TVで「宇宙戦艦ヤマト」というアニメが始まったのが1974年の秋。日本テレビ、日曜日夜7時30分から8時まで。
「すげぇ面白いんだよ」
「スタッフが豪華なんだ」
 そんな感想を別のクラスの友人から聞いた覚えがある。小学6年ころ、やはり別のクラスだったが、仲間と大学ノートに漫画を描いていて一度見せてもらったことがある。潜水艦が活躍する話だったような。彼らは「青の6号」とか「サブマリン707」の漫画に夢中だった。僕とは好みが違った。
 そんなわけで、「面白い」という評判を聞いても、個人的にはこの新番組には食指が動かなかった。一度もチャンネルを合わせることがなかった。

 中学3年。
 高校受験に向けて勉強を真面目にやりだしたためにこの時間帯はTVを見ていなかったのでは? と思って調べてみたら裏番組にNHK「お笑いオンステージ」があった。そうでした、そうでした。僕は三波伸介を中心にしたこのバラエティが大好きだったのだ。
 だから同じ時間帯に放映されていたTBS「猿の軍団」も観ることがなかった。円谷プロ制作の番組なのに。この時期、特撮モノが粗製乱造され興味がなくなっていた。ウルトラシリーズだって「ウルトラマンA」の途中で観るのをやめてしまったほどだ。映画「猿の惑星」の二番煎じという印象がぬぐえなかったことも要因だろう。
 「宇宙戦艦ヤマト」は一部のまんが、アニメファンには評判がよかったものの、一般的にはまるで話題にならなかった。低視聴率のまま2クールで打ち切られた。

 僕が「宇宙戦艦ヤマト」の映像に触れたのは夕方の再放送だった。「おお!」と快哉を叫んだのはオープニングタイトルだ。佐々木功が歌う主題歌とタイトルバックに興奮した。主題歌は途中で挿入される女性コーラス(スキャット)が耳を捉えた。「続タイム・トラベラー」のテーマ曲とリンクするのではないか。広大で深遠な宇宙をイメージさせるメロディと声。
 スタッフタイトルで確認できる山本暎一、松本零士、舛田利雄、豊田有恒等々の名前に友人の言葉が蘇った。

 戦艦大和を宇宙に飛ばす発想がすごい。子ども向けではないストーリーに好感を持った。いわゆるヒーローが存在せず、乗組員たちのドラマが展開するところ。滅亡寸前の地球を救うべく、遥か彼方の惑星を目指して旅立つ……ロマンがあるなあ。
 にもかかわらず、僕は夢中になることはなかった。松本零士のキャラクターが好きでないのである。ユニフォームのデザインもダサかった。何だ、あの胸の矢印は? 
 設定に疑問を感じた。ヤマトに勤務する隊員が何名いるのか知らないが、女性が森雪だけというのは、どう考えてもおかしい。

 
 この項続く




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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