前項の続きみたいなもの……

 4年前の4月にくも膜下出血で亡くなった友人の享年―僕が46歳の年だったから44か。ヘレナ・ボナム=カーターに似ていると思ったから、彼女の前で口にしたことがある。知らない女優だったらしく、どんな映画に出演しているのと訊かれた。
 素直に答えた。
「ケネス・ブラナー監督の『フランケンシュタイン』では怪物の花嫁役、ティム・バートン監督『PLANET OF THE APES/猿の惑星』では主役のチンパンジー夫婦の妻を演じていた」
 ムッとした顔が忘れられない。何か誤解したらしい。

 Hさん、今も忘れちゃいないよ。


     ◇

 ●……無題 2006年04月14日

 H女史の訃報が届いた。
 あまりにも突然で何がなんだかわからない。身近な友人の死は大学4年のT以来だ。 いや、何年か前に母親と同じ脳腫瘍で亡くなった女友だちがいた。小学校からのつきあいで、年末に喪中はがきが届き驚きあわてた。10年ほど年賀状だけのやりとりになっていたのだが、それでもかなりのショックだった。
 H女史とは、元同僚、元試写会仲間、HPの師弟関係。最近はmixiで気軽に話せる仲。現在進行形のつきあいだから訃報を目の当たりにした昨夕は大声で叫んだ後全身に震えが走った。すぐに共通の友人に電話したのだが、震えで思うように番号を押せない。「落ち着け、落ち着け」と何度も言い聞かせた。

 気持ちの整理がつくまで書き込みはやめようと思っていた。しかし、後述するように私にHPを開設させ、「まぐま」を紹介してくれたのはH女史なのである。web上に何か書くことが彼女へおくる言葉になるのなら…と考え直した。

 もう十年以上前、書店向けの廉価ビデオで話題を呼んだ某出版社の映像部から、今の会社へ出向となった。数年していろいろあった後転籍したら、今度は子会社の語学出版社への出向となった。
 H女史はそこの社員だった。とにかく目立つ存在だった。ブランドものの超ど派手な衣装が彼女のお決まりのファッション。初めて見た時は目が点になった。おまけに当時光GENJIの追っかけをしていたというのだから。ブランド+ジャニーズ信仰女性なんて私にとってはエイリアンである。話が合うわけがない。そう勝手に判断してあまり近づかないようにしていた。部署が違ったので会社で話すことがなかったこともある。
 会社でも見た目で判断されるところがあった。先に出向し、彼女の上司的立場にいた同僚は〈仕事ができる女性〉ということを盛んに強調していたことを思いだす。上が彼女の働きに対する正しい評価をしていないといつも憤慨していた。

 彼女が映画好きだということを知ったのは、私の出向が解除され元の会社に戻ってからだ。突然、試写会の招待券を送ってくるようになったのである。
 当時彼女は手当たり次第に試写会に応募していて、親友のMちゃんと一緒に映画を観まくっていたらしい。で、余った券をこちらにまわしてくれたというわけ。
 こずかいの関係からそれほど劇場に通えない私にこの招待券はうれしかった。お礼の意味もこめて試写会で観た映画の感想を文章にしたためて送るようになりそれがある種の約束事になった。その第一弾が「アナコンダ」だった。感想を楽しみにしていたとずいぶんたってから聞いたことがある。

 6年前のある日、映画や読書の感想を記すHPを開設することを思い立った。何かの飲み会だったか、あるいは一緒に映画を観た帰りの喫茶店だったのか、席にはH女史とMちゃんがいて、HPのアイディア、構成やタイトルを話すと大いに賛同してくれた。
 それほどパソコンの知識がなく、HPの作成についてもおぼつかなかったのだが、二人の熱心な勧めで決断したといえる。それからは「早く! 早く!」の矢の催促。HP開設の大きなバックアップとなった。
 このとき、彼女はHP作成について何の知識もなかった。自分でHPを持つことにそれほど関心がなかったようだった。ところがしばらくするとPC教室に通ってあっというまにHPの権威になってしまったのだ。海外旅行とファッションのHPはあっというまに人気サイトになってしまった。
 現在の夕景TOPページのデザインをしてくれたのはH女史である。こちらのイメージを伝え、ああじゃない、こうじゃないとやりあった。BBSを設置してくれたのも、カウンターを用意してくれたのもすべてH女史。彼女がいなければ今の夕景工房はなかったと思う。そろそろリニューアルしようかとラフ案を考え、相談しようと思っていたのに……。

 ある日、「たぶん興味あるから」と一冊の雑誌を紹介してくれた。それが同人誌「まぐま」である。会社の同僚が仲間と始めた雑誌だという。webだけでなく、紙媒体にも何か発表した方がいいのではというアドバイスだったよう気がする。執筆だけでなく編集人として、私がここまで深く関係することを見抜いていたかどうか。彼女自身は香港旅行記を1回掲載しただけだったが、完成パーティーにはよく参加してくれた。
 
 そういえば語学出版社を退社してからは派手なファッションがなりをひそめてしまった。あまり試写会に一緒に行くことはなかったが、「グリーンマイル」のときに気がついた。理由を訊いて答えてもらったような気がするが忘れてしまった。
 それはともかく、親しくつきあうようになってわかったのは、彼女の裏表のない性格だった。女性特有のウェット感がない。何かのイベントを企画しても陰で「誰が出席するの?」なんて聞いてこない。行くなら行く。欠席なら欠席。あと腐れない。他人の悪口を言わない、噂話をしない。趣味、趣向はほとんど違うが、見方、考え方、感じ方には似たようなものがあって、映画の感想で一致したりする。話していて実に楽しい。
 とにかく自由気ままに、いい意味での唯我独尊の道をこれからも歩んでいくものだとばかり思っていた。フランクなつきあいがずっと続くものだとばかりに。

「あらいちゃん、元気~?」
 あの声は本当にもう聞けないのか。


 ●もう一度だけ、H女史のこと 2006年04月20日

 昨日はH女史の通夜、今日が告別式だった。
 急死の報を受けてから通夜まで日にちがあったので、その間あれこれ思いをめぐらせた。

 HPの件で問い合わせたいことがあり、毎日のように電話しようとしていた。亡くなった13日の朝も駅に向かう途中携帯に手を伸ばした。にもかかわらず結局やめてしまった。
 急ぐこともない、もうすぐ飲み会が企画されるはずだし、現に5月には「まぐま」の完成パーティーがある。久しぶりに参加しないかと声をかけるつもりでいた。あの伝説のかしまし三人娘の暴言放言が繰り広げられるかもと期待していた。

 なぜもっと早く電話しなかったのだろう。最後のやりとりがmixiの「フェラガモははしたなくて口にできない」。下ネタコメントだなんて我ながら情けない。
 話したいことはいろいろあったのだ。「ユー・ガッタ・メール」が昔の作品(ルビッチ監督「桃色の店」)のリメイクだったこと。その変遷が面白い。小林信彦「にっちもさっちも」に書いてあり、いつか話題にしようと思っていて忘れていた。この前文庫本を読んで思い出した。
 「まぐま」最新号の感想は「アライ色のまぐま」だった。お気に入りのスター、トム・クルーズの「宇宙戦争」は観たのだろうか。
 でもさあ、やっぱり6万円の靴は高くないか? オレのこずかいの…いや自分が惨めになるだけだからこれはやめよう。アライちゃんっていうのも、あまり好きじゃなかったんだよね。まあHさんだから許しちゃうけどさ。

 駅からの帰り道、ふとH女史との会話が頭の中をかけめぐり、ああ、彼女はもういないんだとため息をつく。その虚しさ。寝る前に音楽を聴くと、哀しみは一気に込み上げてくる。泣きたくなる。

 通夜に行って、遺影を見るのが怖かった。泣き出すんじゃないかと思った。
 ところが……
 遺影の笑顔が実に素敵だった。これで、何か気持ちの踏ん切りがついた。
 棺の中の彼女にも対面した。まったく予想していなかったこと。告別式への出席を遠慮しようと思ったのは、この対面(最後のお別れ)があるからで、一瞬ひるんだ。できれば回避したい。しかし、喪主であるお母さんの意向である。嗚咽してしまうのではと、びくびくしながら順番を待っていた。

 その瞬間。
 なぜか、不思議と穏やかな気持ちになれた。彼女の表情がそれこそ穏やかだったからなのか。彼女の死をきちんと受け止められたからなのか。

 というわけで、考えを変えて、今日は告別式に参列した。
 最後の別れも冷静でいられた。
 もうこれから、実際に話すことはできないけれど、たぶんふと思い出すだろう。この映画、あの俳優、あるいはたまには社会問題。話題にしたら、彼女は何て応えるだろう、なんて。
 そうやって、彼女をいつでも思い出すことが、一番の供養なのだ。
 某住職さんの受け入りだけれど。

 今気がついた。「まぐま」パーティーは彼女の訃報を聞いてからちょうど一ヵ月後なんだ。




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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