井上堯之さんの訃報はショックだった。
 実は先週3日(木)、井上さんのファーストソロ・アルバム「WATER MIND」の復刻CDを買ったばかりだった。
 GWは連日のイベント運営で忙殺されており、CDは開封せずそのままにしていた。
 一昨日朝、開店前に店で流して一人追悼した。
 1曲めは「一人(I STAND ALONE)」、2曲めは「チンチン電車」、3曲めの「息子よ」の後奏に反応した。「青春の蹉跌」のテーマではないか!
 涙がでてきた。

 スパイダースやPYGのメンバーとして井上さんを認識していたのかどうかはっきりしない。確か当時名前が孝之だったのではないか。それが何かのときに堯之になったような気がするのだが。
 意識したのは映画「青春の蹉跌」を観たときだ。中学時代は映画館で観るのは洋画ばかりだった。洋画は音楽が良くてサントラ(レコード)を友人と競い合って集めていた。邦画は洋画にくらべて音楽がショボい。後年、そんな考えは改めるのだが、当時は本当にそう思っていた。そんな僕が邦画で初めて音楽が素晴らしいと感じたのが「青春の蹉跌」だった。
 同人誌「まぐま」に連載した「小説と映画のあいだに」で「青春の蹉跌」を取り上げる際、そのことを真っ先に書いた。

 「青春の蹉跌」以降、ショーケン主演の映画やTVドラマ(映画)で〈音楽・井上堯之〉はお馴染みになる。どれもみな印象的だった。
 リアルタイムに鑑賞できなかった「雨のアムステルダム」はほとんど幻の映画となってしまい、ずいぶん経ってからある方の計らいによってビデオで観た。テーマ曲にハマった
 沢田研二が菅原文太と共演した「太陽を盗んだ男」は音楽抜きに映画を語れない

 「花・太陽・雨」「自由に歩いて愛して」「一人」「愚か者(愚か者よ)」等々、素晴らしい楽曲の作者でもある。なんてことがわかるのは20代、30代、あるいは40代になってのことなのだが。
 近藤真彦のヒット曲「愚か者」は、その年のレコード大賞を獲った。僕自身当然と思っていたのだが、その後この受賞にまつわる事件が判明した。事故死した母親の遺骨が盗まれ、レコード大賞を辞退しろと脅迫されていたというのだ。
 この事件を取材した週刊誌(だったか)の記事で、関係者の言葉に怒り狂った。レコード大賞の近藤真彦の対抗馬は某大物演歌歌手だった。この歌手の歌に比べて「愚か者」が劣っている、そんな歌がなぜレコード大賞を受賞して、というような内容だったからだ。
 本質がわかっていれば「愚か者」がどんなに素晴らしいかわかるはずなのに。まあ、個人的にはマッチよりショーケンの「愚か者よ」の方が断然いいのだが。
 
 もう何年前になるのだろうか。
 復活した井上堯之バンドのコンサートを知ったとき、井上さんに「青春の蹉跌」の文章を読んでもらいたいと思った。コンサート後、楽屋で「まぐま」を手渡すことができて喜んでいた。
 それだけでも満足なのに、しばらくして井上さんから礼状が届いた。感激なんてものじゃない。
 「青春の蹉跌」は初めて手掛けた映画音楽だったという。

 井上さんのライブにはその後2度ほど足を運んだ。
 そのすぐあとだっただったと思う。引退を発表されたのは

 そのときも書いたことだが、井上さんのTV、映画の音楽を集大成したアルバムを誰か企画してくれないだろうか。
 お願いいたします。

 ご冥福をお祈りいたします。





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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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