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2000/12/30

 「温かい夜」(リンダ・ラ・プラント/奥村章子 訳/ハヤカワ文庫)

 女探偵ロレイン・ペイジシリーズ第3弾。
 原題は〈Cold Heart〉なのに邦題は「温かい夜」とは、まったくもって逆なのだが、ある部分ロレインの気持ちにたってみるとこれはこれでこの小説のテーマを浮き上がせているといえるかもしれない。

 第1作「凍てついた夜」でアルコール依存症に苦しみながらどん底から這い上がり身に降りかかってきた事件を何とか解決し、探偵事務所を設立したロレインは、続く「渇いた夜」でも過去の過ちを忘れることができず、家族との別れ、特に二人の娘が自分を受け入れてくれない寂しさは相変わらずで、アルコールと孤独に苛まれながら仲間とともに難事件を解決、大金を手にすることができた。
 この「温かい夜」ではその大金をもとに新しい事務所に転居し、住まいも替え、アルコール依存症からも立ち直ったロレインの活躍が描かれる。
 とはいうものの、一緒に事件を解決していた二人の仲間(断酒会で知り合った女友達と元刑事の友人 )が結婚し今はハネムーン中。孤独は癒されることはないのだった。

 飼い犬のタイガーと新しく助手として雇った同性愛者の男性とともに新装開店したロレインのところに舞い込んできた仕事は今ではしがないポルノ映画をてがけるプロデューサーの殺人事件の容疑者とされている3番目の妻の潔白を証明するというもの。
 状況証拠はほとんどこの妻の殺人としか考えられないのだが、ロレインは執拗な調査で事件の真相を探っていく。
 冒頭で犯人の視点から男を射殺するところが描写され、女性であることがわかる。ということは被害者の3人の妻のうち誰かが殺人犯なのだ。3番目の妻は最初の方で殺され、2番目も途中で焼死してしまう展開だから、<犯人当て>ミステリとしてはそれほどのものではない。ロレインの行動そのものが魅力とでも言えようか。
 今回、ロレインに恋人ができる。この二人が結ばれるまでの様子はまるで初恋に芽生える十代の少年少女のようで微笑ましい。ロレインはこの仕事を終えたら事務所をたたんで彼と結婚、専業主婦になることを決意するにいたる。邦題の意味はそういうことなのだろう。

 困難をきわめながら、やっと事件の真相をつかんだロレインを襲った悲劇は衝撃的だった。事前に知っていたからよかったものの、心の動揺は隠せない。

 以下、まったく個人的なこと。
 集中治療室に入って意識不明の患者が実は見舞いに来た人たちの声が聞き取れるほど精神面でははっきりしているという描写を読みながら、全く別のことを考えていた。
 寝たきりだった母のことだ。昨年死去するまでの数年間、こちらの問いに反応するかしないかの状態でほとんど意志の疎通が成り立たなかった。それまで母が理解しているかどうか関係なく、僕ら家族のこと、唯一の孫である娘のことなど語りかけてはきたが、そんな状態になってくると見舞いに行く気が萎えてきてしまうのだった。毎月の予定が半年になり、正月だけになり、と悪いとは知りながら、どうせわからないのだからという気持ちがあった。
 しかしこの小説を読むと本人の意識はしっかりしていて、それを伝えるすべがないだけなのだ。もしかして母はすべてを理解していたのではないか。もっともっと僕の話を聴きたかったのではないか。なんという親不孝だったか、そんな思いが全身をかけめぐり、さぞや母はさみしかっただろうと、涙が流れてしかたなかった。


2001/01/09

 「ジオラマ」(桐野夏生/新潮社)

 「錆びた心」に続く短編集第2弾。
 長編型の作家(と僕は思っている)桐野夏生の短編はミステリという枠にとらわれず人間の深層心理に踏み込んだ異色作が多い。長編とはまた違ったおもしろさがあり夢中でページをめくってしまう。

 9編が収録されている。
 東電OL殺人事件からインスパイアされたと思しき内容でホラー風の味付けが効いている「デッドガール」。
 世間体が悪いので同性愛者であることを隠すため、女性と結婚し、夜な夜な会ったこともない〈心の恋人〉へ電話し心の平静を保とうとする主人公のカミングアウトするしないのジレンマを描く「六月の花嫁」。
 どこにでもいる主婦の、夫が出張にでかけていない何気ない一日を描写しながら、女性の心理を垣間見せる、と思ったらラストでどんでん返しの「蜘蛛の巣」。
 日独のハーフでドイツで日本人観光客相手のガイドで生計をたてている人生をドロップアウトした青年が行方不明の恋人を探しにやってきた日本女性とともに街をさまよう「捩れた天国」。
 友だちみたいな夫婦関係を続け幸せを実感していた妻が夫の不倫相手からの電話で現実に直面する「蛇つかい」。
 死期の近い老婆が感じるエクスタシーの実態を硬直した筆致のエロティシズムで描く掌編「夜の砂」。

 表題作「ジオラマ」は「天使に見捨てられた夜」「柔らかな頬」で感じた同じ疑問というか驚きがあった。女性なのにどうしてこうした設定を考えられるのだろうということ。調査対象となっている、その気もない相手と簡単に寝てしまう女探偵(「天使に見捨てられた夜」)、夫と娘が同じ屋根の下で寝ているというのに愛人とセックスする主婦(「柔らかな頬」)。女性の生理、感性からするとそんなセックスなんてしないはずなのにと、作者が女性だから余計にその思いが強い。
 「ジレンマ」は地方銀行に勤める順風満帆に人生を歩んできた男が主人公である。夫婦仲も円満、最近マンションを購入し、社宅から開放された。ところがある日あっけなく銀行が倒産、職探しの毎日が始まる。それと前後して階下に住むド派手な女性と騒音問題がおこり、男は女性の部屋へ行き来するうち、関係を持ってしまう。職探しで自宅を出た男はそのまま階下の女性宅に行き、激しいセックスに没頭する、という物語。
 人生につまづいた男が自暴自棄になって、不倫に走り、行為がだんだんと激しくなっていくのはわからなくもない。が、同じマンションの、それもコンクリート一枚で区切られた部屋の女性となると話が違う。僕なんてとてもじゃないけどそんなあぶない綱渡りのようなことなんてできない。自宅から離れた場所で密会するとか、普通の男なら考えるのではないか。
 まあ、そこがこの小説の主題なのだろうけれど。

 「ジオラマ」とともに特に印象に残るのは「井戸川さんについて」「黒い犬」の2編だ。
 「井戸川さんについては」は人間が持つ顔、イメージがいかに空虚なものであるかを思い知らされる。空手道場に通う青年が同じ道場の〈年をとったらこんな人になりたい〉と憧れていた44歳のコンピュータ会社を経営する井戸川さんの急死を知り、なぜ彼が死んだのか、果たして自殺か他殺かを調べていくうちに、彼のとんでもない本性がわかってきて愕然となる物語である。内容は悲惨であるが、会話自体はかなり笑えた。
 「黒い犬」は「捩れた天国」の主人公が母の再婚のため久しぶりに日本に訪れ、かつて両親となかよく暮らしていた家と飼犬にまつわる思い出話。母との会話で一度だけ我が家をたずねたドイツ人の叔父(父の弟)の存在をすっかり忘れていたことに気づいた青年はその理由を考えるうちに飼い犬に襲われた記憶が実は別の意味を持っていたことを知る。心理ミステリとしても迫力があった。

 「錆びた心」から言えることなのだが、短編集を読むとある一つのイメージが浮かび上がってくる。〈朽ち荒れた庭〉というのだろうか、作者は樹木や雑草で鬱蒼としている庭がどうやらお気に入りらしい。で、その感覚は僕にもよくわかるのだ。




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プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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