2000/04/05

 「発狂する唇」(テアトル新宿)

 メインタイトルのデザインがおどろおどろしく、おまけに赤一色のけばけばしさでスクリーンいっぱいに映し出される。まるでかつての新東宝映画十八番のエログロ怪談映画。音楽もそれっぽくて、開巻早々笑ってしまった。
 女子高校生連続猟奇殺人の容疑で逃亡した兄の行方を捜すヒロイン(三輪ひとみ)が得体の知れない心霊研究所の女霊感師とその助手の協力を得て真犯人を追い求めていく姿を描く映画なのだが、いやはやこれほどぶっとんでいるとは思わなかった。

 映画はミステリホラー風に始まる。女霊感師が殺された首のない女子高生を呼び出すシーンは「リング」ほどではないけれど、それなりの怖さ。
 ところが、あっというまに転調に次ぐ転調、脱線また脱線という感じで、ストーリーはあってないようなもの。

 要は映画についていけるかどうか、笑えるかどうかの問題である。僕は大いに楽しめた。各シークエンスの〈いかにも〉な音楽を聞いているだけでもニヤニヤしてしまう。
 あるシーンは日活ロマンポルノ風、またある時は青春歌謡映画風(何と、突然ヒロインがフォーク調のちょっと暗い唄をうたいだすのだ!)。

 やつれ気味の母、ナイスバディの姉が心霊研究所の助手の餌食になるのは予想していたとおりだったが、男と刑事が〈もしも「絞首刑」がピンク映画だったら〉ってな感じでヒロインを犯す模様は、「皆月」吉本・レナ・多香美に続いて、三輪ひとみお前もか!的複雑な心境。しかし、この手のシーンにエロティシズムが感じられなかったのは残念至極。AV全盛のこの時代にピンクやロマンポルノははるか過去のものになってしまった。

 「キイハンター」「バーディ大作戦」(あるいはミッション:インポシブルか?)っぽいキャラクターの男女も登場(なんとFBIなんだと。阿部寛、怪演)。世界的秘密組織の陰謀がどうしたこうしたと、無国籍スパイ映画の様相を呈し、画面も内容もぐっと明るくなったかと思うと、物語は急展開して「怪奇大作戦」か「ザ・ガードマン 夏の怪談シリーズ」か、というタッチになってまたまた妖しげな雲行きに。

 事件の真相に向けて皆を乗せた車は走る。これって「セブン」?
 舞台は田舎の日本家屋に移って、なにやら一連の金田一映画の雰囲気が漂う。「犬神家の一族」的血しぶきの後、探し求めていた兄貴登場。あっと驚くドンデン返し! 事件解決かと思いきや、クライマックスは大殺戮、カンフー大アクション大会だあ!
 なんて、いちいち解説したってしょうがないか。

 猟奇殺人、オカルト、サイコキネシス、ミュージカル、レイプ、3Pファック、スプラッター、アクション、カンフー、パロディ等々、ヒットを狙える娯楽映画のあらゆる要素を詰め込んだごった煮ムービーとはこのことだろう。
 そういえば昔ビートたけしにこんな映画を予測させるギャクがあったっけ。

 これまた〈何でもありの映画〉で、この手の映画は今後も増えるのだろうか?
 これだけのヒット要素をつめこんだのなら、ラストは思わせぶりでなく、ちゃんと特撮を駆使した大スペクタクル映像で締めくくってほしかった。予算の関係で無理だろうけれど、そのくらいのぶっとび感覚がなければね。
 全体的に映像が安っぽく感じたのは気のせいだろうか。

     ◇

2000/04/12

 「スリー・キングス」(試写会 東京厚生年金会館)  

 チラシの惹句に「最高にノレる新感覚アクション・アドベンチャー。」とある。
 劇場で何度か見た予告編もかなりの興奮度で、ジョージ・クルーニー主演だし、かなり期待して試写会(先週公開されているのに、試写会とはこれいかに?)に足を運んだのだけれど、少々勝手が違った。
 確かに映像は新感覚。ガサガサした画面は砂漠を舞台にした映画にマッチしているし、スローモーションを多様したアクションは昔からよく使う手であるけれども、編集の妙もあって、かなり新鮮に思えた。
 にもかかわらず僕はあまりノレなかった。

 この映画は湾岸戦争を舞台(というか背景)にした「隠し砦の三悪人」だ。
 イラク軍がクウェートから奪った金塊の在処を示す地図を手に入れたアメリカ軍のはぐれ者4人(後に3人)。難なく金塊を奪い返すことには成功するが、イラクの反乱分子たちを助けたことから、停戦中のイラク軍と戦わざるをえなくなる。
 イラク軍に監禁された仲間を救助し、厳重に警備されている国境から反乱分子を連れ出さなければならない。半日で終わる作業が予想外に長引き、やがて、彼らが勝手な行動にでたことを知ったアメリカ軍上層部からの追及も迫ってくる。
 つまり、度肝を抜くアクションは前半だけで、後半は主人公たちがいかにして金塊と反乱分子たちを連れて国境を脱出するか、直面するいくつものピンチをどのように突破していくか、その知恵比べ、かけひきのサスペンスが重要な要素になるのに、そこから生まれるわくわく感、ハラハラドキドキ感が最後まで味わえなかった。

 その要因はいくつか考えられる。
 展開が途中途中で寸断され、画面に集中できなかったのがまず1つ。
 映画自体を覆う何とも言えない雰囲気に対する嫌悪感というのが2つめ。
 冒頭の武器を持っているだけで、アメリカ兵に撃ち殺されてしまうイラク兵のエピソード。子どもの目の前で、イラク兵に頭を撃ち抜かれる反乱分子リーダーの何の罪もない妻、イラク軍に銃撃してあっけなく犠牲になる年端の行かない男の子。何ともやりきれないものを感じてしまう。

 これが戦争の真実なのかもしれないが、そのものずばりをリアルに描写されてしまうとそれだけでこちらの気持ちが萎えてしまうのだ。
 湾岸戦争に対する批判、皮肉なんて必要ない。ただただ主人公とイラク兵とで繰り広げられる〈お宝〉の奪いあいで、後半、息つく暇もないようなノンストップアクションムービーになっていたら思う。
 まあ、除隊した後の3人を紹介するエピローグがさわやかで、とりあえず後味はよくなってはいるけれど。

 ジョージ・クルーニーと女性記者とのファックシーンで、外部からの侵入者で思わず立ち上がった女性記者がしっかり下着をつけていた。パンツはいた状態でどうやってあんな激しいセックスをするのだろうか?
 台詞の中にトヨタ車、日産車という言葉が何回もでてくるのだが、英語でなんて言っているのか、最後まで聞き取れなかった。
 イラク軍に監禁されたトロイが部屋にあった携帯電話で自宅に連絡するシークエンスがある。当時、弁当箱みたいな大きさの携帯電話はあったけれど、それで海外まで通話できたかどうか?

     ◇

2000/04/19

 「続・男はつらいよ」(ビデオ)

 小林信彦「おかしい男 渥美清」には「男はつらいよ」シリーズのギャグが詳細に記されている。 「男はつらいよ」の、特に初期の作品(おいちゃん役が森川信の頃)についてはこれまでビデオで何度となく観ているので、今さらという気がしないでもない。
 「おかしい男 渥美清」で「続・男をつらいよ」で渥美清はそれまでみせたことがなったサイトギャグを披露しているとそのシーンを具体的に描写する文章があって声をたてて笑ってしまったのだ。そうなるとやはり映画を確認したくなるのが人情ではないか。

 ミヤコ蝶々が寅の生き別れた母親としてゲスト出演している。また東野英次郎が寅次郎の恩師役で、佐藤オリエがその娘(今回のマドンナ)役で出演。この二人はテレビドラマでも同じ役だったとのこと。
 まだシリーズ化など考えられなかったこの時期、二人の出演はTVドラマ視聴者へのサービスだったのだろうか。

 恩師宅の宴で寅が腹痛をおこし、病院にかつぎこまれるのだが、ここの主治医を演じるのが山崎努。元気になった寅が恋敵になる主治医に対して吐く有名な台詞「てめぇ、さぞかしインテリだな」は「おかしな男 渥美清」で渥美自身がインテリコンプレックスだったことを知った後だからとても重くこちらに響いてくる。

 病院を抜け出し、舎弟の登(津坂匡章、後の秋野大作)と居酒屋でドンチャン騒ぎ、結果的に無銭飲食となって店主といざこざをおこして警察のご用となってしまう。後期のシリーズでは考えられないような寅次郎のキャラクターである。

 初期の作品は寅次郎が本当にワルでイキがいいという魅力はもちろんなのだが、もうひとつ森川信やミヤコ蝶々等々、日本を代表する喜劇人と渥美清との芸のうえで丁々発止が見られるというのがうれしい。
 寅次郎と久しぶりに再会した蝶々が、やさしさを見せたと思うや、息子に毒づき喧嘩別れしてしまうシーンなんて芸人としての貫禄十分。

 ラスト、マドンナが新婚旅行に訪れた京都で偶然にも寅と母親が和解して仲良くしているところを目撃する。寅次郎が母親に甘えるラストシーンが何とも言えず幸せな気分にさせてくれるのだ。

     ◇

2000/04/21

 「天使に見捨てられた夜」(ビデオ)

 桐野夏生の江戸川乱歩賞受賞作「顔に降りかかる雨」に続く女探偵・村野ミオシリーズ第2弾の映画化作品。

 小説が発表された時、何よりその題材に注目した。
 アダルトビデオ「ウルトラレイプ」に主演したAV女優が失踪。このビデオ自体、本当に女優をレイプしたしろものではないかと、ビデオメーカーと監督に執拗に抗議するフェミニストの友人から女優探しを依頼されたミオが殺人事件に巻き込まれ、真相を究明する物語なのだが、これは実際に当時世間を騒がしていた出来事をモデルにしているのである。

 V&Rプランニングの「女犯」シリーズがそれで、監督(実際のクレジットは構成)はバクシーシ山下。写真週刊誌でその存在を知り、一時期見まくったことがある。ビデオ自体はやらせなのだが、演出がうまいので、世間のフェミニストたちが噛み付いた。バクシーシ山下は何度か彼女たちの主催する会に参加し、いろいろとつるし上げられたらしい(と、山下自身が何かに書いている)。

 V&Rプランニングはその手の過激ビデオで有名な会社(バイオレンス&レイププランニングじゃないかと仲間内で揶揄していた)だったが、その後タイトルに「女犯」を使用することを禁止され、しまいにはビデ倫を除名されてしまった。
 女流ミステリ作家がさっそくこの出来事に取材したのが興味深かったのだ。

 この村野ミロシリーズ(といってもまだ2作だが、番外編でミロの父親が活躍する「水の眠り 灰の夢」もある)は映像化するには最適だと思う。
 新宿2丁目に事務所をかまえる女探偵、友人にホモバーのマスターがいて、その設定だけでもわくわくする。
 「天使に見捨てられた夜」が映画化されると聞いて、かなり期待したのであるが、ミロ役がかたせ梨乃だと知って劇場に足を運ぶ気が失せた。かたせ梨乃がどうのというわけではなく、これはまったくもってミスキャスト。
 で、ビデオになってからの鑑賞になった次第。

 ロック歌手のパンタがステージに登場し、しぶく歌う姿にはほれぼれするが、その歌にあわせて展開する人物紹介のプロローグがもたついていてどうも映画の世界に入っていけない。ここは新宿の街を魅力的に描き、その中でヒロイン・ミロの人なり、生活ぶりを浮き出させなければいけないのに。
 その思いがラストまで続くのがつらい。
 原作では調査に赴いたビデオ会社の社長に迫られて、ミロが身体をゆるしてしまうという考えられないくだりがある。探偵家業を生業にしている者、その前に女として、ほとんど信じられない行動をとるミロに失望してしまったのであるが、映画ではわりとすんなり受け入れられる展開となっている。
 ホモマスター役で大杉漣が相変わらずいい味だしている。

     ◇

2000/04/22

 「ジョビジョバ大ピンチ」(ビデオ)

 「スペース・トラベラーズ」の原作となった、現在人気急上昇中のコント集団(?)ジョビジョバの舞台劇のビデオがレンタルされていたのでさっそく観る。
 ジョビジョバの存在は最近NHKの番組にゲスト出演しているのを見て知った。
 映画「スペース・トラベラーズ」を観た際、ラストのエピソードに不満を持った僕は原作の舞台劇がどんなものであるか確認したかった。

 本来舞台というのは生のステージを観なければ本当のおもしろさは得られないと思っている。TV中継だとかビデオ化作品で判断するのは間違いだろう。

 高校時代、授業の一環である劇団の芝居を観たときのこと。
 特に有名な役者が出演するわけでもない地方巡業を主体にした劇団で、上演作も樋口一葉の「十三夜」だが「大つごもり」のとりたてて興味深いものでもなかった。授業のかわりというだけの、ただそのうれしさだけの芝居鑑賞だったが、驚いたことに上演中かなり芝居の世界にはまってしまったのだ。
 役者たちの芝居はもちろん、芝居にかかわるその他もろもろのこと。たとえば舞台装置、大道具・小道具のたぐい、照明。こういうって生の舞台でなければわからない。
 しかし、芝居(これはコンサートでもいえることだが)を観るというのはなかなか手間がかかる。 まず前もってチケットを予約しなければならない。まあ、なかには当日券もあるのだろうが、人気の高いものは予約にしろ当日券にしろ、あっという間に完売になってしまうだろうし、上演期間にも限りがある。けっして舞台が嫌いなわけではないけれど、そういう理由で足が遠のいてしまうのだ。その点、映画は自分の都合で好きな時間に合わせ気軽に観られる。
 というわけで、あくまでもビデオ鑑賞ということを前提に感想を書く。

 舞台はいたってシンプルだ。メンバー6人が銀行員2名、お客2名、銀行強盗2名に扮する。女性銀行員、テロリスト、離婚寸前の夫婦というのは映画のオリジナル。舞台でも<スペーストラベラーズ>の名称はでてくるが、あくまでも流れの中で宇宙旅行が話題になるからであり、アニメとの関係はない。ビデオで観る限りでははっきり言ってそれほど笑いははじけなかった。映画の前半がかなり笑えたので、舞台はもっととんでもない展開があるのではないかと期待していたのだが……。
 肝心のラストは、銀行強盗のふたりが警察隊に突入、2発の銃撃音が聞こえ射殺を暗示させるところで幕となる。
 映画のベタベタのエピローグはやはりオリジナルであった。

     ◇

2000/04/23

 「東京オリンピック」(中野武蔵野ホール)

 中野武蔵野ホールで「新選組」がアンコールロードショーされている。同時上映が市川監督の旧作が日替わりだと知り、市川監督ファンとしては見逃せないプログラムなのだが、いかんせん、旧作の上映時間が勤務時間内というのがつらい。
 ちょうど日曜日の上映作品が「東京オリンピック」。これは前々から観たかったので、喜び勇んで出かけたのであった。

 最近、新しい劇場がいろいろできていて、中野武蔵野ホールもその一つだろう。ここは建物の中にロビーというものがない。ドアを開けるとすぐ座席という作りで、入場券を買うと次の回まで外で待っていなければいけない。もちろん売店なんていうものもない。自動販売機が1台あるだけ。中はこじんまりとしていて、小品を観るになかなかいい環境ではあるけれど、どしゃ降りの雨の日の待機や空腹時の対処が大変だろうな。

 映画「東京オリンピック」は小学生になるかならないかの頃、祖父と叔母に連れられて隣町の映画館で一度観たような憶えがあるがはっきりしない。TVでも放映された気もするが、じっくり腰をすえて観たことがなかった。
 市川映画の研究本「市川崑の映画たち」で知ったことだが、もともとこの記録映画は黒澤監督に依頼されたものだという。途中でゴタゴタがあって、いわば市川監督はピンチヒッターで起用されたのだ。それが市川監督の名を世界的にしたというのだから運命というのはよくわからない。

 「東京オリンピック」といえば当時「記録か芸術か」で物議をかもしたことが有名である。たびかさなる論議の上、記録用の別バーションを作ることで決着がついたという。全くばからしい。
 僕自身、この映画では誰が勝って誰が負けたかということより、スポーツに打ち込む人間の肉体そのもの、その動き、しぐさの一つひとつに注目してしまった。
 その傾向はそれほどメジャーでない種目(砲丸投げ、槍投げ、重量挙げ等)に強い。たとえば選手が砲丸を投げるまでの、各人それぞれの精神を集中させる方法。砲丸を何度もいつくしむようになで、シャツに手をやる。まるでロボットのように同じ動作を繰り返すしぐさを見ているだけでも飽きないものだ。
 重量挙げの三宅選手がウエイトを持ち上げるまでのしぐさなんてまるで職人が陶芸品を仕上げるような雰囲気がある。
 そういったシーンにある種のエロティシズム(という表現が適切かどうかわからないが)を感じてスクリーンに見入ってしまうのだ。
 もちろん、東洋の魔女たちとソ連の女子バレーの模様は結果がわかっているにもかかわらず、けっこうハラハラするし、ラストを飾るマラソンの2位の円谷と3位の外国選手のデットヒートは手に汗にぎる。

 開催から36年もたつと1964年の東京の風景、風俗がどんなものであったか、という興味もわいてくる。代々木競技場はそこだけ輝く未来からタイムスリップしたような超近代的な建物であるし、マラソン選手がかけぬける甲州街道(新宿駅南口)はまるで田舎の道といった感じ。
 選手たちを応援する野次馬の中に5歳くらいの少年を見つけると、まるで当時の自分をみる思いで懐かしさがこみあげてくる。

 総監督市川崑といっても各競技を撮影するのは何十人ものキャメラマンである。市川監督が腕をふるえるのは編集においてだろう。だから劇映画みたいな全編において崑タッチと呼ばれる映像に触れられるわけではない。とはいえ、その真髄はいくつも確認できた。
 「犬神家の一族」に雨の中金田一探偵が警察と一緒に、瓦屋根に登るところを俯瞰で撮ったショットある。淀川長治が「これぞ映画!」と絶賛した俯瞰ショットも聖火ランナーが走るシーンで観ることができ感激した。
 思えば、その昔、オリンピックが終了した後は必ず記録映画が公開されたものだ。クロード・ルルーシュの「白い恋人たち」、篠田正浩の「札幌オリンピック」、市川監督も参加した「時を止まれ君は美しい」。
 その後、映画公開の話はまったくというほど聞いたことがない。TV中継があまりに一般的になった今ではほとんど意味がないものになってしまったのだろうか。

 追記
 万全な体調で鑑賞した「新選組」。前回、後半でかなり意識がなかったのがよくわかった。傑作。

     ◇

2000/04/27

 「野良犬」(ビデオ)

 「おかしな男 渥美清」の中で、渥美清と小林信彦の会話にでてくる映画である。スリ担当刑事に扮した河村黎吉を渥美清がほめるのであるが、肝心のそのシーン、河村黎吉がどんな役者なのかもわからない。
 実をいうと「野良犬」は一度ビデオで観ている。にもかかわらずそのシーンのことは記憶にない。まったくお恥ずかしい限り。

 「野良犬」は小林信彦をして黒澤映画のベストと言わしめた映画である。数年前、かなり期待してビデオを借りてきたものの、僕はそれほど興奮しなかったし、傑作だとも思わなかった。
 終戦直後の東京の街並み、プロ野球(川上哲治が現役なのだ!あたりまえだけど)の観戦シーンにドキュメンタリーとしてのすごさを感じたけれど。

 しかし、数年おいて観る今回、冒頭からかなりインパクトがあった。ハンチングをかぶり、白い麻のスーツできめた三船敏郎がとにかくかっこいい。黒澤映画はパターンの確立ということでも有名だが、この三船の服装はその後の刑事、探偵モノに多大な影響を及ぼしているのではないか。昔の探偵マンガの主人公ってみなこの格好していたもの。暑い夏の最中、手ぬぐいで首まわりをふきながら、調査する刑事の姿というのもこの映画がお手本なのだろうか。
 拳銃密売の手先を演じ、三船敏郎につかまってしまう千石則子が実に魅力的。ひし美ゆり子と倍賞千恵子を足して2で割ったようなかわいらしさ。後年のおばあちゃん役しかしらない僕にとってこれは新発見だった。

 犯人・遊佐の恋人役は淡路恵子。今の淡路恵子と全く結びつかない。まるで別人のような容貌なのである。
 ビルの屋上で志村喬のベテラン刑事が思いつめた三船刑事を諭すシーンがある。ふたりのバックには夕焼けの空がひろがる。雲の動きの雄大さといいモノクロにもかかわらず、あざやかな色を感じさせる陰影で、とてもすがすがしい。
 絶望の末に三船刑事の前で一張羅のドレスを着て踊りまくる遊佐の恋人。安宿で犯人を追いつめる志村刑事、緊張感が土砂降りの雨とともに爆発するクライマックスが迫力満点。人間の感情と自然現象の見事な対比が素晴らしい。




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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