1999/11/07

 「十三番目の人格 ISOLA」 (貴志祐介/角川ホラー文庫)

 貴志ワールドのおもしろさの一つは心理学を巧みに物語の中に取り入れているからだと思う。これは僕自身が心理学に興味を持っているからで、あくまでも個人的な見解なのだが。
 来年、映画化作品が公開されるこの作品は心理学が前面に押し出されているので、特に導入部は「黒い家」「天使の囀り」以上に僕の興味をひいた。

 エンパシー(人の心がわかる超能力)を持つ女性が阪神大震災のボランティアで神戸を訪れ、多重人格の少女と知り合い、少女を救おうとする過程で、少女の中に巣食う邪悪な人格と戦うはめになる物語である。
 少女の中の人格がそれぞれが持つ名前に関係があるという解釈が新鮮で、また阪神大震災後の神戸が舞台ということもあって、途中まではかなりのおもしろさであったが(ストーリーの、あまりに都合のいい展開が気になるが、まあ、デビュー作だから)臨死体験等の話になって、クライマックスの邪悪人格VSヒロイン・大学助教授の展開になると、あまりに話が突飛すぎてついていけなくなった。それにホラー文庫の特色ともいうべきラストの不気味さ(救いの無さ)がイヤである。主人公を恐怖のどん底に落とし入れて、しかし最後にはすべて丸く収まるという終り型っていうのではいけないのだろうか。

 映画「催眠」の落合監督はこのホラー小説を映画化したかったのではないか?多重人格の女性と彼女を助けようとするカウンセラー。人格の中に邪悪なものが潜んでいて、主人公を破滅へと誘う。プロットがほとんど同じなのだ。映画化権が取得できず、話がまわってきた「催眠」をあのようなほとんどオリジナルのオカルトホラーにした…というのは考え過ぎか。

     ◇

1999/11/18

 「屍鬼」(小野不由美/新潮社)

 上巻を読み終わったところで、これはスティーブン・キングの「呪われた町」の日本版ではないかと思った。事前に何の情報も仕入れず、タイトルの「屍鬼」から村を乗っ取る敵が吸血鬼なのかゾンビなのかはわからなかったが。
 ただ、「呪われた町」の単なる真似ではなく、日本の伝説、気候・風土、風習を取り入れ、うまく消化し、見事な出来栄えになっている。

 当初難しい漢字ばかりでうんざりし、また登場人物が多く、誰が誰だかわからなくなって読むのに手間取ったが、慣れると一気に物語に引き込まれた。
 上巻二段組み550ページ弱のボリュームで物語はまだ始まったばかりというのは恐れ入った。敵が何者で、何が狙いなのかもわからない。村人が次々に謎の死をとげる様を主人公の二人(ともに村の名家・医者と寺の跡取り)とともに傍観しているのはまことにじれったい。イライラのしどうしだった。

 下巻になって、敵が村に伝わる(起き上がり)によって蘇生した死人(鬼・屍鬼)、つまり吸血鬼だとわかる。早いうちにそれを察知した主人公二人のほかに、やはり真相を知った子どもたち、あるいは最初から鬼の仕業だと吹聴していた村のはぐれ者の主婦がどうやって一致団結して、敵を倒すのだろうかと期待していた。
 ところが彼らは団結するどころか情報を交換することもなく徐々にやられていってしまうのだ。村人は皆愚鈍で何の対抗策も講じないまま一人またひとりと襲われていく。

 最初はハラハラドキドキものの展開も、あまりに続くと読んでいてむなしくなる。若御院は途中から屍鬼に同情してしまうし、医師の方は敵のNo2に命を狙われ、万事休すになるや情けないことに命ごいをするのだ、この村が滅ぶところを見た後に殺せと。
 ここで一気に脱力した。これは吸血鬼vs人間の死闘ではなく、吸血鬼たちがいかにして人間の村を滅ぼし、のっとっていくかというある種のピカレスクロマンなのかと思い直し、視点を換えて新たな気持ちで読み始めたとたん、あっというまの形勢逆転。医師がNo2を罠にはめ、絶命させるところは圧巻。その後人間側の屍鬼狩りが始まるのだが、その模様はまさしく殺戮と言ってもいい按配で、どちらが善なのかわからなくなる。

 そう思わせる要因の一つに屍鬼として蘇った吸血鬼たちに生前の記憶が残っているという設定の斬新さがある。屍鬼に襲われ絶命した人間の中で蘇った者は意識的には生前同様に人間と意志の疎通ができる。ある者は蘇ったことを怨み、かといって生きるためには人を襲わなければならない。でも襲いたくない。その矛盾。下巻ではそうした屍鬼たちの苦悩や葛藤を克明に描くので、屍鬼が絶対悪として存在しなくなってしまうのだ。

 とういうわけで下巻は上巻のようなホラー色は消え、「人間とは何か? 生きることとは何か」を問う何とも奇妙な小説に様変わりすることになるのである。だから、クライマックスの屍鬼狩りは人間と屍鬼の立場が逆転し、人間の残虐さがクローズアップされてしまう結果になる。おもしろいことには変わりなく、上巻以上のボリュームも苦もなく最後まで読んだわけで、あまり文句は言いたくないけれど、やはりクライマックスにはカタルシスが欲しい。
 後半以降に提示される屍鬼もまた犠牲者であるというテーゼには納得いかない。




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プロフィール

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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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