退社後、六本木の珈琲店カファブンナへ。店内で「蘭舟・二井康夫 二人展 秋のことばたち/はがきのなかの映画の世界」が開催されているのだ。
 二井さんは邦洋の映画タイトル。ニヤリとしたのは「MASH」だ。オリジナルを尊重しながら(☆!)ふたい流にしているところがグー。
 蘭舟さんの文字は「龍馬伝」のタイトル文字より良いと思うし好きだ。まあ、あくまでも個人的に、ですが。

 マスターがお客さんと40年代、50年代のアメリカ音楽について、CDを流しながら語っていた。好みの偏屈さに筋が通っていた。店内に流れる音楽に耳を傾けた。

          * * *

 これもmixiだけど、〈小林信彦を読む〉特別版として転載します。

     ◇ 

 ●「東京少年」&PR誌「波」 2005/11/08

 昨日、小林信彦の新刊「東京少年」(新潮社)読了。
 新潮社のPR誌「波」に連載中は定期購読して毎月読んでいた。

 一冊にまとまったものを読むとまた別の味わいがある。

 太平洋戦争時、疎開の体験を綴った自伝的小説。まだ中原弓彦時代に本名(小林信彦)で上梓した「冬の神話」のリメイクだというのだが、私は初期の小説を読んだことがない(読みたくても本がない!)ので何とも言えない。

 戦争時代の話なのだから決して楽しいものではない。餓えと寒さ、東京に対する望郷の念で息がつまってくる。終戦を迎えても帰れないもどかしさ、その中で東京の暮らしに絶望した父親が詐欺(?)にあって、先祖代々の土地を二束三文で奪われてしまうくだりのいらつき。とはいえ、それが小林(純)文学の魅力でもある。
 あらためて読むと、新潟時代の同級生・曽我の、ひょうひょうとしたキャラクターが一服の清涼剤的存在だったことがわかる。この人が登場するとホッとする。

 「波」は1年間1000円。継続したとたん、「東京少年」の連載が終了し、その後は送られてきてもそのままにしておいた。先々月で送付終了。
 ところがである。今月号は「東京少年」刊行ということで、著者インタビューが掲載されているのだ。
 これはどうしても読みたい。「波」は書店でも置いてあるところがあり(売り物ではない)、いくつか確認しているが、すべてなし。
 大型書店にはあるのだろうが、会社の帰りには寄れそうもない。
 どなたか、「波」今月号お持ちではないでしょうか? 


 ●イエスタデイ・ワンス・モア 2005/11/10

「マンガ学への挑戦 進化する批評地図」(夏目房之介/NTT出版)
「増量 誰も知らない名言集」(リリー・フランキー/幻冬舎文庫)
「素晴らしき特撮人生」(佐原健二/小学館)
「夕ばえ作戦」(光瀬龍/ハルキ文庫)
「変身」(東野圭吾/講談社文庫)
「ムーン・リヴァーの向こう側」(小林信彦/新潮文庫)
「イエスタディ・ワンス・モア」(小林信彦/新潮文庫)

 古書店に寄ると、文庫本コーナーで「か」の行をチェックする。小林信彦の本がないか確認するわけだ。といっても、ほとんどは単行本が上梓された際、購入しているのである。ただ、文庫になっても手に入れることを最近心がけている。

 「ムーン・リヴァーの向こう側」は東京3部作の第3弾。山の手育ちのコラムニストと下町育ちの女性ライターの恋愛物語。その前に新聞連載された「イーストサイドワルツ」という小説があって、これは初老の小説家が若い女性に翻弄(?)される物語だった。作家が山の手、女性が下町と、同じ構造、ちょっと二番煎じっぽいところもあって、単行本を読んでそれきりになっていた。久しぶりに読んでみて、セックス描写に夢中になった。
 オリジナルビデオで映像化された(未見)「イーストサイドワルツ」を読み直したくなった。単行本を探したが見当たらない。文庫本探そう! 
 そういえば、「ウェストサイドワルツ」という海外の芝居があるんですね。朝日新聞朝刊の広告で知りました。

 「イエスタデイ・ワンス・モア」は簡単にいうと小林信彦版「バック・トゥ・ザ・フィーチャー」だ。
 1987年の現代、18歳の青年がふとしたことで1959年にタイムスリップする話。
 青年は両親を早く亡くし、叔母に育てられた。その叔母が死に、多額の遺産が手に入るはずだったのに、なぜか引退して郷里に引きこもっている某放送作家への遺言が書かれているのが発端。東京オリンピックのために街破壊が行なわれる前の東京にスリップした青年が、70年代~80年代のギャグを借用して、当時のTV、ラジオ界で人気(放送)作家になっていく。
 面白いことは面白いのだけど、どうしても主人公が18歳に思えないところにひっかかってしまう。
 たとえば、高速道路がない墨田川沿いの風景を見て青年の感慨。
     ◇
 生まれてから見なれていた醜悪な二本の高速道路が消えていた。
     ◇
 物心がつく前から見なれていたものを醜悪と感じるものだろうか。そこにあって当然という感覚だと思うのだ。そこにあるものがなくなって、初めてそれが異様なものだった、醜悪だったと気づくのなら理解できるのだけど……。


 ●われわれはなぜ映画館にいるのか 2005/11/11

 朝一、東京駅にほど近い某所に直行した。1時間弱で打ち合わせを終え、そのまま八重洲ブックセンターへ。
 ブックセンターならPR誌「波」がおいてあるだろうとの判断だ。それから「丘の一族 小林信彦自選短編集」(講談社文芸文庫)が発売になったので、あわせて購入するつもりでいた。この文芸文庫、文庫にもかかわらず1365円もする。昨年だったか、「袋小路の休日」を手に取った際、値段を確認して驚いた。そういう類の文庫なのだ。

 ルンルン気分で4階の文庫新書コーナーへ向かう。
 ところが「丘の一族」がないのである。調べてもらうとたぶん今日の午後入荷するだろうとのこと。
 仕方ない、「波」だけでもと思って、案内された1階のコーナーに行くと、すでに入荷分ははけてしまったと。ブックセンターでなければどこにあるというのだ! かなりのショック。

 重い足取りで駅にむかった。地下街に下りると、古書店があった。映画関係書のあるコーナーをながめているとけっこう欲しい本が並んでいる。
 まず実相寺昭雄の旅のエッセイ集があった。そんな本がでてることなんてまったく知らなかった。「大映テレビの研究2」もある。この本、続編もあったのか。
 どちらを買おうか、ちょっと悩んだ次の瞬間、な、なんと「われわれはなぜ映画館にいるのか」の背表紙が目に入った。

 高校時代の昼休み、図書館でよくこの本を読んでいたのである。当時は「キネマ旬報」のコラム(「小林信彦のコラム」)を読むくらい、特にファンというほでもなかった。大学生になってから、その連載が1冊にまとまり、購入したことから、コラム、エッセイの本が気になりだした。
 次に手に入れたのが中原弓彦名義の「定本日本の喜劇人」だった。
 今ものすごく後悔しているのは、このとき、同時に「東京のロビンソン・クルーソー」「東京のドン・キホーテ」を購入しなかったことだ。晶文社から刊行されていた小林信彦のコラムシリーズで、「われわれはなぜ映画館にいるのか」もその1つ。

 気づいたときにはもう書店では見かけなくなった。いや古書店でも見たことがない。現在、ネットで調べると、どれも1万円前後する。その本が目の前にあるのだ。あわてて手にとって、値段を調べた。3000円。安い! そのままレジに走った。
 すげぇうれしい。
 
 実は昨日も文庫になった「テレビの黄金時代」(文春文庫)を買った。先週は「夢の砦 上下」(新潮文庫)を地元の古書店で見つけ今読んでいるところ(当然、ハードカバーは持っている)。
 この秋は小林信彦づいている。通勤時と昼食時が楽しくてたまりませんぜ、旦那。


 ●60年代の「タイガー&ドラゴン」 2005/11/14

 昨日はキーボードを打つ気力がなく(なんとなく体調不良)、早くから布団に寝そべり、本を読んでいた。

 「夢の砦(下)」読了。
 1983年に上梓された単行本は二段571ページという分厚いものだが、めっぽう面白くてあっというまに読めてしまう。確か2度読んでいる。今回「イーストサイドワルツ」の文庫を探しに入った地元の古書店で上下2冊になった文庫本を見つけた。
 当時、巷では60年代がブームになっており、その先鞭をつけたのが本書だと言われた。続けて「小林信彦60年代日記」なんてものも出版された。

 江戸川乱歩に見込まれて20代の若さで「ヒッチコック・マガジン」の編集長に起用された作者自身をモデルにした前野辰夫が主人公。弱小出版社から創刊された翻訳推理雑誌「パズラー」の編集長に任命されるのだが、売上が悪ければ3号でクビを切られる運命。
 当初はそれほどではなかった雑誌がある時を境に好調な売れ行きを示し、辰夫は時代の寵児として、編集者だけでなく、TVの構成作家、ミュージカルのプロデューサー、タレントとして活躍しだす。
 辰夫がその才能を高く買っている放送作家兼タレントの川合寅彦がもう一人の主人公。青島幸夫を代表とする当時の放送作家(永六輔、前田武彦、野坂昭如等々)を混ぜ合わせたようなキャラクターなのだが、こちらもれっきとした作者の分身である。
 この二人が60年代前半のマスコミを駆け巡る物語。

 面白いのは、この物語には「宝石」も「ヒッチコック・マガジン」も存在すること。当然中原弓彦も編集者の一人として登場してくる。 

 自社の政治に無関心な辰夫がある男たちの陰謀で退職させられる顛末なんてどこまで本当のことなのだろう(なんて読み方はいけないかもしれないが)。
 とにかく辰夫の一直線で不器用な生き方は、まさしく60年代の「坊っちゃん」である。

 文庫になった「テレビの黄金時代」(文春文庫)と併せて読めば、あの時代がより鮮明に理解できること間違いない。




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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