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1999/05/17

 「兄弟」(なかにし礼/文藝春秋)

 なかにし礼兄弟の、他人にはとうてい考えられないような、というか、ほとんど異常とも思える愛憎劇とでもいうべきこの私小説を読む気になったのは、この前放送された〈テレビ朝日創立30周年記念〉の同名ドラマを観たからだ。
 ドラマは冗談交じりにこれも一種のホラーじゃないかと思ったほど、ビートたけし演じる〈なかにし礼の兄〉は鬼気迫るものがあった。

 終戦後、運良く戦場から帰ってきた中西家の長男は、亡き父に代わって一家の面倒をみる。実際は自宅を担保に多額な借金をしてニシン漁に手を出し大漁になるにもかかわらず欲を出して結果的には失敗。故郷を離れるはめに。以後いいことはなかった。
 年齢の離れた弟(なかにし礼)の面倒をみたという理由だけで、その後は興す会社を次々とつぶし多額な借金を弟に肩代わりさせる兄。反省などない。

 兄は博打と女にうつつをぬかし、ほとんど自宅に帰らない。ほとんど人生の落伍者、敗残者ともいえる男が警察沙汰、裁判沙汰にならず生きてこられたということがまず不思議なことで、常識では考えられない。
 なかにし礼自身にしても、いくら庶民の金銭感覚とかけ離れた額の印税収入があるといっても、兄の横暴(億単位の借金)を後年義絶してしまうまで許していたというのも信じられない。家族(奥さん)も死ぬまで形だけとはいえ暮らしていたというのも、まったくお人よしと言うしかないだろう。

 TVドラマはなかにし礼が作詞した数々のヒット曲を劇中に使用し、歌謡曲による昭和史というような趣きもあってチャンネルを合わせたところもあった。
 「石狩挽歌」の歌詞の背景には中西家の壮絶な家庭環境が描かれていたことを知り、印象を新たにしたものだ。

 TVドラマ「兄弟」は役者たちの好演、確かな演出もあって、観終って感慨深いものがあった。
 ドラマ放映後、同じ局の「驚きももの木20世紀」ではノンフィクションとして二人の関係を取り上げていて、よりいっそう小説「兄弟」に興味を持った。

 小説はTVドラマと違って、兄の死後、生前兄が毎年出席するのを楽しみにしていた戦友会に顔をだし、戦時中の兄の本当の姿を追及する展開となっている。
 このくだりは脚色された兄の戦争体験を暴き出す静かなサスペンスがあってとてもスリリングだ。  
 なかにし礼の容赦ない質問に対し、特攻隊生き残りの者が言う「戦後を生きていくためには〈特攻体験〉を売り物にしなければならなかった」という言葉が印象深い。
 本当は敵機と空中戦をしたことも、練習中に墜落して運良く助かったということもすべて嘘だった兄の、弟に語った〈墜落願望〉とはいったい何だったのだろうか?

     ◇

1999/05/25

 「芸人失格」(松野大介/幻冬舎)

 作者・松野大介がタレントとしてたぶん最後に出演した深夜番組を偶然見たことがある。
 かつて昼の番組で人気を博した〈お笑い〉コンビ、ABブラザースの相方だった中山某はいつのまにか売れっ子タレントになって、レギュラー番組を何本も抱えていたにもかかわらず、松野の方はほとんどTVでお目にかかることはなかった。コンビの宿命ともいうべき現象だろう。

 ただ腑に落ちなかったのは、僕自身ABブラザースに興味はなかったけれど、面白いと感じた松野が消えて、一過性の人気だろうと思っていた中山某が生き残ってしまったことだった。
 そんな状況で、深夜番組で二流の女性タレントをいじくる松野の姿を見ながら、この人はこんな風にして芸能界の末端に席をおいて生きていくのかなあ、と少々哀しくなったのを憶えている。

 しばらくして彼が小説家に転身したのを知った。
 書き下ろしで「芸人失格」を上梓したとき、少なからず興味を抱いた。芸能界の敗者として、芸能界を、勝者の相方をどう見ていたのか知りたかった。
 本書が文庫化されたときはまっさきに買おうとしたくらいだ。結局図書館にリクエストしたのだけれど。

 赤裸々な内容だった。嘘偽りない自分の気持ちを素直に表現していた。
 中山某がなぜ現在の地位を築けたのか、自分自身はどうして落ちてしまったのか、よく理解できた。芸能の世界でも才能だけでは生き残れない。要はつきあい、如才なさが肝心なのである。

 彼女との出会い、同棲、破局。その後遺症による円形脱毛症等、まるで一時期の僕自身を見るようで熱いものが胸にこみあげた。
 彼は芸人を失格していない。本当の意味で芸人として生きていけるはずなのに、あくまでもTVというメディアを考えた場合、つまりTVタレントとしては失格になってしまうのである。マルセ太郎のような生き方もできるはずなのに。

 本人および相方の名前が仮名になっているのはわかるが、登場する芸能人が実名であるにもかかわらず、所属していた渡辺プロがワタベプロと表記されている。変なところで気を使う人である。




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プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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