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2001/09/13

 「スウィート・ノーベンバー」(ヤクルトホール 試写会)  

 先週「ラッシュアワー2」の試写会招待状を友人からもらったのに当日急遽仕事が入って行けなかった。こういうのって実にくやしい。公開されても金だしてまで観るつもりのない、でもそれなりに面白そうな映画の試写会に足を運べるのはとてもうれしいことだからだ。ジャッキー・チェンのアクションはいつも惚れ惚れするし、最近ビデオで(遅ればせながら)「フィフスエレメント」を観てクリス・タッカーのぶっ飛び演技に瞠目させられていたので余計その思いが強い。
 
 今週はキアヌ・リーブス主演の恋愛モノ「スウィート・ノーベンバー」の試写会招待状をもらった。普通だったら迷わずペケ。恋愛映画にほとんど興味がなく、おまけに難病モノだというのだから食指なんてまったく動かない。  
 にもかかわらず招待状をもらったのはかみさんがキアヌファンということ、試写会当日が15回目の入籍記念日(わが家の結婚記念日)という理由による。そのかみさんにしたって、キアヌファンというものの難病ものには僕以上に嫌悪感を示し、それほど興味をそそられる映画でもなかったらしい。しかし、いつも存在すら忘れてしまう入籍記念日にふたりで映画を観るのもいいかもしれない、ということで納得したのだった。  

 終了後、「ひどい映画だったね」「上映時間が2時間は苦痛だ」久しぶりに夫婦の意見が一致した。「『スピード2』の主演をキャンセルするキアヌがどうしてこんな映画に出たのだろう?」「金がなかったのかな」  
 キアヌ・リーブスが出演を辞退しなければ「スピード2」はもう少し面白くなったはずだという思いがある。役が限定されるのを嫌ったキアヌは続編主演のオファーを蹴って、自分のバンドのツアーを優先させたとか。役が限定されるといったってたかだかシリーズ2本め。大ヒットして自分自身の名声をあげてくれたのだから、義理でも「2」くらい出演してもよかった。
 
 キアヌ・リーブスには彼なりに映画出演に対する信念があるのかもしれない。さまざまな役柄に挑戦する、役によってはロバート・デ・ニーロよろしく体重の増減を厭わず(単にすぐ太る体質なのかもしれない)、ある時は長髪、またある時は短髪と映画によってイメージをころころと変えていく。「スピード」「マトリックス」以外主演作を観ていないから大きなことをいえないが、僕にはそんなイメージがある。けっこう役柄に凝る役者ではないかと思うのだ。  
 役にうるさい(と思われる)キアヌがなぜ「スウィート・ノーベンバー」に主演したのか、彼が出るくらいだから凡庸な恋愛映画、難病映画ではないはずだ、いやそうであってほしいと願っていたのに……。  

 開巻早々、キアヌは広告代理店のクリエイティブ・ディレクターでバリバリの仕事人間ぶりを見せてくれる。これが今いちきまっていない。「天使がくれた時間」のニコラス・ケイジの仕事一筋人間はいかにもそれっぽく感じたのだが。「キアヌってあまり器用な役者じゃないもの」とかみさん。  
 彼がある縁で一風変わった女性(シャーリーズ・セロン)と知り合う。あなたは不幸な男だ、私の11月の恋人になりなさい、1ヶ月間一緒に暮らしましょうと女性はのたまう。当然彼は反発するが、いつしかふたりは愛し合うようになり、やがて彼自身も人間らしさを取り戻してくる。  

 最初登場するヒロインがまったく魅力的でない。言うことやることは強引、こんな女とエリート意識の高い欠陥男がどんな風に結ばれていくのか、ここらへんの展開はちょっと新鮮だった。しかし、ヒロインがある企業の元経営者で動物好きな自由に生きる女性だとわかったとたん彼はメロメロになってしまう。  
 その前に彼が全精力を注いだ企業広告のプレゼンがあっさり却下され、その場でクライアントと喧嘩して会社をクビになるというエピソードがある。広告代理店にとってクライアントは神様みたいな存在だ。クライアントに喧嘩を売る広告マンなんて適正能力がないと言わざるを得ない。
 
 ふたりが愛し合うようになると、待ってましたとばかりにヒロインの病気がクローズアップされてくる。前半のヒロインの威勢の良さは何だったのか? 病気は進行し、それは男の知ることにもなってふたりの別れ話が持ち上がる。  
 ヒロインはやがて病気で朽ちていく自分の醜い姿を愛する人に見せたくない。だから毎月恋人を変え、いい思い出だけを相手に残したいと考えている。対して男は愛する女性のすべてを受け入れたい、と。12月になっても一緒にいたい、そばにいて看病したいと懇願する。この気持ちはよくわかる。人を愛するってことはその人のすべてを理解し(理解した気持ちになって)良いところも悪いところも受け入れることなのだから。にもかかわらずヒロインは自分の考えを変えない。最後にきれいに男の前から去っていくのだった。  

 なんて自分勝手な女なんだ。好みの男に声をかけて「私とつきあえば幸せになれる」とばかり無理やりつきあいさせ、男がその気になると「素敵な思い出をありがとう」とサヨナラしてしまう。こんなことを毎月繰り返しているんだぜ。その理由が病気だからって? 甘ったれるのもいい加減にしてくれ。ただ単に自分のために男の気持ちを弄んでいるだけではないか! この物語のどこに感動があるのか。安っぽい涙すら流させてくれない。困った映画である。

 【追記】  
 ヒロインの友人であるおかまちゃん二人のパーティに招待された主人公が女装した姿に唖然としてつぶやく「ピンクフラミンゴみたい」。大笑いした僕を「何がそんなにおかしいの」と言いたげに振り向いた前席のお嬢さん。あのねぇ、「ピンクフラミンゴ」っていうのは、一度見たら忘れられないディバインという異装の麗人が主人公のカルト映画なの。ディバインに比べたら二人のおかまちゃんなんてきれいなものだよ。
 あの台詞、「黒鳥の湖みたい」と訳したら会場で少しは笑いがとれたかもしれない。  

 試写会場を出て信号待ちをしていたら、若い女性二人の会話が聞こえてきたとかみさんが小声で言う。「いい映画だったね」だって。この映画のどこをどう観ればいい映画になるのか理解に苦しむ。ま、「A.I.」に戸惑った人からみればラストで涙を流した僕だって大いに理解不能な人なのだろうが。

       ◇

2001/09/28

 「仮面ライダーアギト PROJECT G4」(チネチッタ)  

 TV「仮面ライダーアギト」にはまっている。  
 アギトに変身する記憶喪失の根アカな青年・津上翔一、〈もう一人の仮面ライダー〉ギルスに変身する陰のある元大学生・葦原涼、警視庁〈未確認生命体対策班〉の一員で特殊プロテクター・G3システムを装着、〈メカニック仮面ライダー〉ともいうべきG3-Xとなって敵と戦う誠実だが不器用な若手刑事・氷川誠。この3人が未確認生命体(アンノウン)と呼称される謎の怪人たちと戦う物語なのだが、さまざまな要素を詰め込んだ画期的なドラマ作りがむちゃくちゃ面白いのだ。
 
 アンノウンはなぜ超能力を持つ一般人を次々と殺害していくのか? 津上や葦原はなぜアギト、ギルスに変身できるのか? 3人を結びつける〈あかつき号〉事件とは何なのか? こうした謎の提示や解明を縦糸に、翔一が居候する美杉家の美杉教授、その息子・太一、美杉の姪・真魚(超能力女子高生)との触れ合い、ある日突然ギルスに変身する能力を得た葦原の苦悩、警視庁内の人間関係に翻弄される氷川等、3人の人間関係を横糸に、それぞれがさまざまに絡み合い、もつれ合いながらドラマが進行する。  

 前作「仮面ライダークウガ」も、これまでの東映ヒーローもののイメージを一新するストーリー展開、VTR(ハイビジョン撮影)をうまく活用した映像設計が、いわゆるマニアだけでなく大人の視聴者をも魅了した。  
 後を受けた「仮面ライダーアギト」は、「クウガ」の世界観をよりバージョンアップし、複数ヒーロー、ミステリーの連続ドラマという要素を加味した(基本は刑事ドラマの変形か?)。いくつもはられた伏線、謎が謎を呼ぶストーリー、VTR特有の鮮明な凝った映像で毎週TVにくぎづけにしてくれる(とってつけたような謎解き、忘れさられた伏線もあって、下手すればその昔の大映テレビの〈赤い〉シリーズになる恐れもあるのだが)。  
 ウルトラマンと違って仮面ライダーにそれほどの思い入れのない僕は、作品の一番の見せ場であるヒーローと怪人の闘いはどうでもよく、素顔の役者たちが活躍するドラマ部分に夢中になっている。主要な視聴者である就学前の子どもたちがついていけるのかという疑問もわくが、面白いのだからしょうがない。世の女性たちの目当ては美形の主役の青年三人衆なのだろうが。  

 「仮面ライダーアギト」が東映50周年記念作として、長い歴史を誇る戦隊ヒーローものの最新作「百獣戦隊ガオレンジャー」とともに映画化された。「アギト」は第1作の放映から数えて30周年の節目の作品でもある。  
 通勤途中にある丸の内東映の最終上映の開始時間が早すぎてとても退社後では間に合わない(それでも夜も上映するからありがたいか。「ウルトラマン」の劇場版は昼間で上映が終了し、夜は別のプログラムになってしまうのだから平日行けない)。川崎のチネチッタだと上映時間も若干繰り下がり何とか間に合う。といことで、さっそく足を運んだのだが、悲しいかなこの館、スクリーンが小さい。
 先に上映された、完全に幼児向けに作られた「百獣戦隊ガオレンジャー 火の山、吼える」を観て、はたと気がついた。何も子どもを連れて行くわけじゃないのだから、「アギト」の上映に間に合えばいいのだ。だったら丸の内東映へ行けたじゃないか。  
 「ガオレンジャー」とのカップリングということもあり、いかに「アギト」が面白そうでも大の大人が一人で観に行く勇気がない。で、特撮好きな友人を誘った。「ウルトラマン」は一人で行けるというのに。思い入れの差はこういうところで表れる。  

 映画版はTVシリーズとそれほどリンクしない独立した話になっている。  
 自衛隊が管轄する多数の超能力を持つ子どもたちを研究する施設がアンノウン(蟻の怪人)の集団に襲われた。仲間がたちが皆殺しにされる中、運良く難を逃れたふたりの子ども(少女と少年)が、やがて津上(賀集利樹)や美杉家の家族、葦原(友井雄亮)と知り合う。
 自衛隊の一等陸尉(小沢真珠)は、警視庁のG3システムの上をいきながら装着員の犠牲を生むため封印されていた〈G4〉の資料を盗み出し、独自にプロジェクトG4に着手。G4を完全無敵なものにするために、真魚(秋山莉菜)を拉致し、彼女の超能力をG4に取り込み、G3-Xと対峙させる。
 自衛隊の秘密基地に侵入し真魚を奪還しようとするアギトとギルス。G4に闘いを挑むG3。そこにアンノウンが攻撃してきて……、というテレビシリーズ同様ぐいぐい引き込まれる展開である。

 タイトル前に繰り広げられるアンノウンの集団による施設破壊、殺戮シーンは見応えがあった。同じ型をしたアンノウンの集団というのが斬新なイメージだ。このアンノウンの毒牙にやられた人間がまるで水中で息ができないように窒息していくビジュアルが単純だが効果的だった。
 物語の要となる孤児ふたりの演技に嫌味がない。
 最初佐藤藍子かと勘違いした小沢真珠の作り物っぽい鼻がいかにも敵役という感じ。
 何より拉致された真魚の衣装、表情がセクシーだった。映画の中の一番の収穫だったりして。

 話には夢中になったものの、映像的には少々期待がはずれた。
 VTR撮影の特撮ヒーローものに懐疑的だった僕の考えを「ケイゾク」ばりのカメラワークで打ち破り、そのテクニックに毎回堪能させてもらっている「アギト」のこと。その映画化では映像そのものにも関心がわくというもの。
 映画化作品は、最近ちらほらと噂に聞こえてくるデジタル撮影なのだが、これがフィルム化されて上映されるとなるとその画像に不満がでてくる。
 映像に陰影がない。画面が妙に平坦だ。またビデオ画像特有の鮮明さもなくなってしまう。
 あるいはセットに制作費をかけられなかったからか、画面全体からスカスカ感が漂ってくる。
 まあ、しかしビデオ化、DVD化される際に、本来のVTR映像になればまた印象も変わるかもしれない。

     ◇

2001/09/29

 「ウォーターボーイズ」(シャンテシネ)  

 スポーツを扱った日本映画で傑作、佳作があっただろうか。ちょっとその類を思いつけない。
 映画黄金期には石原裕次郎主演の拳闘映画があったような気もするが、その後はとんとお目にかからない。そういえば選手本人が実名で主演する野球映画とか相撲映画というのもあった。しかし、あれはあくまでもプログラムピクチャーの1つととらえるべきで、公開が終わればそれまでのものだろう。  
 70年代には人気漫画を映画化した「ドカベン」(なんと川谷拓三が殿馬に扮したのだ!永島敏行のデビュー作でもある)や「野球狂の詩」などの野球映画があったが、出来は知れたものだった。ブレイク前のSMAPが主演した「シュート!」というのもあった。内容については観ていないので何とも言えない。
 
 それに比べたらアメリカには今も昔もスポーツを題材にした映画が数多くあって、なおかつ見応えのあるものが多い。この違いはどこからくるのだろうか。
 日本だと演技の部分と実際のゲーム展開場面とが大きく乖離してしまう感がある。本当にスポーツができるのかどうか疑わしくなって、いくら演技がうまくても物語に没頭できない。役者の違いなのか。  

 青春映画をスポーツとクロスさせると、近年ではまず「しこふんじゃった」が思いつく。大学の相撲部を舞台にしていた。昨年はボート競技を扱った「がんばっていきまっしょい」があった。ロードショーでは見逃し、ビデオで観たのだけれど、主役の女子高生たちのはつらつとした姿が素直な感動を呼んだ。
 演じるのが無名の役者(今をときめく田中麗奈の映画デビューだったか?)だと見る側にその役者に対してイメージが出来上がっていないから、たとえ本当はできないスポーツとの取り合わせでもおかしく感じないのかもしれない。
 「がんばっていきまっしょい」の女子高生を男子高生に、ボート競技をシンクロナイズドスイミングにして全編を笑いに包んだのが「ウォーターボーイズ」といえるかもしれない。

 ある地方都市の男子高の廃部寸前の水泳部に新任の若い女教師(眞鍋かをり)が顧問として就任する。女教師目当てに多数の学生が入部を希望し、あっというまに活況を呈するが、女教師の専門がシンクロナイズドスイミングと知って逃げ出してしまう。それでも部長を中心に残った3年生5人はシンクロに挑戦しようとするが、女教師の妊娠ががわかり、産休に入ってしまって指導者がいなくなってしまった。
 紆余曲折の末、バカにする奴らを見返してやりたい、高校生活最後の夏休みを何か一つのことに賭けたいと一致団結してイルカの調教師(竹中直人)の指導のもと練習に励み、学園祭で思いっきり練習の成果を披露する、というストーリー。

 実話の映画化というが、男子高生たちがシンクロに挑戦したという部分のみ本当で映画のエピソードはほとんどフィクションだろう。
 男子ばかりの高校に若い女教師が赴任してきたら大騒ぎになるのは、僕も男子高校だったらよくわかる。僕たちの場合は女教師ではなかったけれど、事務員だかが若い娘になってクラスの連中の目の色が変わったのをよく覚えている。エピソードがかなりオーバーに描かれてはいるけれど嫌味はない。素直に観ていられる。
 やっと合宿でいろいろな技をマスターしたというのに、その合宿の最後の日、ちょっとしたハプニングで5人が全国的に有名になると、辞めた俄か部員たちが戻ってきてわずか一週間やそこらの練習で目を見張るような大技や仕掛けのあるシンクロを披露できるわけがないだろう、なんてヤボなことは言うまい。

 前半はバラバラだった5人の高校生たちの気持ちが一つの目標にむかって一直線になるまでのドタバタ騒動を脇を固める個性的な役者(前述の竹中直人のほか、谷啓、柄本明、杉本哲太、徳井優)たちとともに笑わせてくれる(佐藤役の高校生は山本太郎にキムタクをちょっとまぶした感じの風貌、この佐藤とおかまっぽい早乙女が特に気に入った)。
 部員たちが全員集合してからは試行錯誤の猛練習の模様をスケッチで重ね、いよいよ本番の学園祭に一気に弾け跳ばす。
 こちらの琴線に触れる洋楽、邦樂のかつてのヒット曲(ベンチャーズ「ダイアモンドヘッド」、シルビー・バルタン「あなたにとりこ」、フィンガー5「学園天国」等々)をちりばめて、映画でなければ観られない男だらけの一大シンクロナイズドスイミングを展開させるのだ。これがほんとに楽しい。まさしく一種のミュージカルだ。
 清々しく、軽快で、かなりの興奮もの。カタルシスを与えてくれる。

 劇場をでてしばらくの間、自分の高校の部活動(ラグビー)と映画をダブらせながらてエンディングテーマでもある「学園天国」を口ずさんでいた。




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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