50歳最後の日。
 帰宅したらかみサンが「誕生日おめでとう」とワンカップ酒をテーブルにだした。
「明日は落語会でしょう? 1日早いけど誕生日のプレセント!」
 何言っているの、この酒、昨日すでに買っていたじゃない。これはプレプレゼントだろう? 明日は何がもらえるのかな?
「ほんとに、これがプレゼントだから」
 毅然と言う。
 またぁ。
「あなたなんて、わたしの誕生日覚えていなかったじゃない! 冷蔵庫開けて、なんでケーキあるの、なんて訊いていた!!」
 そうなんだけど、さ。
 
          * * *

 ●レビューは笑う 2005/04/18

 夕景工房でUPする読書日記や映画の感想で心がけていることがある。
 本当の日記ならば内容(ストーリー等)など必要ないのだ。読んだまま観たまま感じたままを直接記せばいい。ところが不特定多数(多数かどうかはわからないが)の他人が覗くサイトではそうはいかない。その本(小説)や映画がどんな内容なのか紹介する必要がある。
 その要約も出版社や映画会社のものをそのまま写すのは気がひける。あくまでも私というフィルターを通したものにしたい。できれば、その要約で興味を引きつけたい。ネタバレに細心の注意を払いストーリーをまとめる。レビューで一番時間がかかるのがここなのだ。
 どうしても書きたいことがネタバレ部分になるのならば、その旨注記してから書く。
 これは「まぐま」に連載している「小説と映画のあいだに」にも言えることだ。とにかく映画やその原作である小説の要約に一苦労する。字数が限定されているので長くなれば、検証部分がおろそかになり、短ければ意味がわからないなんてこともおこるかもしれない。
 簡潔にストーリーを印象づけたい。そのためにどんな方法、技術が必要なのか。
「映画とその原作(小説)を考察するなんてナンセンス、意味がない。映画は映画で、小説は小説なんだから」
 友人に言われたことがある。しかし、日本映画の黄金時代、脚色という技術が大いに評価されたというのだ。今はないがしろにされている。
 確かに私も映画はオリジナルであるべきという考え方をしてきた。が、今の映画界ではそれがほとんど不可能であることがわかり、一度脚色に注目してみるのも手かなと思ったのだ。
 昔キネマ旬報の「小林信彦のコラム」を愛読していて、一冊にまとまると買い求めた。以来、エッセイ、コラム、小説と小林信彦氏のファンである。
 誰でもがいうことだが、氏の手にかかると小説や映画が実に面白いものに思えるのだ。興味を覚えて実際の作品にあたってみるとそれほどでもないということもある。不思議なものだ。嘘だと思うのなら一度読んでみるといい。新潮文庫の「コラム」シリーズが手ごろだろう。
 氏の書評や映画批評に心酔する私はどうにかその真髄に少しでも近づきたいと思っている。

 ああ、また話が脱線してしまった。本当は映画の感想を書く場合、役者名の確認にオフィシャルwebサイトを利用することから、昨日やっとUPした「パッチギ!」のオダギリ・ジョーのプロフィールについて気づいたことに展開させたかったのだ。
 それは明日ということで。


 ●プロフィールは誰のもの? 2005/04/20

 映画「パッチギ!」のオフィシャルサイトを開いた。キャスト紹介のページ。朝鮮高校に通うヒロインとその兄に扮した俳優の名前を確認。各人プロフィールがついている。何気なくオダギリジョーの欄に目が行った。主人公にフォーククルセダースの存在を教え、ギターの手ほどきをする坂崎役で出演しているのだ。かなり詳しく紹介されていた。TVに映画、いやはや売れっ子ですなあ。
 あれ? このプロフィール、出世作の「仮面ライダークウガ」のことにまったく触れられていない。かすかに怒り。
 オダギリジョー、お前もか! 
 
 奥田瑛ニのデビュー作(だったと思う)は「円盤戦争バンキッド」なのだが、「もっとしなやかにもっとしたたかに」と答えるインタビュー記事を読んことがある。村上弘明もつい最近までプロフィールから「仮面ライダー(スカイライダー)」を抹殺していた。
 子ども番組、特撮ヒーロー番組がデビュー作だと何かまずいことがあるのだろうか?
 この傾向は、デビュー後一般ドラマで有名になった俳優に見られる。
 オダギリジョーも「クウガ」が評判になり、番組終了後、次々に夜9時台以降のドラマに出演、いつのまにか主演クラスになって、主演映画もあっというまに増えた。
 そうこうするうちに私自身「クウガ」の主演俳優であったことを意識しなくなってしまったのは事実だ。
 だからといってプロフィールに記載されないのは納得いかない。
 幼い頃夢中になった番組で名前を覚えた俳優が、その後いろいろなところで活躍していく様子は見ていてうれしい。応援もしたい。にもかかわらず売れっ子になったらその番組(作品)を切り捨てる行為はどこか裏切られた気持ちがする。
 村上弘明にしろ、オダギリジョーにしろ、その後の活躍の礎はデビュー作にあるのだからどうしてもわりきれないものを感じてしまう。デビュー作に誇りを持ってくれよ。「Shall we ダンス?」で名を馳せた周防監督のデビュー作は今だって「変態家族兄貴の嫁さん」なんだぞ。
 と書きながら、ふと、これは俳優個人の問題なのではないかもしれないと考えなおした。所属事務所の意向なのではないか、と。

 ああ、やはり長くなりそうだ。すいません、以降明日。


 ●プロフィールは誰のもの? two 2005/04/20

 プロフィールは本人の考えとは別に所属事務所の意向が大きく反映されているのではないか?
 というのは、「まぐま」の編集でその一端を垣間見たからである。
 インディーズ特集の11号で某俳優さんにインタビューした。大変楽しいひと時だった。会話はすべて録音されているが、こちらの質問に対して、俳優さんだって活字にしていいもの、悪いものはわかっていて、答える際に一言添える。「これ(記事に)しないでね」そうして語られた大物俳優の付き人時代の思い出話は爆笑、爆笑の連続だった。
 録音されたテープは、聞き書きの名手、K氏の手によって原稿化された。酒が入って、収支がつかなくなったインタビューが見事に整理されていた。内容に問題はない。俳優さんにゲラのチェックをしてもらおうと、やはり一部意味の不確かな部分に赤が入っているだけで戻ってきた。
 訂正して最終確認の段階。事務所にも目をとおしてもらうと、あるエピソードがまるまる削除願いになっていた。子役時代の、撮影現場のある種の現実、当然予測できる現象でありほほえましくもある内容。別になくても大筋には影響ないけれど、あったほうがインタビューに陰影がつく。それがNGになって少々残念だった。俳優さんも「なぜこれがいけないのかなあ、あったほうが面白いのに」なんて言っていた。
 まあ、そんなことから、宣材の一つであるプロフィールに事務所がことさら神経を使うのは当然とはいえ当然と思った次第。
 では、なぜデビュー作が特撮ヒーローものの場合、封印されてしまうのか?
 業界のジンクスがあるのだろうか。子ども番組で主役を演じた俳優は大成しない、とか。主役のイメージが強烈しすぎて起用しづらくなる? 思い当たるところはありますねぇ。
 奥田某の場合は、たぶんに恣意的な要素があると思える。村上某は最近デビュー作を解禁したようだ。オダギリジョーにいたってはプロフィールに何が書かれているかなんてことも知らないのかもしれない。この方、「仮面ライダークウガ」、その主役をはったなんて意識、思い入れもなく、「クウガ」終了後にゲスト出演したバラエティでファンの子どもたちの夢を破るような発言して司会者をあわてさせていましたからね。その屈託のなさがその後の人気につながったのかもしれない。




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プロフィール

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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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