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1999/11/01

 「青二才の頃 回想の'70年代」(清水義範/講談社)

 70年代に関するエッセイ集だったので手にとった。
 団塊の世代の著者は20代で70年代を送っている。
 小説家になるために上京し、生活のために小さな情報会社に入社する。最初は1ヶ月の給料をまとめてもらえず、社長自らがアルバイト先を世話してくれるという有り様。ところが時が経つにつれ、倍々で給料が上がり、仕事も順調、正式な小説家としてのデビューはなかなかおとずれないが、ジュブナイル小説執筆やゴーストライターのアルバイト仕事が入ったり、別会社の社長就任を懇願されたりする。社長就任云々は別にして僕が30代でやりたくても できなかったことを著者は20代で実現してしまうのだ。才能の有無と言えばそれまでだが、嫉妬心がフツフツと湧き起こるのを静めながら、読んだのだった。
 大成する人は何やってもそれなりにうまくいくのだ。
 〈モーレツからビューティフルへ〉のコマーシャルコピーとともに60年代から70年代に突入した日本は、80年代間際にガラっとまた雰囲気が変わってしまう。暑苦しいほどのファッションはこぎれいなものへ、団体主義から個人主義へ。ちょうど僕が大学2年の時で、それは肌で実感している。つい最近のような気もするが、もうふた昔前になるのだった。

     ◇

1999/11/29

 「間違いだらけの少年H」(山中恒・山中典子/徑草書房)

 妹尾河童の「少年H」は著者自身の記憶によって、小説の形をとった実話という触れ込みだった。 主人公の少年Hは小学生の頃から戦時中の軍の横暴さ、事実を報道しない新聞のいい加減さを指摘し、軍国少年ばかりのあの時代にもこんな少年もいたんだなあとちょっと不思議に思ったりもしたが、鬼畜米英のあの時代においても、世の中の風潮に批判的な人はいるものなんだ、とあたり前のように読んだ(確かに彼の批判が鼻につくこともあったけれど)。あるいは書かれていることが、記憶にたよったにしてはあまりに詳細だし、これは資料を使っているとも思った。でもそれがいけないとも思わなかった。人間の記憶ほどあてにならないものはないと最近しみじみ感じるからだ。

 僕は「少年H」を神戸の一少年の太平洋戦争私史として読み、特に終戦後の主人公の苦しみに共感した。
 ところが、あの話はおかしい、間違いだという人たちが現われた。週刊文春のコラムで高島俊男、小林信彦が戦後にわかった事実が当たり前のように書かれていて信用できない、というようなことを指摘していた。
 その間違いを丹念に調べ上げ一冊の本を上梓したのが 山中恒だった。著者が山中恒じゃなかったら、僕もそれほど注目しなかったのだが、児童文学者の大家(「ぼくがぼくであること」は傑作)で「ボクラ小国民」シリーズの著者だと注目せざるを得ないではないか。

 分厚い本だったが、大変おもしろく読めた。ただ、このおもしろくというのがくせもので、「少年H」の〈実録〉であるはずのエピソードが実はある資料をもとに創作したものだ、とあばかれているのであるから、その検証がいくつも続くと「少年H」に感銘を受けた一読者としては何とも哀しい気分になってくる。

 資料というのが「少年H」の発行元である講談社の「昭和2万日の全記録」で、資料の間違いをそのまま使用しているから、始末が悪い。資料のデータを元にエピソードをでっち上げたと言われても反論できないだろう。僕自身が感銘を受けた部分(終戦後)については検証されていなかったので、とりあえず安堵したのだけど。
 「少年H」はあくまでも自身の体験を元にしたフィクションということであれば、これほどまでの反論はなかったのだろう。妹尾、山中、両ファンとしてはつらいものがある。




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kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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