今春、TVでmixiのCMをよく見た。
 なぜ今になって宣伝するのだろうと不思議だったのだが、ずいぶん経ってから理由がわかった。あの時期、mixiの登録の仕方が変わったのだ。それまで登録は紹介制だった。誰かに紹介(招待)されないと会員になれなかった。それが、自由にできるようになったのである。

 初めてmixiの名前を聞いたのは、あるインディーズ映画の上映会。04年だったろうか。
 場所は八丁堀。上映会後の打ち上げの席でその日知り合った映画関係者の方がmixiを話題にしたことを覚えている。あのときは知る人ぞ知るといった存在だった。

 一時かなりハマったものだが、mixiのシステムに疑問を持つようになった。むなしくなったというか。徐々にマイミクの意味がわからなくなってきた。プリクラが大ブームのころ、女子高生(?)たちは友人と撮ったプリクラ(写真シール)の数を競った。mixiにハマりだした人たちって同じようにマイミクの数を競っていなかったか? 自分も含めて。 
 〈読み逃げ〉なる言葉を知って愕然とした。何だ、それ? マイミクの中でも特定の人と〈内緒話〉ができるようになって決定的となった。

 「真衣&未来」にでてくるマイミクを切られた件。理由がまさに自分の日記に対してのコメントがない、だった。若い世代だったらまだしも、同世代(ちょっと上)だから信じられなかった。「読むだけではいけないんですか?」とメールしたら、「実はあなたの書いている日記(の内容)についていけなくて」。だったら、そう書けばいいのに。なら理解できたんだ。同じアーティストのファンだというのに話が合わないというのは悲しい。まあ、それはうすうす感じていたことだから。
 「舞美玖奇談」は創作である。しかし二人の会話は自分の経験に基づいている。ウソではない。心情吐露しないのがポリシーだったから、こういう形で溜飲を下げていた。

 とにかく、昨年の8月でmixiを退会した。

 最初は(HPの)BBSだった。ブログが登場したらあっという間に広まった。SNSが話題になってmixiが代名詞になったと思っていたら、今度はツイッターが幅をきかせている。
 このツイッターの面白さがわからない。つぶやきをフォローするってどういうこと? だいたいそんなことしていたら、いつもネットを覗いていなければならない。それって中毒ってことではないか?

     ◇

 ●自分、mixiに何望む? 2006/02/18

 ふと気づいたことがある。この2月でmixiの仲間入りをして1年が経過していたのだ。

 もう2年以上前のこと。元会社の同僚H氏がブログをやりだしたからとHP「夕景工房」BBSに挨拶があって、私は思わず聞き返した。
「ブログって何?」
 その後、ブログはまたたくまに増殖してネットの主流になってしまった。
 ただ書き込むだけでいい、画像添付も簡単、読み手もコメントを書き込める。ネコも杓子もブログ、ブログ。それまでHPを運営している人も、コンテンツの1つとしてブログを取り入れる。PC音痴の私をして、HP設立をさせたH女史もいつのまにかブログ始めて、誘いの声をかけてきた。
 こうなると天邪鬼、意固地の私のとる態度はきまっている。
 誰がブログなんかやるものか!

 にもかかわらず、mixiに登録して1年。
 実は当初mixiが何なのか全然わかっていなかった。Sさんから松田監督特集のコミュニティを(上映会に先駆けて)作ったので参加しませんかとのメールを受けて、コミュニティを覗ければいいかくらいの感覚で手続きをしたら、自分の日記コーナーができてしまって大いにあわてた。
 
 本格的にmixiに書き込みすることを宣言して心に誓ったことは3点。
 1.日記は書かない(個人的なこと、心情吐露はしない)
 2.HPの読書日記、映画感想以外のこと、主にTVや雑誌について、あるいは身辺に起きたことを読み物(エッセイ)として書く
 3.土日はHP用の執筆として休み、月~金の間毎日書く

 書き出すと、けっこうはまった。テーマが自由だから本や映画の感想より書きやすいのだ。ネタにつまって(というか備忘録のために)映画の感想も書き出したが、そうすると、それとは違った内容でHPを書こうとしてかなり苦労する。最近はmixiのものをそのままコピーしてしまうことも多い。

 「夕景工房」を開設した当初の趣旨はブログそのものだったなあ、と今さらながら思う。読書日記も映画の感想も実は同じ欄で取扱いたかった。本は本、映画は映画というようにはっきり区別できるものではない。ネットサーフィンというものがあるように、興味の対象は映画→原作、あるいは原作→映画とさまざまに派生し、それが絵画展、芝居、コンサートに広がっていくかもしれない。興味はごった煮。だから感想はあくまでも同じコーナーで取扱いたかった。最初に考えたコーナータイトルが「買った! 借りた! 読んだ! &観た」なのはそんな理由による。結局2つに分けたわけだけど。

 知らないうちにネット独自の書き方、文法なるものが存在するようになった。一切無視している。基本は縦書き。原稿用紙に書くのと同じ要領。絵文字はもちろん(笑)も挿入しない。読みやすくするため1行空けなどしているが、この方針はHPと変わらない。
 だからさ……いやいや心情吐露はしないのが約束でした。


 ●真衣&未来 2007/05/01

 週刊文春の「女の窓」(読者のお便りコーナーに連載されている伊藤理佐の1コマ漫画)に、こんなのがあった。
 どこかのカフェでお茶している作者の隣のテーブルに二人の若者。その一人がマイミクを突然切られたらしく、もう一人に「理由がわからなくて悩んでいる」と語る。作者はいつの時代でも(若者の)悩みの本質は変わらない、とかなんとかしみじみ感じるのであった……

 先週、友人と飲んだときの話。
「mixiの読み逃げについてどう思います?」
「びっくりした。読み逃げ禁止なんて、そういう感覚の人がいるんだって」
「日記読んだら必ずコメントしなけりゃいけないなんてねぇ」
「日記を読む、読まれる、それだけでもいいと思っているオレはマイミク失格なのかなぁ」
 
 こういうことは、これまで思ってはいるものの、心情吐露をしないと誓った者としてmixiには書かないことにしていた。しかし、大阪に出かけている間に、ある方からマイミクを解除されて、一度自分のmixiの、マイミクに対する考えを公表していた方がよいと思ったので、野暮を承知で記しておきます。

 誤解しないでほしい。その方はちゃんと筋をとおしている。きちんとメッセージで、その理由を述べ、だから一度切りますと伝えてきた。
 お互いあるFCの一員だからこれからも会う機会はたびたびある。あくまでもmixiの交流に対する考え方の相違なので、別に怒っているとか、恨んでいるとか、傷ついた、ということではないのでお間違いなく。

 以前、見知らぬ方からマイミク要請があって、一度ある上映会でおしゃべりした方だと勘違いして了解したことがある。承認してから勘違いが判明したのだが、だからといって、すぐに断ることもない、無から始まる交流もあるさ、と毎日読みに行っていたら、数日後、何のことわりもなく切られた。これはかなりのショックだったけれど。

 マイミクをお願いするのはとても勇気がいる。少なくとも私はそうだ。だから、要請があったら基本的にはOKする。一度だけ見知らぬ方をキャンセルしたことがある。それだって、単にキャンセルするのは申し訳なく、後からメッセージで送って、その理由(要請理由が信じられない、趣味趣向にまったく接点がない)をきちんと述べた。
 
 もうだいぶ前に一度記したが、mixiの会員になってすぐに、人とのコミュニケーションのとりかたがわからず、少々悩んだことがあった。で、助言もあって、あくまでも自分のために書くという方針に決めた。ただし、書くからには誰かに読んでほしいという気持ちがあり、内容もコラム、エッセイ風にして、単純に、今日は○○に行った(○○を鑑賞した)、面白かった、という個人的日記にならないよう、読み物としての配慮を考えた。

 マイミクとはお互いの日記(というと語弊がある。だって、本当の日記なら他人に読ませられない)の読者なんだ、という結論づけた。読んだことで、感じたこと、考えたことがあったらコメントつける。それが自分のスタンス。
 ただし、あまりに考えることが多くて、コメントしづらい場合はパスすることもある。批判の場合も、実際に親しくつきあっている方以外はパス。

 そういえば、こんなこともあった。
 あまり面識がない方の日記で、コメントするにもいつも批判になってしまうことが多くて、躊躇していた。マイミクやめようかな、でも自分からお願いしたのだから、それもできない。悩んでいたら、先方からmixiそのものを脱退していった。
 コメントをもらうのはうれしい。だからといって、コメントだけのやりとりが交流だなんて思わない。

 とにかく更新したら読みます! というのを信条にしていたわけだが、最近は怠っていることも多い。やはり全然足跡のないマイミクとは疎遠になってしまう……。
 
 観た映画や読んだ本について、あるいは芝居や落語について人はどう感想を持つのか、検索かけてよく読みに行く。でもよほどのことがない限りコメントなんて残さない。逆に見知らぬ人が足跡を残した場合、彼(彼女)は何の項目で検索したのか知りたくなる。読みに行ってそれが判明する場合もあるし、わからないことも。
 恥ずかしいのは、踏み返した際、その方が自分の足跡をたどってきたという場合。すいません、感想だけ読んで、プロフィールまで確認しないことが多いのです。
 不定期に足跡を残す方もいて、久しぶりに名前を見ると、何か書いたな、と喜び勇んで読みに行ったり。

 イベントの告知で、「申し訳ありません、行けません」コメントもやめにした。

 そんなわけで、私の駄文に興味のある方、これからもおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。


 ●舞美玖奇談 2008/05/14

 品川駅で京浜東北線に乗り込んで、空いている席に座りしばらく読書にいそしんでいた。ふと隣から〈マイミク〉の言葉が聞こえてきた。すばやく反応した。耳をそばだてるとやはりmixiについての話だ。
 会話の主は二人の若い男性。大学生か。カジュアルな服装だったので、そう思っただけなのだが、もう少し上からもしれない。会社員という感じはしなかった。フリーターか。
 そんなことはどうでもいい。
 以後、二人の会話が気になって、本の内容が頭に入らなくなった。

A「一人、マイミクがいなくなったんだけど、誰が消えたかわからないんだ」
B「オレも一度、あったよ。マイミクの数が増えるのも考えものだよね」
A「誰だかわからないというのは、日頃交流がないってことだからさ」
  私も、つい最近あったんですよ! 話に加わりたくなったが、ぐっとこらえる。
A「その前にも、一人消えたんだ」
B「いちいち気にしているわけ? 別にどうでもいいじゃん」
A「そうなんだけどさ、その人は知っている人だから」
B「普通のつきあいがあるってわけ? mixiで知り合ったんじゃなく」
A「うん、よく行く△△のお客さんでさ」
B「お客さん同士で知り合ったってわけか」
  この人、わけ?が多すぎないか。
A「だから、ちょっと悩んでるんだ。△△行けば顔合わすだろう」
B「だって、本人、mixiやめたんだろう? そんなのよくあることじゃん、ある日ぷっつり姿消すなんてさ。ま、挨拶なしってのは寂しいけど、それが普通なんだよ、mixiの常識。そう考えれば悩むこともないだろう」
A「それがね、その人、mixi脱退したわけじゃないの」
B「マジ?」
A「うん」
B「ってことは、勝手に切られたってこと? 実際の知り合いで? それはつらいかもなあ」
A「脱退なら気にしないよ。自分ひとりだけ、というのがね。……オレ、もう△△行けないよ」
B「その人に会うから?」
A「うん、会ったら、どうしたって、マイミク切られたこと聞きたくなるじゃない」
B「まあね」
A「理由聞かせてって」
B「まあね」
A「でも、そんなこと聞きたくもない。かといって、そこに触れずに今までどおりのおしゃべりもできない」
B「だから△△に行けないって?」
A「××(料理?)うまかったのになあ」
B「どうするわけ?」

 最後まで聞いていたかったが、残念、二人は上野で降りてしまった。

 ちなみにタイトルは「本牧奇談」のもじり。字余りだ。舞椋奇談? 訛ってるよ。センスなし。




関連記事
スポンサーサイト
NEXT Entry
mixi失格。 ♯1
NEW Topics
「千里眼」「忠臣蔵コレクション4 列伝篇 上下」「のり平のパーッといきましょう」 ~ある日の夕景工房から
58
「朝霧」「墓地を見おろす家」「催眠」「蟲」「ファミリー」 ~ある日の夕景工房から
「論戦」『黒澤明 「一生一作」全三十作品』「鯛は頭から腐る」「読むJ-POP 1945-1999 私的全史」 ~ある日の夕景工房から
「死国」「黒い家」「天使の囀り」「バースディ」 ~ある日の夕景工房から
「世紀末、どくぜつテレビ」「江戸はネットワーク」「清張ミステリと昭和三十年代」 ~ある日の夕景工房から
「ジャーナリストの作法」「たかがテレビ されどテレビ」「藝人という生き方、そして死に方」 ~ある日の夕景工房から
「恋」「秘密」「ラザマタズの悲劇」 ~ある日の夕景工房から
「兄弟」「芸人失格」 ~ある日の夕景工房から
「少年H 上下」「ジュラシック・パーク」「塗仏の宴 宴の支度」「塗仏の宴 宴の始末」 ~ある日の夕景工房から
Comment
Trackback
Comment form
 管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード

Page Top