中学時代、洋画一辺倒から邦画を見直すきっかけとなったのが「朝やけの詩」であり「戦争と人間」であることはすでに記した。そのとき一緒に触れた「青春の蹉跌」も絶対忘れられない1本なのだが、感想が日記に書かれてないのだ。もう何回も探しているというのに。
 1974年、中学3年のときに観ているのは確かなのだ。あのときの感動をはっきり記憶している。にもかかわらず、ない。読んだ本と観た映画の感想は必ず記すこと、せめて面白かったか否かは……というのは、日記を始める前に自分で決めたことなのに。

 かといって無視するわけにはいかない。
 しかたないので、サブカル・ポップマガジン「まぐま」12号に掲載したコラム「小説と映画のあいだに」の文章を転載する。
 冒頭、13年ぶりのライブ「ENTER THE PANTHER」に触れていてる。書いてあることは嘘ではない。本心じゃないけれど。

    ◇

 『青春の蹉跌』

 昨秋、萩原健一が十三年ぶりにコンサートを行なった。久々のショーケン節、パフォーマンスに心踊った。長年のファンの渇を癒してくれるライブだったが、本人にとっても、今後の活動に対してカツを入れる意味合いがあったのではないか。最近のショーケンにはどうにも〈らしさ〉が感じられなくてもどかしくてしかたなかった。
 昨年、このコンサートに合わせた過去の傑作ライブのDVD化やベストアルバムのリリースで、まさにショーケン三昧の日々を送っていたのだが、まさかスクリーンで『青春の蹉跌』に再会できるとは思ってもいなかった。
 一九七四年、十四歳という一番多感な時期に出会った青春映画の傑作である。
 確かショーケンがTV『太陽にほえろ!』の刑事役を降板した直後に公開されたと記憶している。だからこそ大いに期待して観に行ったわけだが、実のところ映画について何の予備知識もなかった。
 原作が芥川賞作家の石川達三。監督は日活ロマンポルノの俊英・神代辰巳。神代監督がショーケンとはじめて組んだ作品。――なんてことを知るはずもない。
 二人はその後TV『傷だらけの天使』や映画(『アフリカの光』『もどり川』『恋文』)で名コンビぶりを発揮する。脚本が長谷川和彦(『青春の殺人者』『太陽を盗んだ男』の監督)と気づくのはもっとずっと後のことだ。

 『青春の蹉跌』は、何といっても音楽(井上堯之)が良かった。
 当時音楽に惹かれて洋画ばかり追いかけていた僕は、タイトルバックに流れるテーマ曲を聴きながら日本映画も捨てたもんじゃないなと思った。今でもはっきり覚えている。
 かなりクセのある映画でもあった。手持ちカメラによる長廻し。被写体をどこまでも追いかける(撮影・姫田眞佐久)。感覚的に突然別のショットが挿入される(ゼロックスのCMには驚いた)。映像はもちろん台詞もどこか即興的。いわゆる正統派ではないのだが、妙にリアリティがあった。人間臭いタッチとでもいうのだろうか。映像や役者の演技がナチュラルで軽やか。観ていて心地良い。神代節(軟骨的文体と呼ばれた由)というものだった。
 映画はまったくタイプの違う二人の女性の間を彷徨う煮え切らない男の物語といえようか。
 ショーケン扮するのは司法試験を狙う法学部の大学生(江藤賢一郎)。アメリカンフットボール部に所属するスポーツマンでもある。母子家庭で叔父の援助を受けながら大学に通っている。
 勉強を教えていた女子高生の登美子(桃井かおり)と肉体関係があり、抜きさしならない状況になっているところにもってきて、ある件を境に、叔父の一人娘・康子(壇ふみ)と仲良くなっていく。司法試験に合格するや叔父に将来を約束され、やがて康子と婚約。
 ある日、登美子の妊娠を知る。強引に産院に連れて行った時にはもう処置できる状態ではなかった。
 あせった賢一郎は登美子を雪山に誘い発作的に殺してしまう……。

 ショーケンにしびれた映画だった。ファッション、しぐさ、まなざし……たまらなくかっこいい。賢一郎はまさに小暮修(『傷だらけの天使』)のプロトタイプなのだ。
 ローラースケート姿でテラスに折りたたみ椅子を並べるファーストシーン。桃井かおりとの濃厚なセックス。ふてくされたように歌うエンヤートット。雪山の斜面をどこまでも滑降していくクライマックス。思い出深いシーンの数々に感激を新たにした。ショーケンが鉄柵に片手を触れながら歩くお気に入りのシーンでは「待ってました!」と叫びたくなる始末。
 そして衝撃的なラスト。妊娠に関する意外な事実の判明、主人公のあっけない死……と同時にクレジットがロールしテーマ曲が流れてきて――中学生の心がわしづかみにされた瞬間だ。

 不可解なのは石川達三が映画に対して怒りを表明したことだった。
 小説を読んでいなくても映画とずいぶん違うであろうことは推測できた。何しろ小説の主人公は「生きることは戦いだ。他人はみな敵だ。平和なんてありはしない」と「貧しさゆえに充たされぬ野望をもって社会に挑戦し挫折」する男なのだから。
 映画の主人公は確かにエリートかもしれないが、野望に燃える上昇志向の強い男ではなかった。司法試験という目的があるとしても、どこかさめていて宙ぶらりんで優柔不断。そんな男が二人の女性の間を浮遊し、翻弄され、どうしようもなくなって殺人を犯し破滅していくのである。
 どこか捨て鉢でやるせない主人公に共感を覚えた中学生には原作者の怒りが理解できなかった。
 なぜ映画に流れる新しい感覚、若者の心情がわからないのか? なんて頭の固い老作家なんだ!
 そう判断をくだし、以来四半世紀以上年石川達三を読まずにきた。これからも読むことはないと思っていたが、気が変わった。今回映画を観て、原作者の怒りがどこにあったのか、調べてみたくなった。
 長谷川和彦が自身の経験をもとに脚色、〈全共闘世代〉の心情を色濃く反映させたとおぼしき映画は原作を大きく逸脱しているのか?
 読み始めて驚いた。説教じみた古臭い小説というこちらの先入感を見事に裏切ってくれる。若さあふれるリズミカルな文章。軽快な語り。すらすら読める。面白い。
 主人公がアメフトの選手という設定以外、展開にそれほどの違いはなかった。大きく相違するのはやはり登場人物の造形だ。賢一郎は予想通りだが、二人の女性が曲者なのである。
 登美子は無教養なりの計算高さを持つ、油断ならない女。薄幸な女を演じ、「一緒になれなくてもいいの」なんて言いながら、妊娠を口実に徐々に賢一郎との結婚に向けて外堀を埋めていく。康子は聡明ではあるが肩書きで男を選ぶ高慢なブランド信仰女。当初は親のすすめる結婚に反発するものの賢一郎が司法試験に合格したとたんに態度を変える。
 こんな女性たちを相手にすると、賢一郎の世間に対する青臭い反逆ぶりが逆に愛しく思えてくるから不思議なものである。実際読んでいても賢一郎に対する嫌悪感はあまりなく、女性たちの言動に始終ムカついていた。
 なるほど、映画はまるで原作者の意向を無視していた。ラストで主人公が死ぬことも噴飯ものだったかもしれない(この結末はアメリカンニューシネマの影響か)。
 思うに、ドライサーの『アメリカの悲劇』のプロットを借用して独自に日本の現代社会の歪みを照射した『青春の蹉跌』は高度成長期(小説の発表は一九六八年)だからこそ、その人物造形に意味があったのではないか。
 学生運動の終焉、オイルショック等、社会状況が大きく様変わりした一九七四年で果たして通用するものなのか。原作に違和感を覚えた長谷川和彦は再度小説のプロットのみ取り出して、まったく別の〈青春の蹉跌〉を構築したのではないだろうか。
 主人公の焦燥感、孤独感。それを覆い隠すための虚無的行動。それはまさに七〇年代の若者像を象徴するものだったと今さらながら痛感する。
 やはり僕にとっての『青春の蹉跌』は映画なのである。

    ◇




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漂流記 どうしようもないよ ミスブランニューデェイ ファンシーレディ 他
あの時代 ショーケンの音楽は 特殊すぎたのかなぁ
エンジェルゲイトのアルバムが 好きです。
雨のしおり Aha シャララ フラフラ 
声が すごいですね。最高です。酒と涙と男と女 大阪で生まれた女 よくカラオケした時代です。
まだ 青春の挫折は 見たことがないです。
約束 渋滞 夜汽車は 見ました。
村石太マン さん
書き込みありがとうございます。

あの時代、私はショーケンのライブアルバムが大好きでした。スタジオ録音盤は普通の歌唱だと思っていたもので。ライブ盤を全部集めてから、スタジオ録音盤を集めています。
「エンジェルゲイト」は紙ジャケになってから購入しました。

ショーケンの映画を一つだけ選べ、と言われたら、私は迷うことなく、「青春の蹉跌」ですね。TVを含めた全作品だったら「傷だらけの天使」でしょうが。

そういえば「ア・ブランニュー・デイ」って、井上堯之さんも歌っているんですね。歌詞が英語。最近YouTubeでよく聴いています。
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プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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