もうひとつの夕景工房

エンタテインメントを肴にしたエッセイというかコラムというか……

大河ドラマスケッチ 1969−2000 〜90年代のショーケン〜2

 NHK大河ドラマを意識したのは「天と地と」が最初だった。父方の祖父母が住むアパートに遊びに行くと、ちょうど放送時間にぶつかってよく目にしたような気がする。1969年だったのか。
 主人公の上杉謙信役は石坂浩二だったが、最初に話題を呼んだのは、謙信の少年時代を演じた歌舞伎役者(子役)だ。この歌舞伎役者を長い間中村勘九郎(現勘三郎)だとばかり思っていた。違った。中村光輝(現歌昇)。いやはや、記憶というものはあてにならない。

 当時TVの時代劇ドラマはフィルム撮影が当たり前。ビデオ収録の「天と地と」にはかなり違和感があった。大河ドラマの基本はスタジオ収録である。屋内も屋外もセット。これをフィルムで撮影すると、映像に陰影ができて、簡単にいうと映像にある種の紗がかかって、セットでもそれなりに見栄えがするものになる。
 ところが、ビデオだと全体的にフラットで、陰影もなにもあったものではない。セットであることがバレバレになるのだ。まるで映画のメイキングビデオを観るような感覚。
 また、画面に灯りが入ると全体が赤くなりおまけに一定時間(数秒ではあるが)尾を引く。時代劇にビデオは適さない。当時なぜ大人たちが大河ドラマをありがたがるのかわからなかった。

 そんな映像に関して少々マセた少年が日曜20時、自分の意志で大河ドラマにチャンネルを合わせるときがくる。「勝海舟」だった。「君は海を見たか」「2丁目3番地」等で注目していた倉本聰が脚本を担当したからだ。ほかにも岡田以蔵役が萩原健一、坂本竜馬役が藤岡弘(現藤岡弘、)と、配役もわくわくものだった。1974年というと中学2年から3年にかけてだ。
 開始早々、主役の渡哲也が病気で降板してしまうわ(後任は松方弘樹)、スタッフと衝突した倉本聰は解任されてしまわ、何かと御難続きのドラマだったが、第1話の感動が忘れられず、1年間つきあった。ショーケンの人斬り以蔵も登場回数は少ないものの強烈なインパクトがあった。

 数年後「花神」にしっかり1年間つきあった。今となっては理由がわからない。主演が中村梅之助だったからだろうか。愛川欽也が画面に登場すると、とたんに楽しくなった覚えがある。1977年だから高校2年から3年にかけて。

 しばらくぶりに大河ドラマを観る気になったのが「太平記」である。新田義貞役にショーケンがキャスティングされたのだ。新田義貞といえば、鎌倉時代に郷里の太田(周辺)を治めていた人物ではないか。地元にはオープンセットが建設された。
 が、病気のためショーケンはあっけなく降板。以来、観なくなった。ドラマ自体はそれほど面白くなかったからだ。


                            *

 1991年2月3日(日)

 (略)
 夜、NHK「太平記」を観る。
 大河ドラマを観るのはこれで3度目。「勝海舟」「花神」と続き、そして「太平記」なのだが、何も太田や足利が制作に協力しているとかが理由ではなく、ショーケンが新田義貞役で出演しているからだ。
 しかし、ドラマの展開がいまいち面白くなく、ショーケンもほとんど出てこない。
 「勝海舟」のときは、第一回で感動して、そのまま最終回まで観続けたのに。
 ドラマ作りは昔に比べてものすごく進歩している。
 ロケがふんだんにあり、“時代”をリアルに再現している。
 セット々していた昔の大河ドラマがウソみたいだ。

                            *


 「琉球の風」(1993年)にもショーケンが出演したので毎週観ていたのだが、最後までつきあったのかどうか。ストーリーも何も全部忘れている。
 市川崑監督「四十七人の刺客」を観てからというもの、歴史的事実としての忠臣蔵(赤穂事件)に興味を持った。さまざまな書籍をあたるようになって、江戸時代、それも元禄時代に興味を抱いた僕は「八代将軍吉宗」(1995年)に飛びついた。ジェームス三木のオリジナル脚本。
 吉宗が少年から大人(西田敏行)になるときの演出が大胆だった。少年吉宗が疱瘡で顔中包帯をまいていた。ある日包帯を解くと西田敏行になるのだ。
 吉宗の長男で言語障害を持つ家重が印象的だった。演じた中村梅雀は中村梅之助の息子さんだという。このドラマで注目され、今は2時間ドラマのいくつかのシリーズで主役を演じる人気俳優だ。

 江戸時代がマイブームになると、大河ドラマも江戸時代が舞台になったら観ることに決めた。
 1998年から2000年にかけての「徳川慶喜」「元禄繚乱」「葵徳川三代」。
 特に「元禄繚乱」にハマった。忠臣蔵ものということもあるが、徳川綱吉に扮したショーケンが出色の演技を見せてくれたのが要因だ。夕景に2回レビューを書いている(「四十七士討入り」 「忠義の士」)。
 ショーケンの台詞に声の裏返りが見られたが、演技の一つという認識だった。エキセントリックな人物によく似合っているもんだと。まさか、このあと、どのドラマでも頻繁に見られるようになるなんて思ってもいなかった。
 
 というわけで、数年間表舞台から離れていたのは、理由は別にして、よかったのではないだろうか。本人にとってもファンにとって。。
 







萩原健一 | コメント:4 | トラックバック:0 |
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この記事のコメント

ファンにとっても忍耐の数年でしたが、
その長い期間、無為に過ごさないでくれて本当にうれしいです。
いまだに驚かせてもらえる。
2009-11-21 Sat 23:53 | URL | showken-fun [ 編集]
ちょっと長めの返信を書いたら、スパムと判定されましたって、なぜ?
2009-11-22 Sun 11:32 | URL | kei [ 編集]
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091120-00000001-oric-ent


W岸田亡き今、あまり観たくはないですね。
2009-11-22 Sun 12:08 | URL | 高橋 [ 編集]
映画になればそりゃショーケンファン、「傷だらけの天使」ファンだから、劇場へは駆けつけますよ。

ただ、「傷だらけの天使」映画化については、以前から噂されていて、私はあまり肯定的ではありませんでした。森さんも今日子さんもいない、ということもありますが、時代ですよね、やっぱり。

映画化については市川森一さんが熱心なんですってね。

2009-11-22 Sun 12:45 | URL | kei [ 編集]

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