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1999/09/02

 「論戦」(櫻井よしこ/ダイヤモンド社)

 櫻井よしこといえば、日本テレビの夜のニュース番組「今日の出来事」のキャスターというイメージが強い。
 大学時代から社会人になったある時期まで、夜はこの番組を視聴する習慣がついていて、ちょうど櫻井よしこがキャスターを担当したころのこともよく憶えている。
 馬場某というもう一人同年輩の女性と一週間を担当、主婦の観点からニュースを伝える云々と、華々しくデビューしたのだが、いかにも素人という感じで評判はさんざん。結局馬場某が降板し、櫻井一人でキャスターをつとめることになり、いつのまにか夜のニュース番組の1つの顔になったのだった。

 人気女性キャスターというくらいの認識しかなかったのだが今年になって『「自虐史観」の病理』等の本を読む機会があって見方が変わった。
 従軍慰安婦を示す証拠はなかったと主張する櫻井よしこの講演が、とある団体の反対にあって中止になったとか、何かと話題にのぼることが多く、活字の世界でどんな主張をしているのか興味がわいたのだ。

 この「論戦」は雑誌に連載しているコラムをまとめたものだが、90年代の一番激動した頃(95、6年)に書かれたもので、HIV訴訟、オウム問題、阪神大震災などが取り上げられている。当たり前のことが当然のごとく書かれていて、面白味はなかったが特に反発もなく読めた。
 HIV訴訟についてはしつこいくらいに言及していて勉強になった。厚生省の体質は「天使の囀り」でも書かれてあったが、ほとほとイヤになった。

     ◇

1999/09/04

 『黒澤明 「一生一作」全三十作品』(都築政昭/講談社)

 郷里の家に子ども向けの全十巻の世界偉人伝なる全集があった。
 10巻めが〈日本が誇る偉人たち〉。定番の野口英世のほか何名かがとりあげられていて、その中に黒澤明もいた。映画好きということもあって、小学生の頃、この〈黒澤明〉のところだけ何回も読んだ憶えがある。

 同じ頃、日本テレビの、確か木曜スペシャルだったろうか「黒澤明の映画特集」というのがあって、黒澤の代表作が紹介された。その中で特に印象的だったのが「天国と地獄」の特急こだまのシーンだった。ストーリーについて何も知りはしないのに、そのシーンだけでやたら興奮した。映像的興奮とはこういうことか。活字だけの知識だった黒澤の偉大さが初めて体験できた瞬間だった。

 高校生になって黒澤映画のことをもっと知りたいと思ったが名画座なんて近くにないし、今みたいにビデオがあるわけでもない。モノクロの作品はTVでもなかなか放映しなかった。
 そういう状況で出版されたのが都築政昭によって書かれた「黒澤明」上下だった。これは黒澤初心者にとってまことに格好な参考書であり、高校生にしてはけっこう高い買い物だったが当時むさぼるように読んだものだ。
 特に下の「その作品研究」は処女作「姿三四郎」から当時としての最新作「デルス・ウザーラ」までストーリー紹介を含むきめ細やかな言及がされていて、早く本編を鑑賞したくてたまらない思いだった。
 あれから20年あまり。映画が撮れない不遇な状態から蘇った黒澤は新作を発表し続け、亡くなった。幻の映画たちはビデオになり、好きなだけ観られるようになった。

 この本は名著「黒澤明」の続編、黒澤映画研究の完結編として手にとった。
 ビデオはいつでも観られるという安易な気持ちが先にたってすべてを観終わっていない。

     ◇

1999/09/11

 「鯛は頭から腐る」(佐高信/光文社)

 やはり佐高信の文章は痛快だ。日本の社会に蔓延する無知、無能、無責任の野郎たちを切りまくる。切れ味抜群。ただ切ればいいというのも考えものだ。ちゃんとした取材に基づいての発言ならいいだが、他人の著作、風聞、伝聞をそのまま受け売りするのはどうか。
 「自由主義史観」論者を攻撃する際に元ナチ党員だった人の文章を引用する。本書209ページにこうある。
     ▽
 ある中国人が日本人のために一日中働き、お金の代わりに米をもらった。疲れきって家族とともに食卓に着くと、テーブルには妻が今さっき置いたばかりの鉢がのっており、おかゆが少し入っていた。これが一家六人の夕食だった。そこへ通りかかった日本兵が面白がってその鉢に放尿し、笑いながら立ち去った
     △
 それが事実なのかどうか調べたのだろうか。いかにもやりこめた決定的証拠みたいな扱いだが逆に墓穴をほる要因になりかねない。

 ゲリラを容認する言葉も唖然とした。人殺し集団ではないか。
 オウム真理教に破防法を摘要させなかったグループの一人が佐高信であることをこの本で初めて知った。
 オウムを執拗に追った江川紹子でさえ「反対」の立場を貫いていたのだから破防法がどんな悪法であるのか、わからないでもないが、その後のオウムの活動を見て、佐高信がどう感じているがぜひ知りたい。
 破防法が摘要されてもその対象はオウムだけで、他の団体の迷惑にならないのではないかというのは素人の考えか。傍受法の方がよっぽど怖いと思うのだが。

     ◇

1999/09/14

 「読むJ-POP 1945-1999 私的全史」(田家秀樹/徳間書店)

 音楽評論家、ノンフィクション作家である著者が戦後の日本の音楽シーンを個人史とからめ丹念に追いかけて綴った邦楽年代記の力作。非常に読み応えがある。
 特に第1章「戦争が終わって、彼らは歌った」から第10章「シンガー・ソングライター革命」まではむちゃくちゃ興味深い。これはあくまでも個人的な問題で、僕にとって80年代以降の音楽はほとんど関心がないからだろう。

 それにしてもJ-POPという名称は便利な言葉だ。ジャパニーズ・ポップス。これで演歌を除く歌謡曲、フォーク、ロックを一括して総称できる。この本でもJ-POPという名称の発祥について言及しているが、僕の体験から言うと、FM東京が後発のFM局に人気に対抗して、局名をFM-TOKYOに変更して日本のポップスを集中して取り上げた番組作りをした頃に使い始めた名称じゃないかと思う。

 戦後の服部良一~中村八大~宮川泰、いずみたくのポップスの流れというのをあらためて聴き直したい。彼らのすごいところは新しいものに対しての貪欲な姿勢だ。新しさについてその良さを率直に認めるところなんて感心してしまう。
 あるいはまた著者の音楽に対する姿勢も見習いたい。団塊世代という年齢を考えれば、まあ尾崎豊への注目はわからなくはないが(僕の場合は反発だったが)、90年代のビジュアル系ロックグループのライブを追いかける日々というのは驚きである。




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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