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 承前

 あまりの驚きで、この件、後藤さんに訊きたいこと、確認したいことがあったのにすべて吹っ飛んでしまった。
 いつ村井氏は後藤さんに、紙ふうせん+(後にサーカスとしてデビューするメンバー4名)による新グループ結成を提案したのだろうか?
 紙ふうせんがすでに関西に帰っていたことは確認している。東芝EMI(アルファ)からの離脱、CBSソニーへの移籍は決まっていたのかどうか。確認したかったのは、紙ふうせんがまだ村井氏のプロデュース下にあったのかどうかということだ。

 ハイ・ファイ・セットはずっと村井氏プロデュースだった(と思う)。赤い鳥時代と変わらずバード・コーポレーション(現バード企画)、アルファ(レコード)の所属だった。山本夫婦+大川さんの3人で新グループを結成する前には、ブレイク前のオフコースをメンバーに誘ったことは有名な話。「赤い鳥コンプリート・コレクション」ブックレットのインタビューで、山本(潤子)さんは、村井氏に次のように言われたと答えている。
「二人(後藤さんと平山さん)が抜けて残念だね」
 だから、村井氏がプロデューサーとして、ハイ・ファイ・セットにサーカスのメンバーを加えることを提案するのならわからなくはない。

 が、声をかけたのは紙ふうせんの方。紙ふうせんは赤い鳥解散後事務所(企画制作紙ふうせん)を設立し独立している(正式には解散前から設立している)。東芝EMIとの契約が切れた時点でアルファの管理下から離れている。育ての親からも完全に独立したのである。
 にもかかわらず、なぜ、ハイ・ファイ・セットではなく紙ふうせんなのか?
 以下はあくまでも個人的な推測である。

 ハイ・ファイ・セットにブレイクの兆しがあった。あるいは、もう「フィーリング」がヒットしていた。対して、紙ふうせんはあまりパッとしない。
 ハイ・ファイ・セットはまったく新しいスタイルのコーラスグループとして再出発した。赤い鳥のイメージを引きずる必要はない。
 紙ふうせんは赤い鳥の音楽を継承したグループである。が、男女デュオの二声は赤い鳥に比べたらやはり寂しい。男女4名が加わって六声になれば、赤い鳥のように華やかさが増して二声より注目されるはず。リーダー、プロデューサーの資質を兼ね備えている後藤さんには新グループを飛躍させてまたメジャーな世界で活躍してほしい。
 そんな親心が働いた結果ではないか、と思えるのだが。

 村井氏はどこまで本気だったのか。すでに紙ふうせんは活動拠点を関西に移してしまっているのだ。関西に帰ったのは後藤さんなりに確固たる考えがあってのこと。それを覆すのは容易なことではない。ダメモトで話したことなのかもしれない。あくまでも思いつき。サーカスのメンバーはまったく知らなかったことも予想できる。
 実際、後藤さんがこの提案を断って、まもなくサーカスはデビューしたという。






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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)

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