一昨日、「朝ズバッ!」のニュースで梨元さんの死を知った。あまりにも急なので声をあげてしまった。ショーケンのトークショーの司会を担当、冒頭で自伝本「ショーケン」を暴露本ではない、と言ってわが意を得たりの心境だった。かみサンは梨元さんのしゃべり方が大嫌いだった。当時わが家では朝はテレ朝を視聴していたのに、梨元さんが番組レギュラーだったため、かみサンの鶴の一声でチャンネルは6へ。僕はフジテレビが大嫌い、日本テレビもフジテレビ化して嫌いになって、残るのはTBSだけだったのだ。この慣習は今も続く。

 梨元さんは大学の大先輩なのだが、高校の大先輩といえば談四楼師匠。
 昨日の「ふたいサロン」は談四楼師匠をゲストに呼んでの落語会だった。題して「晩夏に聴く『芝浜』」。大盛況でした。
 
 ということで、談四楼師匠の息子さん、高田小次郎選手の東京時代の試合について、mixiに綴っていたので転載します。
 
         * * *

 ●リアル・ファイティング寿限無 2007/06/13

 5歳下の弟がまだ幼いころ、ボクシングを必ずボシキングと言い間違えた。
「ボクシングだろう?」
 笑いながら訂正すると、
「ボシキング!」
 ムキになって反論するのがかわいかった。

 11日(月)、ボシキング、いやボクシングを初めてナマで観戦した。場所は後楽園ホール。
 夕方5時半の開場で、入場時渡されたパンフレットには大きく「ダイヤモンドグローブ OPBF(東洋太平洋)クルーザー級 タイトルマッチ 高橋良輔×ドミニク・ベア」とある。昨年OPBFクルーザー級チャンピオンになった高橋選手にとって初の防衛戦なのだ。
 クルーザー級とは聞き慣れない名称だが、ヘビー級とライトヘビー級の間、昔ジュニアヘビー級と呼ばれていた階級のこと。ちなみにストロー級も今はミニマム級と改称されている。
 挑戦者はオーストラリアからやってきた同級5位のドミニク・サンダ、じゃなくドミニク・ガイラ。違う! ドミニク・ベア。

 ……実はボクシングについてそれほど詳しくない。もちろん、小学生のころにアニメ「あしたのジョー」に夢中になった。原作のコミックも人から借りて全巻読破してラストで泣いたのを憶えている。ある時代まではTVで中継される世界タイトルマッチはほとんど見ていたと思う。
 にもかかわらず野球や相撲ほどハマったということはなかった。特に最近のボクシング界については皆目わからない。高橋選手がチャンピオンであることも、この日のファイナル戦が防衛戦であることもパンフレットで初めて知ったくらいだ。クルーザー級ってなんじゃい!ってなもん。

 こんな僕でも応援したいボクサーはいる。それは高橋選手でも、セミファイナル戦の伊藤俊介(日本ライト級2位)選手でもない。
 目当てはこの日の前座戦4Rに出場する高田小次郎選手。デビュー以来まだ0勝(2敗)。この日どうしても勝ってもらいたくて、その初勝利の瞬間をこの目に焼き付けたくて、後楽園ホールに足を運んだのだった。
 
 談四楼師匠の小説に「ファイティング寿限無」(ちくま文庫)という長編小説がある。落語家とプロボクサーの二足のわらじを履く二つ目が、売名手段で始めたボクシングの方で才能を発揮してとんとん拍子に出世していく物語。読み始めたら止まらなくなること、読みながら何度も目頭が熱くなること、ラストで「うそでぇ~」と突っ込みながら快哉をあげたくなること、すべて保証できる痛快青春小説だ。

 この小説が一人の若きプロボクサーを誕生させた。それが小次郎選手。師匠の息子さんだ。
 「ファイティング寿限無」執筆時、師匠は取材で何度も後楽園ホールを訪ねたそうな。このとき連れて歩いたのが二男の小次郎さん。これでボクシングに魅了されたと聞いている。
 このホンモノのファイティング寿限無の登場に拍手喝采した。


 ●Fight! Fight! 小次郎 2007/06/14

 ホンモノのファイティング寿限無を応援したい!
 これは談四楼ファン、「ファイティング寿限無」ファンとして当然の気持ちだが、もう一つ、個人的な思いもあった。
 かつて、いとこがプロボクサーを目指して挫折しているのである。

 小さいころから物静かな子だった。親戚の集まりではほとんどしゃべらない。始終親の隣でじっとしている。そんな印象のある子だから、高校卒業後に上京、アルバイトしながらジムに通っていると聞いて驚いた。同時に、夢を追いかける姿が20代の自分とダブって、うれしくなった。試合があれば絶対応援に行くから。リングでの勇姿を楽しみにしていた。ところが、その後怪我をしてボクサーへの道があっけなく潰えてしまった。残念、無念。

 小次郎選手に、いとこの果たせなかった夢を託したい。デビュー戦は後楽園ホールで声援を送りたかった。
 しかし、試合は平日の6時台。定時に仕事を終えてからだと間に合うわけがない。2戦目も同じ理由でパスしてしまった。どちらも惜敗。次は絶対時間を作って後楽園にいくぞと誓った。

 11日。会場に行く前にちょっと早めの夕飯を、とカツ丼を食べてゲンかつぎ。
 後楽園(後楽園球場、東京ドーム、遊園地)には何度か来ているが、後楽園ホールは初めてだった。最初、どこの建物か迷ったりして。あまり大きな声で言えないが。
 開場5分前に行くと、すでに十数名の男女が待っていた。浴衣姿のお相撲さんが4人。不思議なのは3人は髷を結っているのに、一人だけスキンヘッドだったこと。どういう立場なのだろう? 

 6時になって会場に入る。真ん中にリングが設置されていて、四方を客席が囲む。明らかにボクシング会場なのに、最初の感慨は「ここが『笑点』の会場なんだ!」。TVの影響力は半端じゃない。
 TVクルーが中継の準備をしているのにびっくり(フジテレビが深夜に放送しているとのこと)。

 北側J18の席でその時を待つ。ふと見ると、東側二階席(立見)で、立川流の前座さんたちが壁に「ファイティング寿限無 高田小次郎」の垂れ幕をセットしていた。

 3試合め。いよいよやってきた。相手選手は0勝3敗、小次郎選手も2敗だから、どちらにとっても負けられない一戦なのだ。
 試合は結局4Rで決着はつかなかった。1Rでダウンを喫したものの、あとは小次郎選手の優勢に見えた。
 判定の結果が伝えられる。
「●●(審判名) △対△ ドロー!」
 やはり引き分けか。
「●● ○対× 高田!」 
 おお! J列の席から歓声があがった。もしかして初勝利か!!
「●● △対△ ドロー!」 
 ああ! 今度は深いため息だ。引き分けだった。2票差がないと規定でドローになってしまうだ。今回初めて知ったルールなのだが。
 1Rのダウンが響いたか。ダウンがなければ勝っていたかも。しかし、右瞼の負傷が逆に相手の勝因になったかもしれないのだ。後の試合で顔面から出血して、血が止まらず、そのままTKOをとられた選手もいたのだから。それを考えたら引き分けは御の字だ。
 次こそ勝利を。
 フレ! フレ! 高田 
 ファイト! ファイト! 小次郎!!

 ●小次郎敗れたり……2007/09/20

 昨日(19日)は高田〈リアル・ファイティング寿限無〉小次郎選手を応援するため後楽園ホールへ。
 これまでの成績は2敗1分。デビュー戦は惜敗。2戦めは不用意なダウンで試合に負けたが勝負には勝っていた。そして初めて観戦した前回は惜しくもドロー。これだって、すべってダウンをとられなければ勝っていた。
 そんな経緯があるから、今回は勝つことしか考えていなかった。

 プロボクサーの中では特に端正で精悍な面構え。リングで相手と対峙すると圧倒的に小次郎選手の方が強く見える。
 相手は榎本孝明を坊主にして十人並みの容貌にした感じ。柔和な顔には闘争心がほとんどない。対して小次郎選手、ワイルドじゃないか。かっこいいじゃないか。負ける気がしないのは当然だ。

 1ラウンドこそ、出足が悪く防戦一方になってしまったが、3ラウンドから形勢逆転。相手をダウン寸前まで追い詰めた。最終ラウンドも好調。互角あるいはそれ以上の攻撃だった。
 判定結果は安心して聞いていられた。思ったように3対0。わぁ、勝った! そう叫ぼうとした瞬間、勝者コールは相手選手。
「な、なんだ、これ?」

 ボクシングルールに疎いにわかファンはあわてて隣のSさんに確認する。
 4ラウンドの場合、ダウンさせない限り、試合中にどれだけパンチを繰り出せたかが判定の基準になるのだそうだ。そのパンチがたとえ空振りだとしても。あくまでも手数。となると、3ラウンドに一発のパンチでダウン寸前まで追い詰めたとはいえ、トータルでみれば小次郎選手の分が悪い。
 
 しばらくして着替えをした小次郎選手が客席に現れた。談四楼師匠としばし親子の会話。動きが悪かったことをしきりに反省している。
 体調が悪いわけでもないのに、身体が動かない。

 似たような経験を高校時代にしている。
 ラグビーの練習試合。相手は前橋高校。右のウィング。
 その日、調子はいつもと変わらなかった。ところが試合が始まるや切れがない。まったく走れない。
 タックルができない。ステップが切れない。ボールをもらったら一直線で走りトライすることでチームに貢献していた。そんな足の速さだけが取柄の選手だったから、こうなると悲惨な極地。試合の最中はもちろん終了後も監督にどやされ、殴られた。
 監督の激昂には慣れているが、自分の不甲斐なさがたまらなくくやしく、情けなかった。前橋高校グラウンドから駅への帰り道、仲間から離れ一人歩きながら泣いた。

 プロボクシングと高校の部活動を比べるなんて、まったく不遜の限りだが、小次郎選手の憔悴しきった表情にあのときの感情が蘇り何の声もかけられなかった。
 次は12月に試合があるらしい。めざせ1勝!




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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