わが母校、太田高校の文化祭は2年に一度。高校1年にあったのだから次は3年時。生徒会長からお願いされた。休部状態の映画研究部を復活させてもらえないか。はい、喜んで! 
 まずやろうとしたのは太田女子高映画研究部との合コン。ラグビー部の連中が大挙して集まった。地元の映画館(大勝館&太田シネマ)にかけあって映研部員が格安料金で鑑賞できるようにした。
 秋の、高校最後の文化祭。映画研究部のメインの業務は視聴覚ホールでの映画上映だ。顧問の先生と相談して「八月の濡れた砂」にした。個人的に幻の映画だったからだ。東京の業者から16ミリ映画をレンタル。フィルムは貨物列車で運ばれてくる。駅に取りに行ったのを何となく記憶している。
 高校に戻ってホールで試写。アクシデントが起こった。
 映画はシネスコサイズ。フィルム事体はスタンダードサイズで楯に圧縮されている。これを専用レンズで横に引き伸ばすのだ。レンズはどこにある! 一時混乱したが顧問の先生が持っていたことで解決した。翌日の文化祭は、映画をロマンポルノと間違えた生徒たち(男子高校だ)がつめかけて大盛況だった。
 実は、映画研究部の部長としてやりたいことがあった。映画研究部用のブースを70年代の数々の邦画ポスターで彩りたかった。ショーケン、水谷豊、松田優作、関根恵子、原田美枝子、秋吉久美子……。コメントで70年代の男優論、女優論を展開させたかった。結局ポスターが集まらなくてできなかったけれど。

 「八月の濡れた砂」は「飛び出せ!青春」の村野武範と剛達人のキャラクターが逆転していて驚いた。剛達人が真面目、村野武範がワルなのだ。主役を演じているのは広瀬昌助。後年、広瀬さんの奥さんで女優の志水季里子さんと「八月の濡れた砂」の思い出話をする機会ができるなんて思ってもいなかった。

     ◇

 1977/10/26

 文化祭の映画研究部の活動の一つ、映画上映は「八月の濡れた砂」。
 そこで、映画をよく調べようと顧問の先生から資料としてキネ旬1971年8月下旬号を借りた。読んでいてたいへん懐かしくなった。
 たとえばこうである。
 裏表紙の広告は「潮騒」。小6の時、雑誌で知って観たいなァと思っていたもの。夏休みにTVで観た。
 続く広告は「ベニスに死す」。やはり小6の時、足利へ「小さな恋のメロディ」を観に行った時にいっしょに上映されたものだ。意味もわからずスクリーンを見つめていてラブシーンのところは胸をドキドキさせた。
 その他、出てくる出てくる。
 「ある愛の詩」「栄光のル・マン」「小さな目撃者」。僕が映画を知りはじめた頃、最初に観たものがヒット中であるとか、公開されるとか。
 あの「フレンズ」が邦題として「夏の終わり」に決まっていたのに予定が変更になって原題のまま封切られたんだって。そういうことがあったのか。
 小6、中1、あの頃、僕は映画を観ては何かしらの影響を受け、青いエネルギーとでもいうようなものを吸収していた。
 大きな夢を持って、悩みもしない、ものすごく平和で楽しかった時だ。
 そして邦画にまったく興味をもっていなかった(「潮騒」は別)。日本の文化をバカにしていた。音楽も映画も外国(それもアメリカ、ヨーロッパ)が一番いいと思っていた。
 子どもだったのだ。

 そうゆう僕にとって、“懐かしい時代”になってしまったあの時代「八月の濡れた砂」は作られた。
 観る価値はある。

     ◇ 




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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