午前中、医者に行ってきた。すごい混雑で1時間以上待たされる。おかげで読書できたわけだが。
 一昨日、朝風呂に入ったあと、熱っぽくなり、身体中が痛くなり(特に背中から腰にかけて)、日ごろの疲れから風邪をひいたのでは、それがインフルエンザだとやばいと思ったので診察に来た、と言うと、「熱は平熱(最初に熱を測っている)だからインフルエンザではないですね」。
 結局、下痢を止めるための整腸剤をもらって帰宅した次第。
 昨日よりは具合は良くなったが、まだ少しフラフラしている。
 午後は部屋でゆっくり寝ていよう。

          * * *

 NHKで興味深い番組を観ました。
 「そして子どもたちは42才になった」というドキュメンタリーです。
 イギリスで無作為に選ばれた7歳の少年少女たちをその後7年ごとに追いかけ、インタビューをします。彼らの、実に35年にわたる人生の変遷が垣間見られます。

 子ども時代の夢を実現しながら挫折するものの、家族とともに幸せにくらす人、エリートコースを歩む人、離婚した二人の友人とは別に、仕事も家族も手に入れて充実した毎日を送る女性等々、彼らの容姿の変わりようとともに人生とは何かを考えさせられました。

 実は7年前にもこの番組を観たんです。
 印象的だったのでは、そのとき、最後に登場した男性でした。若いときは何かと活動的だった彼が35歳になると職も、住む家もない悲惨な状況になったんです。
「7年後どうなっていると思いますか?」という問いに「ロンドンでホームレスになっているかもしれない」と答えてところで終わっていました。

 7年後、彼は、何と市議会議員になっていました! 
 服装はもちろん顔の表情が全く違いました。

 いろいろとからくりはあるのかもしれませんが、とにかく35歳からも人生は変えられるのか、と驚くとともに、その可能性というものを考えさせられました。

 私自身、若いころは希望に満ちていました。
 学生時代から映像の世界に進みたかった私は1年の就職浪人後、CF制作会社に入りました。
 その後、テレビ番組制作会社、視覚効果会社、出版会社(ビデオ販売)等々さまざまな映像に関わる仕事を点々とし、出版会社からセガで新しく設立された映像事業部に出向しました。期限がきて他の出向メンバーは出向元に帰りましたが、僕一人セガに転籍しました。
 転籍したとたん、子会社の語学会社に出向となりました。2年後戻ってきたら、受け入れてくれる部署がなく、後にリストラ部門〈新規事業開発室〉のプロトタイプ部屋の第1号となりました。あとから入って来た人は皆退職しましたが、何とか私は踏ん張り(妻子ありますから)、某部署に入り、現在総務部で働いています。

 7年後、私は何をしているのでしょうか? 




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プロフィール

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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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