2000/05/22

 「活字博物誌」(椎名誠/岩波新書)

 「活字のサーカス」の続編。
 著者いうところの〈超個人的迷走読書ばなし〉。著者が展開する話題の中でそれに関する本を紹介するエッセイなのだが、前作より迷走ぶりが激しい気がする。その方が面白いのだけど。

 「しゃがんで何をする」の章はたまらなかった。
 国交回復後まもない頃、著者が中国に旅した時のこと。今はどうだか知らないが、解放便所(中国はトイレには個室というものがなく大便もしきりがないところで行うとのこと)で大便するのは最初こそ羞恥心があるが、じき慣れたという。
 数年後、また中国に行き、小さな旅館に宿泊したら、そこも解放便所で、おまけに朝、大勢人が並んでいて、する時はその先頭の人と向き合う恰好になったという。
 いくら解放便所に慣れたとはいえ、行列のまえでの排泄行為、それ以上にみんなを前にして尻を紙で拭くことがたまらなく恥ずかしかったとか。
 僕は解放便所そのものも許せない。というか僕の性格からすると絶対にそんなところで用なんか足せない。おまけに目の前に見学者がいるわけでしょう? 別に過去に経験があったわけでもないのに、どういうわけか、しきりのないトイレで用を足す夢をみることがある。その恥ずかしさといったらありゃしない。

 本書の中でSF小説をさかんに紹介している。小説を読むならSFだ、とも書いている。
 「貧困発想ノート」の章で紹介する数々のSFの中で特に興味を引かれたのが「フェッセンデンの宇宙」(エドモンド・ハミルトン)だ。
 盆栽のようなスケールで本物の銀河宇宙が存在し、それを顕微鏡のようなもので超拡大して、太陽系らしきものの進化の課程をみることができる、という物語だという。同じ内容のエピソードが「ドラえもん」にある。オチもほとんど同じものだ。全くの偶然か、それとも藤子・F・不二雄がこの小説からインスパイアされて描いたのか。
 そういえば椎名誠は小説家でもあり、SFをかなり書いているのだった。「アズバード」で日本SF大賞を受賞しているのである。これまで自伝的小説しか読んでこなかったのだが、今後はSFにも触手を伸ばしてみようか、と本書を読んで思った。

     ◇

2000/05/29

 「テレビがやって来た!」(早坂暁/日本放送協会)

 表紙から裏表紙にかけて見開きで和田誠による有名人の似顔絵が並んでいる。渥美清、黒柳徹子、ジャイアント馬場、藤田まこと、高橋圭三etc、著者の顔も見える。
 著者のTV創成期の体験話と表紙の有名人たちがどう結びつくのだろうと読み始めたら、合点がいった。
 本書はTV番組でいうところのドキュメンタリードラマなのである。
 はじまりは著者と渥美清と出会い。片や浅草のストリップ劇場の芸人、片や日大芸術学部の学生、バイトで試験放送用ドラマのシナリオを書いている。そんな二人が20世紀最大のベンチャー企業TVと徐々にかかわっていく物語部分とTV開局に携わり、さらなる発展に寄与してきたTV業界、芸能界の著名人への著者自身のインタビューで成り立つ構成だ。

 ここでもまた若かりし渥美清の姿が活写されていた。
 そういえば著者は渥美清への追悼の意味を込めてスペシャルドラマで渥美清の物語を書いている。ウッチャンナンチャンの南原清隆が若い渥美に扮していた。いくら顔が少しくらい似ている(似てないか)からと言って、地方出身の彼に渥美の口跡まで真似できるわけがない。変なドラマだった。

 そんな著者と渥美清を狂言廻しにして、その合間に各人にTV創世の熱い時代を語らせた。
 昭和38年の紅白歌合戦のオープニングでは聖火を持った渥美清を日比谷公園から走らせた、と今は亡き川口NHK会長が語る。このときの紅白は現在までの最高の視聴率を記録しているという。  
 日本テレビのプロレス中継の最初のスポンサーが山一証券だったとは。これはジャイアント馬場のインタビューに出てくる。
 その他青島幸男、兼高かおる(「兼高かおる世界の旅」は31年間放映された)、高橋圭三、澤田隆治(「てなもんや三度笠」の演出で有名、ずっとリュウジと読んでいたのだが、タカハルとお読みするんですね)、海老沢現NHK会長等、興味深い話が出てくる、出てくる。

 60年代末、著者がやりたかったテレビドキュメンタリーを手がけることになり、やはりTVで売れっ子になっている渥美に出演してほしいと声をかける。渥美は主演映画の撮影があるためこの話を断ってしまう。
 テレビドキュメンタリーは「テレビジョン69」といい、渥美の映画はあの「男はつらいよ」。ちょっとできすぎのようなラストではあるがとても印象的だった。

     ◇

2000/05/30

 「青春ノイローゼ」(みうらじゅん/双葉社)

 読み終えたとき胸に熱いものが込み上げてきた。
 もちろん、そんなつもりで本書を手にしたわけではない。羽田図書館で本書を見つけページをめくったら最初の章が「信人的な旅」とあった。世の中の岡本信人的な存在について言及していて、実にみうらじゅんらしく、たまにはみうらじゅんの本でも読んでみるかってんで軽い気持ちで読み始めたのだ。

 みうらじゅんは一般には「マイブーム」の仕掛人として有名である。その一つひとつの趣味がかなり僕自身の興味と重なるところが多く注目はしていた。もちろん「マイブームの旅」の章もある。 

 年齢も1つしかかわらないことも本書でわかった。
 第3章「俺だけの旅」は著者が郷里・京都に久しぶりに訪れて、かつての自宅、あこがれだったラブホテル等を写真といっしょに紹介している。
 この章は思い出を数多く語っているので同世代として興味深いことばかりだ。

 圧巻なのはラストの「追憶のバンドブーム時代2ラブホテルに捧ぐ」「自分が大嫌いだった頃80's」の2編。
 著者自身が意識していたのかどうか知らないが、これは小説である。
 実体験かどうかなんて関係ない。ここには1980年代の僕たち世代の焦燥が描きだされていると思った。
 僕にはバンド活動の経験も、当然ファンの女の子をホテルに連れ込んだこともない。
 予備校の経験はあっても、いいとこの大学生の彼女とねんごろになって、彼女の友だちのパーティーに参加したこともない。
 しかし、この2編に描かれたことはまるで自分のことのように感じられた。

 僕が大学生になった79年の夏のファッションといえばTシャツとジーンズ、ビーチサンダルが当り前だった。ところが80年代になるとなぜかタックの入ったグレーのパンツ、チノパン、デッキシューズでおしゃれにきめだしたのだ。もちろん僕も当時つきあっていた彼女に指摘され、おしゃれなファッションを身につけたわけだけれど、釈然としなかった。僕にとって80年代はそんな違和感ばかりだったような気がする。
 というわけで「大嫌いだった80's」というタイトルそのものにも共鳴してしまった次第。




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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