昨日は、御徒町駅前に特設されたスケートリンクでスケートを楽しんだ。
 先週だったか、電車の中からスケートリンクの存在を知り、Yさんを誘ったのだ。お互い滑れないのだが。このリンクは氷ではなく特殊な樹脂でできている。転んでも冷たくはないが、ズボンに白い樹脂の破片がこびりつきます。
 この冬は少しスケートを特訓するか。

20171220

          * * *

2017/11/21

 「We Love Television?」(ヒューマントラストシネマ渋谷)

 萩本欽一のドキュメンタリーが公開されると知ってなぜ今なのかと思った。
 監督は日本テレビのプロデューサー、土屋敏男。「電波少年」にTプロデューサーでたまに登場し出演者に恐れられていた。
 テレビプロデューサーが監督したドキュメンタリーならなぜTVで放送しないのだ?

 もう何年も前になる。東北大震災以前のことだ。フジテレビで「悪いのはみんな萩本欽一である」という特番があった。是枝裕和監督が現在のバラエティー番組で問題になっている諸悪の根源は欽ちゃんがTVで始めたことなのかを検証する内容だった。
 もちろん、萩本欽一を弾劾する番組ではない。逆にTVに斬新な、革新的な笑いを導入した人として賞賛しているのである。TVの笑いの歴史に萩本欽一前、後が存在するというような。
 土屋監督も弁護側証人の一人だった。
 もしかすると、このドキュメンタリーはあの番組に対するアンサーソングなのではないか?

 土屋監督はこのドキュメンタリーを劇場で公開することに対してこう述べている。

     ▽
 テレビは途中で観ることをやめることができる。でも映画は映画館に入ったら逃げられない。だから、逃げられない環境で観るものを作ってみたかったんです。
     △

 なるほど、そういうことか。
 この理由は、なぜ映画を劇場で観るのかという自分の考えに合致している。自宅でビデオ(DVD)を観ても、集中できないことがままある。これまで何度か書いている。
 だったら観ようではないか。

 小学生時代、落語ブームがあって、その後トリオブームになった。そこにコント55号が登場してあっというまにTVを席巻した。コントに笑いころげた。自分でもコントを考えて友人と実演したりした。コント55号が単独で活動するようになると、欽ちゃんを追いかけた。コメディアン、萩本欽一に対する想いは強い。

 映画は、土屋プロデューサーから「また30%の視聴率をとる番組を作りませんか?」というオファーを受けた欽ちゃんが女優の田中美佐子や次長課長の河本準一たちと特番を作っていく過程を記録していく。この番組、僕は観ていない。放送されたこと自体覚えていなかった。
 画面には日にちが変わるたびにあと何日と表示される。ある日に向かって進んでいくのだ。その日が何なのかわからない。不思議な気持ちで観ていると終盤で判明して、ああ、そういうことか! 公式サイトをきちんと見てれば謎でもなんでもないかったのだけれど。

 エンディングで涙がでてきた。岡村靖幸「忘らんないよ」と通りを歩きながら行きかう人たちに挨拶していく欽ちゃんの笑顔がマッチしていた。

  一人でいても テレビを見れば
  あの頃のように 楽しかった想いが
  溢れ出してく

 心暖まるラストだった。




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プロフィール

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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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