2000/11/07

 「カオス」(テアトル新宿)

 原作は歌野晶午の「さらわれたい女」。二転三転する物語に眼が釘づけになってしまったのだから、原作を知らなくて本当によかったという思いである。

 美貌の社長夫人(中谷美紀)が夫へのあてつけに狂言誘拐を便利屋(萩原聖人)に依頼、決行する。便利屋は夫人を部屋に監禁し、指示があるまで絶対に外に出るなと念をおして外出、綿密な計画のもとに夫へ誘拐金目当ての電話をかける。警察も動きだすが簡単に身元が割れるはずがない。自身満々で部屋にもどった彼を待っていたのは社長夫人の死体だった。動転しながらも死体を山中に埋めた彼はある日街で社長夫人を見かけるのだった……。

 冒頭夫と一緒に昼食をとる黒いドレス姿の中谷美紀に魅了された。デビュー当時の髪の長い清潔感あふれる容姿にこの数年めっきり力をつけた演技力で便利屋を翻弄する人妻役を好演。監禁された中谷が萩原に縄で縛られるシーンには思わず鼻の下が伸びちまいましたよ。
 対する萩原聖人も悪くない。悪くないけれど、どうも僕には今いちピンとこないところがある。個人的な印象かもしれないけれど、彼に大人の男性を感じることができないのだ。妻子と別居し、便利屋は世の中の酸いも甘いも知った少しばかり社会からずれた男という役柄なのだが、萩原だと社会を知らない学生くずれに見えてしまう。息子とのツーショット、別居している妻との会話、それ以上に人妻の妖しさに取り込まれてしまう男にはどうしても見えない容貌、とでもいえばいいだろうか。外見の幼さが足を引っ張ってしまう。

 妻を誘拐される夫に光石研、誘拐事件を追う刑事に國村隼。ともに巧い。
 光石研なんてその昔「博多っ子純情」でデビューしたときはオーディションで選ばれたズブの素人だったことを思うと、隔世の感がある。今では性格俳優だもの。
 このふたりに大杉漣、岸辺一徳を加えると、癖のある映画〈脇役常連カルテット〉とでもいいたくなる。大杉漣は最近出世して主役はるようになったから〈トリオ〉と呼ぶべきか。好きな俳優が活躍するのはうれしいけれど、毎回だと食傷気味だ。それだけ日本映画界をしょってたつ役者の層が薄いというわけか。  

 この映画で一番期待したのは「女優霊」「リング」で圧倒的な恐怖を体験させてくれた中田秀夫監督がジャンルの違う映画でどのような手腕を見せてくれるかということだった。
 本作の前に手塚治虫原作を映画化した「ガラスの脳」が公開されたが、主演がジャニーズ事務所の新人と知って劇場まで足を運ぶ気にはなれなかった。
 そこに「カオス」公開のニュース。主演が中谷美紀とあっては期待しないわけがない。
 ホラー映画における中田秀夫監督の演出はオーソドックスで、あまり奇をてらわない。対象をごくごく平凡な構図で狙い、それが逆に恐怖シーンを際立たせる。その姿勢はこのミステリアスムービーでも変わらない。もう少しスタイリッシュにと思わないでもないけれど。が、相変わらず恐いシーンは特筆もんである。

     ◇

2001/06/07

 「さらわれたい女」(歌野晶午/カドカワノベルス)  

 昨年秋に単館ロードショーされた中田秀夫監督作品「カオス」の原作。
 
 便利屋が美貌の人妻から夫へのあてつけの狂言誘拐を依頼され、緻密な計画を練る。警察の追及をかわす作戦が功を奏して喜び勇んで人妻を監禁している部屋に戻ると、そこには首を締められ殺された人妻の死体が横たわっていた。恐怖におののき逃げ出そうとする便利屋に殺人犯から人妻と便利屋を結びつけるメモをネタに遺体を処理せよとの脅迫電話がかかってくる。便利屋は何とか死体を人里はなれた山中に始末して事なきを得るが、すぐに警察に発見され、落ち着かない毎日が続く。そんある日、街中で死んだはずの人妻を見つけ、独自に調査してみると狂言誘拐には巧妙な罠が仕組まれていたことを知るのだった……。
 
 事件に巻き込まれる便利屋〈俺〉の一人称と妻を誘拐される若手経営者側の三人称で物語は語られている。  
 ちょっとびっくりというかがっかりというか、映画は小説を何の工夫もなくそのまま映画化したところ(ラストが若干変更されている)だ。原作を読んだ人はキャスティング以外映画に違和感はないだろうし、映画を観てから原作をあたった人は新たな発見はない。個人的には、原作では人妻と便利屋の騙し合いに手が込んでいたり、便利屋の人間なり、生活なりがより深く描かれているのではないかと期待していたのだが。

 僕はいわゆる〈新本格派〉と呼ばれるミステリ群が苦手である。その手のミステリを数多く読んだこともないので、断定することはできないけれど、それでも一時期ミステリ好きの友人の薦めで〈新本格派〉の大御所的存在である島田荘司の作品をまとめて読んだことがある。おもしろくはあるが、トリックのためだけに作られた物語に夢中になることができなかった。  
 たとえば小説のなかで伏線としてとりこまれた日記、手紙の類があったとする。それらの内容が読者のために書かれたのが歴然としていて、ちっともリアリティが感じられない。このリアリティのなさがネックだった。主人公に感情移入できない僕はどこか醒めていてトリックだけで成り立つ物語に満足したためしがなかった。(じゃあ、おまえが書いている小説・のようなものはいったい何なんだ、あんな日記があるものかと言われれば反論できないのですが……)
 
 そんなわけでたまに友人に薦められることはあっても〈新本格派〉を標榜する若手作家たちの作品を読んだことがない。  
 「さらわれたい女」も伝言ダイヤルを活用して警察の逆探知をうまくかわす誘拐の手口、主人公に仕掛けられた罠、どんでん返しが斬新といえるかもしれないけれど、ただそれだけのおもしろさであって、ほかに何の充実感、満足感はない。小説を先に読んでいれば、また違った印象を受けたかもしれないけれど。




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Author:kei
新井啓介
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まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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