昨日のお昼、休憩時間を使って、飯島敏宏監督の「バルタン星人を知っていますか?」出版記念パーティーに出席する。
 円谷プロ、ウルトラシリーズ関係者が大勢いらしゃっていて、もうドキドキものだった!
 
 飯島監督にテレビドラマを語っていただくトークイベントは、10月に開催予定です。

          * * *

2000/05/08

 「現実の続き夢の終わり」(シネ・リーブル池袋)

 奥山和由のチームオクヤマによる日活製作作品。
 日本資本による台湾映画ともいうべき映画で、水野美紀、柏原崇以外はほとんど台湾人のスタッフ・キャストによるハードヴォイルド異色作である。(ベストテン選出の時、邦画、洋画、どちらに区分けされるのだろうか?)

 別に台湾映画にも、やくざ映画にも興味があるわけではないが、この映画だけはスクリーンで鑑賞したかった。
 「千里眼」が水野美紀主演で映画化されると聞いて彼女のアクションがどの程度のものかこの目で確認したかったのだ。
 映画化を前提として書かれた小説「千里眼」を読んだ時からヒロインは知性を感じさせ、なおかつアクションができる女優でなければと思っていた。水野美紀のキャスティングは悪くはないが、果たしてアクションができるのかどうか、付け焼き刃程度あるいはやられ役の受けの演技におまかせというのでは「千里眼」が凡作になるのは目に見えている。
 そこに水野美紀が単身台湾に乗り込んでアクション、ガンプレイに挑戦した映画がGWに公開されるというニュース。何と彼女はアクションが得意と言うではないか。

 映画は台湾やくざに恋人を殺された水野美紀扮するヒロインが復讐を果たすというような紹介をされていたが、実際は台湾やくざの組と組との争い、内部抗争が主軸になっており、そこに水野美紀がからんでくる展開。
 本当の主役はそんな抗争に巻き込まれて(水野の存在も大いに関係してくる)命を失う組の若者とその恋人なのかもしれない。
 印象としてはメリハリをきかせた正攻法の演出ではなく、逆にストーリーも映像もツボをちょっとはずすことを狙った映画といえようか。(台湾映画のスタイルがこういうものなのかもしれない。)  完全に映画の世界にはまって、手に汗にぎる展開にくぎづけになるわけではない。かといってつまらないというものでもない。登場人物と観客との間にある種距離感をわざとつくっているような感じがする。

 特筆すべきなのは映画の中の銃の存在だ。その取扱いには重厚さを、発砲音、弾着にはリアルさを感じさせ、凶器としての銃の怖さが十分に表現されていた。
 自然体の柏原崇、ラストに流れるイエローモンキーの主題歌がいい。
 台湾側の役者では敵役のちょっと小室哲哉似の人と、すぐ暴力をふるいたがる昔ながらのやくざを演じた短髪男が印象深い。

 で、肝心の水野美紀のアクションなのだが、肉体を使ったアクション場面がなかったのでよくわからなかった。走るスタイルを見る限りでは及第点かな。

     ◇

2000/05/14

 「民族の祭典」(ビデオ)

 市川崑監督の「東京オリンピック」を観たからにはその手本となったレニ・リーフェンシュタール女史の「民族の祭典」「美の祭典」もチェックしなければならないだろう。
 運良く川口中央図書館に「民族の祭典」のビデオがあったのでさっそく借りてきた。

 いわずと知れた1936年に開催された「ベルリンオリンピック」のドキュメンタリーである。
 オープニングに驚愕した。
 古代オリンピアの勇姿の彫刻がホンモノの人間にかわり、肉体美を競うのだ。全裸の男性、そして乳房全開の女性たち。今なら別に大したことはないけれど、30年代という時代を考えれば物議を醸すのは当然のことだろう。

 「民族の祭典」は陸上競技だけを取り扱っていて、これがなかなか興味深い。カメラワークは望遠を多用した「東京オリンピック」に及ばないが、その精神性はしっかり感じられる。

 日本人選手の活躍は、手塚治虫「アドルフに告ぐ」のオープニングで知っていた。水泳の前畑、長距離走の村杜、棒高跳びの西田……。彼らの勇士が実写が見られるなんて感激である。
 棒高跳びの熱戦は夜遅くまで及ぶのだが、「市川崑の映画たち」によれば、映画のこのハイライトシーンは技術的な問題で実際には撮影できず、後日選手たちに集まってもらって再撮したという。まあ、それはいい。全く違和感は感じない。日本勢が勝つか負けるか手に汗にぎった。

 が、ラストを飾るマラソンでキャメラがトップランナーの目線で自分の足元を映すカットはなんなのだろうか。これはあからさまなヤラセではないか。はっきりとやらせとわかるし、このカットが映画全体の中でどうしても必要な、重要な意味をもつ画にはどうしても思えない。
 というわけで、最後の最後で興奮して最高潮に達していた気持ちが一気に萎え、しらけてしまった。

     ◇

2000/05/19

 「股旅」(ビデオ)

 むしょうに「股旅」が観たくてたまらなかったところ、会員証更新で久しぶりに訪れたレンタル店で発見。

 市川崑監督はこの映画をATGで映画化したく、その資金稼ぎでTV「木枯し紋次郎」の監督、監修を引き受けたという。
 「木枯し紋次郎」はニヒルな主人公とラストのドンデン返し、今から思うとミステリ的要素が魅力だったが、もう一つ、当時の渡世人の生活をリアルに描いていたことが特筆できる。
 主人公の紋次郎は破れた三度笠をかぶり、貧しい農家出身から無宿渡世の道に入ったのだから当然剣術を習ったこともなく、その殺陣もむちゃくちゃという、これまでの時代劇でお馴染みだったいなせな渡世人のイメージを破る斬新なキャラクターであった。とはいえ、その強さといい、非情さを装いながら、事件に巻き込まれて結局は人助けする展開(おおかた悲劇で幕となるが)といい、ヒーロー以外の何者でもない。
 「木枯し紋次郎」の世界をよりリアルに、主人公をアンチヒーローとして描いたのが「股旅」といえようか。

 冒頭で主人公である若い3人の渡世人たち(小倉一郎、尾藤イサオ、萩原健一)のきる仁義が事細かく描写される。まるで"ハウツーJINGI"といった塩梅で、仁義を切る方、切られる方の文言、作法がこれほどきっちり描かれたのはこの映画が初めてなのではないか。
 仁義の締めのところで一宿一飯の礼にと渡世人が懐から粗品用の手ぬぐいをだし、侠客側はそれをあたかも受け取ったかのように挨拶してまた返すという行為がいかにも日本的で笑ってしまう。
 この若者3人の情けなさがたまらない。紋次郎以上のボロボロの三度笠、つぎはぎだらけの合羽を身にまとった姿はほとんど乞食同然。ちんけなちんぴら風情で、口だけは達者だが、度胸の方はからきしない。だから出入りの助っ人はてんで役にたたない。ただ刀を勢いよくふりまわすだけで、当たればもうけ、当らなければ、逃げるだけのへっぴり腰。
 そんな彼らを受け入れる侠客もケチでくずな貧乏やくざたち。その他登場してくる者は皆貧乏を絵に描いた人物ばかりだ。

 この映画は当時の底辺に生きる人たちの生活ぶりを徹底的に描き出していて、そこが斬新かつ新鮮だった。
 渡世の義理だとバカな見栄はって親を殺し、農民たちの簡易賭博場を襲っては金を盗み、人の嫁を奪って一緒に旅に出て、足手まといになれば飯盛り女を囲う宿に売払う。
 惨めで無様な彼らの生き方が、逆に魅力的に思えてしまうのは製作された1973年という時代のせいだろうか。 (ショーケン扮する黙太郎なんて翌74年放映「傷だらけの天使」の小暮修に通じるものを感じる。)

 主役の3人はもちろんいいのだが、源太(小倉一郎)と再会する、かつて家族を捨てて家出した親父(大宮敏充)が出色。アル中気味の身振り手振り、口跡は江戸前の芸人の面目躍如といった体。何回観ても惚れ惚れしてしまう。今ならいかりや長介が得意とする役柄だろうか。
 ほとんどオールロケーションの、雄大な山々をバックに、ぽつんと人物を配置した構図が素晴らしい。思わず「誰かが風の中で」を口ずさんでしまいそうだ。
 またどしゃ降りの雨の中を歩く三度笠、合羽姿の3人(と女一人)のシルエットが詩情をそそる。
 太鼓の音を基本にした素朴な音楽も印象的だ(クレジットには久里子亭とある。ということは市川監督自身のことなのだが)

 同行する女にふざけたはずみに転んで足を切り、破傷風であっけなく死んだ信太(尾藤イサオ)。 些細なことで黙太郎と内輪喧嘩になって刀をふりまわしたあげく、あやまって谷底に落ちて死んでしまった源太。
 ラスト何も知らない黙太郎が源太を探して「おーい」と淋しそうに呼ぶ声。暗転してもなお呼ぶ声が胸に突き刺さる。
 僕にとって日本の青春映画ベスト3に入る傑作である。

     ◇

2000/05/21

 「どら平太」(日劇東宝)

 昭和40年代半ば、低迷する日本映画に活を入れようと黒澤明、木下恵介、市川崑、小林正樹の日本映画を代表する4人の監督が結成した「四騎の会」。その旗揚げに製作しようとして4人がシナリオを合作したのが「どら平太」だという。
(実は「四騎の会」を長い間「しきの会」と読むのだとばかり思っていた。「四季」と四人をかけていると勝手に考えていたのだ。「よんきの会」と読むのですね。)

 結局「どら平太」は映画化されず、「四騎の会」では黒澤監督が「どですかでん」を監督するだけに終わってしまった。
 その幻の作品を市川監督が映画化すると聞いて胸踊った。80歳を過ぎてなお映像に瑞々しさを失っていないところがうれしい。

 「どら平太」は痛快娯楽時代劇という謳い文句どおり、正統派のチャンバラ映画(といっても人殺しのシーンは一切ない)で、ストーリーは単純明快。わかりすぎるくらいの内容だ。
 とある藩の一角に「壕外」という売春、賭博なんでもありの治外法権をこしらえ暴利をむさぼるやくざ衆とそこから甘い汁を吸ってのうのうと藩政を行っている藩の要職者たちを征伐するため江戸から派遣されてきた町奉行・望月小平太、通称どら平太の活躍を描く。彼が奇策をもって徐々に悪者を追いつめていく様が痛快だ。

 映画は山本周五郎の「町奉行日記」を原作にしているように、とある小藩の町奉行所の二人の日記番の会話から始まる。銀残しというお馴染みの手法で独特な暖かさを感じさせる映像だ。
 そして、久々に見る「金田一」シリーズでお馴染みの極太明朝体を大胆に構成した斬新なデザインのクレジットタイトル。
 家老たちが集まる会議の席には市川組といわれる役者たちの顔が並ぶ。
 小林昭二が存命ならば、きっとこの顔ぶれの中に見ることができたのだろうと思うとちょっとセンチメンタルになる。
 ラスト近くにちらっと出てくる馬子も姿形といいかつて三木のり平が得意とすると役柄だ。
 岸田今日子の女賭博師はいくら常連とはいえ、あまりにとおが経ち過ぎている。ここはもう少し若い女優をキャスティングすべきではなかったか。(岸田今日子にはもっと違う役はなかったのかと思ったが、考えてみるとこの映画、あまり女性が登場しないのだ)
 とまあ、かつて金田一シリーズに夢中になっていたファンとしては、あれこれ思うことはあるけれど、キャスティングは演出の70%と市川監督が常々言っているとおり、配役はほぼ完璧。
 役所広司のどら平太を伸び伸びと演じており、すがすがしい。

 市川監督の映画は傑作、駄作の振幅が激しいとよく言われる。僕に言わせれば、内容はともかく、その映像を見ているだけでも楽しめるのだけれど。カット割、構図、カッティング、こと映像に関しては全く無駄がないし、違和感というものを感じない。
 壕外の俯瞰ショットに目を見張った。よく作り込まれたセットとその向うに見える街並み、海の合成が素晴らしい。
 いつもながらのことだが室内のセットも惚れ惚れする。黒光りする板張りと窓から差し込む太陽光がまぶしい。市川映画の醍醐味だ。
 どら平太と友人(片岡鶴太郎)が密会する最初のシーンに二人の台詞が同時進行してかぶさるところがある。こういうのは他の映画では見られない。市川ファンにはこたえられない演出だ。
 ユーモアの感度も申し分なく、2/3あたりまでは、多いに笑わせられ楽しめた。が、話題の50人斬り(峰打ち)以降には不満がある。

 どら平太には城勤めの二人の友人(片岡と宇崎竜童)がいる。このうちのどちらかがやくざと藩をつなぐ裏切り者なのだが、その謎解きの興味がラストの平太の真相解明まで引っ張れない。途中でバレバレになってしまうのだ。あまりのバレなので、これは何かある、そう思わせておいて、あっと驚かせるどんでん返しがあるのじゃないかと期待していたら何もない。そのまんま。
 噂の50人斬りもあまり興奮しなかった。「四十七人の刺客」の討入りでも感じたのだが、市川監督はこういう殺陣の演出は苦手のようだ(「木枯し紋次郎」や「股旅」の無勝手流のチャンバラは迫力あったのに…)。

 何より残念だったのはラスト。いつも印象的なショットで映画を締めくくってくれるはずが今回は平凡。ファーストシーンを受ける形としては当然のラストともいえるが、それにしてももう少しひねりがあってもよかった。
 お楽しみのエンディングクレジットも音楽にインパクトがなかった気がする。
 予告編、予告CFのBGMに洋楽「Stand By Me」が使用されているが、本編にも斬新な主題歌を持ってきた方がグラフィカルなクレジットがもっと生きたのではないだろうか。

 その昔、山口百恵主演で時代劇「牢獄の花嫁」を映画化する話があった。どういう話か忘れたがたぶんにミステリの要素があったと記憶している。当時すごく期待していたので時代劇ブームの兆しのある今、この作品をとりあげてもらえないものだろうか。




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kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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