で丸の内ピカデリーの株主優待券(1,400円)を購入し、大ヒット中の「海の上のピアニスト」を観る。
 まわりはほとんどカップルか女性の二人連れで男一人が何となく場違いな気がする(「タイタニック」の時みたい)。

 この映画はファンタジーだ。そう考えないと船上に捨てられた孤児が全く音楽に親しむ環境にない、あるいはそういった教育を受けていないにもかかわらず、ある日突然ピアノを弾いてしまう設定、その他もろもろ無理が生じてしまう。
 幼い頃、母親に語ってもらったおとぎ話のように映画の語り口、主人公1900が紡ぎだすピアノに酔いしれればいい。

 ストーリーとか、展開がどうのこうの言う前に、純粋に音楽が持つ人の心を感動させる力を改めて思い知らされた。音楽は作りだすものではない。見たもの、感じたことを素直に表現する媒体だということをしみじみ感じた。
 1900が映画の語り部である友人トランペッター・マックスに豪華客船のパーティーに集う人々の中から、これはという人を選び出し、彼(彼女)にインスパイアされた物語を語り、イメージした曲を聴かせるくだりは音楽の真髄を垣間見た思いで心踊った。だからこそ初のレコーディングで窓の外にいた少女に一目ぼれした1900が弾くピアノの甘い調べに涙してしまうのだ。
 そして何より大地に住む人間として、金を儲けて家を建てたり、高級車を乗り回したり、結婚をして、子どもをもうけたりという、日頃当たり前に思っていることも、立場の違えばいかに意味がないかということも思い知らされる。
 とにかく泣けた。ラスト近く、鳴咽をあげそうになってこらえるのに苦労した。
 エンディングのロールタイトルで少女にささげたピアノ曲が流れたら、たぶん大泣きしていただろう。

     ◇

2000/01/10

 「新選組」(ユーロ・スペース)

 以前から気になっていた市川崑監督の実験的な異色作「新選組」をやっと観ることができた。
 セルアニメでもCGでもない、名づけて〈ヒューマン・グラフィック崑メーション〉。[三次元的立体漫画映画]と説明されている。原作である黒鉄ヒロシの原画を拡大コピーして作った切り絵のキャラクター人形を操演、撮影したというまことにユニークな時代劇である。

 製作はフジテレビ。TV用に製作されたにもかかわらず、出来がよかったということだ。
 放映前に単館ロードショーされた「帰ってきた木枯し紋次郎」の続編企画がずいぶん前に発表されたが、それが紆余曲折を経て、この「新選組」になったとおぼしい。

 コミックを映像化した場合、いわゆるアニメ以外には全く動かない原画をキャメラ操作で動きがあるように表現した作品がある。大島渚監督が白土三平の劇画を映画化した「忍者武芸帳」や石森章太郎のTVシリーズ「佐武と市捕物控」などがあるが、原画の切り絵人形というのは見聞したことがない。予算については知らないがまことに手間のかかる撮影であったことは予想できる。
 キャラクター人形の操演のほかに原画や実写との合成を駆使して、一つの世界を構築しているの確かである。

 冒頭、池田屋騒動が描かれるが、その顛末後に池田屋から赤い血が流れて画面全体を覆うカットなど異様な雰囲気が醸し出されていて目を瞠った。
 声の出演は市川組常連の役者ばかり。中でも中村敦夫は黒鉄原画の四角張ったごつい顔の近藤勇にぴったりであった。端正な二枚目(というのをこの映画で知った)土方には中井貴一。
 とすると「御法度」のビートたけしは原作のイメージにはほど遠い、全くのミスキャストになるのですな。

 「新選組血風録」を読んでいたので物語はよくわかった。ただ、こちらのコンディションが悪く、途中で睡魔に襲われ、何回か意識がなくなったことから、前評判ほどのおもしろさではなかったというのが率直な感想だ。本当におもしろかったら眠気など吹き飛んでしまうだろう。
 ラスト沖田総司と黒猫のエピソードで、ふと気づくと「完」のタイトルになっていた。ほんの一瞬もことだったが、とてもくやしい。傑作かどうかはビデオになってからもう一度確認したい。
 市川監督流のシャープな映像は健在。80歳を越えたとは思えない瑞々しい映像の数々で次作の「どら平太」が大いに期待できる。

 ユーロ・スペースでは「新選組」公開に併せてレイトショーで市川監督の過去の映画を数日ごとに上映している。その第1回が「雪之丞変化」。この情報を知っていたらと劇場で地団太踏んだ。ラストは「木枯し紋次郎」なのでこれはぜったい押さえておきたい。

     ◇

2000/02/24

 「ストーリー・オブ・ラブ」(渋谷東急)

 何年前になるのだろうか、こんなことがあった。かみさんがロブ・ライナー監督の前作「恋人たちの予感」のビデオ(日本語吹替え版)借りて夜一人で観ていた。僕自身はこの「恋人たちの予感」について、名作「スタンド・バイ・ミー」監督の新作というくらいの知識しかなく、恋愛ものには興味がわかないので、どうでもよかった。ただ、何となく映画はアメリカ人の"普通の生活"を描いていて、登場人物たちの立ち振る舞い、会話の全てが重要な要素になっていると感じたので、なぜ日本語吹替え版を借りてきたのか、吹替え版だと映画の魅力が半減するんじゃないかとを何気なく尋ねた。するとかみさんは突然怒りだしたのだった。
「私は家事で忙しいの!あなたが何も手伝ってくれないから、画面観ていなくてもストーリーがわかるように日本語吹替えを借りたんじゃない!!」
 その後彼女の日頃の不満が爆発して、大喧嘩になり……以下略。

 わが家では年に数回派手な夫婦喧嘩をしてしまう。外ではかっとなることはない僕も相手がかみさんだと怒鳴ることもたびたびだ。相手はよけいに無口になり会話のない日が何日も続く。まあ、だいたいはこちらが悪いのだし、最後はあやまるのだが、そんなことが何度も続くと、いい加減うんざりしてくる。
「全部オレが悪いのか?君はちっとも悪くないのか? 君の言い分を聞いているとまるで自分中心に地球が 回ってるみたいじゃないか」

 ブルース・ウイリスとミシェル・ファイファーのやりとりは、だからけっして他人事ではない。台詞の一つひとつが胸に突き刺さる。ミシャル・ファイファーが時折見せるぶすっとした沈んだ表情。同じ表情を実生活で何度見ていることか。コメディじゃなかったら、正視できないですよ、この映画。

 夫婦の離婚、その過程を描いた映画に「クレイマー・クレイマー」があるが、僕は別の意味でこの映画を思い出していた。
 ごく普通の家庭の朝食風景。親子の会話。友人夫婦とのレストランでの夕食。ワイングラスが触れ合う音、食事をしながら繰り出される早口な英語の台詞、食器とフォークのぶつかる音等々。何気ない描写がいい。
 二人の出会いから妊娠、出産、子育てを経て、現在に至るまでの変遷が、端的に描かれる。時の経過を二人の髪型の変化でみせてくれる。何より評価したいのは、わずか1時間半の時間で夫婦であること、親子であることの歴史がちゃんと描かれていることだ。(「秘密」の脚本家、監督に見せてやりたい)この歴史があるからこそ、ラスト、ミシェル・ファイファーの長台詞が重みを持つのである。

 原題は「Story of us」。このusは主人公夫婦だけではなく、子どもたちを含む家族を意味していることをラストの台詞で知って、感動を新たにした。
 いつもはヒロイックな役柄が多いブルース・ウィリスの普通人ぽさがいい。エリック・クラプトンのアコースティックな主題歌に聴き惚れた。

     ◇

2000/02/25

 「恋人たちの予感」(ビデオ)

 洋画の場合、英語の原題をそのままカタカナタイトルにしてしまう、あまりの芸のなさにあきれてしまうことがたびたびあるが(007の最新作、『ワールド イズ ノット イナフ』なんて配給会社のセンスを疑ってしまう)が、逆に日本語のオリジナルタイトルだと内容がよくわからないというのもある。
 「恋人たちの予感」の原題が「When Harry Met Sally」だと知り、内容を的確に表していると思った。

 1977年、大学卒業時に出会った男女(ハリー&サリー)が紆余曲折の末、89年に結ばれるまでの十年ちょっとの断面をスケッチしていく。主演のメグ・ライアンとビリー・クリスタルが、ヘアスタイルと衣装でだんだんと年齢を重ねていき、それがいかにもリアルなので驚いてしまった。登場してきた時、ほんとに二人は大学生に見えたもの。時代の変遷にともなう人物の風貌の変化って表現するのはけっこうむずかしいと思うのだが、うまくいっている。こういうのってとても大切なことだと思う。
 「ストーリー・オブ・ラブ」でも感じたが、ロブ・ライナー監督はこの手の演出がうまい。

「男女の間に友情は存在するか?」
 この問題については大学時代にサークルの連中とよく議論したもんだ。僕は高校時代から女友達(とういうか、男子高校だったから中学時代からの友人か?)がいて、さまざまな話をしていたし、男女の恋愛の介在しないつきあいは尊重すべきだという考えを持っていたので「存在する」派だった。ところが、彼女たちが結婚したとたん没交渉になってしまって自分の考えもあやしくなった。こちらにそういう気持ちがなくてもダンナがヤキモチやけばそれまでだ。
 後半のプラトニック・ラブに固執する男の心情はとてもよくわかる。僕が彼でもものすごくこだわると思うのだ。この点、女性というのは気持ちの切り替えが早い。

 この映画のユニークなところは物語の要所要所に熟年世代の夫婦へのインタビューを挿入していること。夫婦は互いの出会いをカメラにむかって幸せそうに語るのである。 「ストーリー・オブ・ラブ」でも同様に主役の二人がインタビューに答えていて、「恋人たちの予感」との関連性を強調している。

 80年末に若い男女の恋の経過、90年代末には倦怠期の夫婦の危機と描いたロブ・ライナー監督には、もう1つ10年後に熟年夫婦の愛と性の問題を扱ってもらいたい。
 インタビューされるのは結婚したてのラブラブ中の男女。「恋人たちの予感」と全く逆のパターンになる、というわけである。




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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