1999/07/02

 「ジャーナリストの作法」(田勢康弘/日本経済新聞社)

 著者が田勢康弘だったので何気なく借りてきた。著者の半生記を含んだジャーナリストのあれこれが書かれている。
 対象は新聞記者等のジャーナリスト志望の学生らしい。
 こういう本を読むと40を前にしても僕の心はぐらぐら揺れる。自分の志望した職業で人生をまっとうしたいと切に思う。今現在確固たる地位を築いているなら別なのだろうが。

     ◇

1999/07/28

 「たかがテレビ されどテレビ」(永六輔/倫書房)

 永六輔が東京新聞に連載しているテレビに関するコラムを1冊にまとめたもの。項目別に再編集してある。
 さすが創成期からTVに関わってきた人だけあって、書かれていることにうなずくばかりである。  
 TV関係者でどれだけの人がこのコラムに注目しているのだろうか。「ったく説教臭いオヤジだなあ」と敬遠されるのだろうか。ま、そんな人は最初から読まないんでしょうが。

     ◇

1999/07/30

 「藝人という生き方、そして死に方」(矢野誠一/日本経済新聞社)

 まずタイトルが気に入った。今の感覚なら〈生きざま〉、〈死にざま〉が当たり前の表現なのに、ちゃんと〈生き方〉、〈死に方〉という言い方をしている。小林信彦が嘆いてから、注意深くマスコミに出てくる言葉をチェックしているが、生き方、死に方と表現する人は絶対といえるほどいないのだ。

 この本の第1章は「渥美清と田所康雄と車寅次郎」。
 渥美清に関する評論で、一番興味を引いたところだったのであるが、どうも当たり前のことしか書かれていない。期待はずれの原因はあとがきを読んでわかった。著者は渥美清のことが嫌いなのであった。嫌いな人にその芸人を否定する評論を書かかせるのならわかるが、肯定する文章を書かせたら、世間一般の当たり前のものになるだろうに、最初は断ったという著者にそれでも依頼した新聞記者の見識を疑ってしまう。
 渥美清が初日に芝居等を観に行くのはマスコミに対する勉強熱心であることを知らせる自己PRとの指摘は初めて聞いた。
 2章の「藝人という生き方」は面白かった。特に都家かつ江に触れた文章はちょうど「傷だらけの天使」撮影時の頃に書かれたもので、若かりしショーケンが登場してくる。うれしかった。
 3章は芸人の評伝その他の本に関する書評をまとめてあり、多いに参考になる。




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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