承前

 何より幻滅したのは映像が美しくなかったことだ。確かに、作戦室(?)の後方上部から部屋全体を俯瞰し、窓には広大な宇宙が広がって見える画は魅力的だった。が、ほかは特にどうというものではない。セル画の傷がけっこう目立った。
 当時TVアニメの最高峰だと思っていた「科学忍者隊ガッチャマン」には遠く及ばない。自分の中ではそういう位置づけだった。

 「仮面ライダー」が、もし主演の藤岡弘が怪我をして一時降板、苦肉の策で佐々木剛の2号にバトンタッチしなければ、その後の変身ブームはどうなっていたか。一部のマニアの間で語り継がれる等身大ヒーロー番組になっていたかもしれないのだ。
 同じことが「宇宙戦艦ヤマト」にもいえないだろうか。再放送で徐々に人気が高まっていたとはいえ、あくまでも一部ファン、マニアの間でしかない。カルトなアニメ作品になるのは十分ありえたはずだ。
(考えてみると、本放送では視聴率がふるわず、再放送で徐々に人気がでてくるというこの構図、同時期放映の「傷だらけの天使」も同じような状況を経ているのだった。)

 TVシリーズを再編集して劇映画で公開されたことが、あの空前の大ブームになる。
 で、その大ブームがその後アニメへの興味をなくす一因となった。それまで特撮とアニメは自分の中の二本柱だったのに。

 劇場公開される直前、日記にこう書いている。

     ◇

 1977/08/09

 「宇宙戦艦ヤマト」が劇場公開されるとあって、マスコミも話題にしているしファン達も何だかんだとうるさい。
 アニメファン、SFファンの自分としてはまことに喜ぶべきことなのに、今ひとつパッとしない。
 それはなぜか?
 確かに「ヤマト」はスタッフもすばらしい人々が集まり、ストーリーも子ども向けというより、青少年向けといった感じで好感をもてるが、やはり「科学忍者隊ガッチャマン」には及ばない。
 両者を比べると良識ある人は「ヤマト」をとるかもしれない。よりSF的だからだ。滅亡する地球を救うべく、はるか彼方の星へ旅立つ宇宙戦艦。
 テーマがはっきりしているし、怪物とかロボットだとか、子ども向けアニメに必ず登場するといっていい超人はでてこない。
 主役はあくまでも「宇宙戦艦ヤマト」であり、その乗組員たちだ。

 では「ガッチャマン」はどうか。
 地球を支配しようと次々にメ鉄獣を送り込むギャラクターとそれに対抗し平和を守ろうとする科学忍者隊の5人。
 こう書いていると従来の幼稚なアニメと変わらない気もする。
 しかし、このアニメが他を大きく引き離している最大の理由は画の美しさにある。
 実にすばらしいのだ。背景にしろ、人間にしろ、機械の冷たさ、が十分に表現されている。
 残念ながら「ヤマト」に美しさがない。
 たとえば夕陽のオレンジ。燃える街並みの赤、海底の深く落ち着いた青。
 「ガッチャマン」は絵を見ているだけでも心がはずむ。

 そしてもうひとつは荒唐無稽にみえる話も回を重ねるごとに重みをもってくることだ。
 ナントカ鉄獣というのがでてきて、それが科学忍者隊のゴッドフェニックスと戦うのがだいたい話の中心になるのだが、それはあくまでも飾りだ。
 そのおもしろさはギャラクターと忍者隊の知恵比べ、人間と人間の戦いにある。
 一枚一枚そのベールがはぎとられるギャラクターの苦悩、それとは反対に自分たちの秘密を知られてしまう忍者隊の、敵を倒せないあせり。
 それが見ているこちらまで伝わってくる。
 今日はベルク・カッツェのマスクがはぎとられた。今まで見せたことがない素顔をみたくて身を乗り出してしまった。
 それほど興奮させるドラマになっている。
 
 「ヤマト」がヒットしたら、今度は「ガッチャマン」だ。
 より科学的に、より人間を描いて劇場公開してほしい。

     ◇

 劇映画第一作めのときは、まだ新しいアニメ映画の誕生にある種の期待感があった。
 今でも思う、TVシリーズを再編集して劇場版にするのだったら、何も2クールのストーリーを1本にまとめることはなかったのだと。
 新撮も含めてイスカンダルに到着するまでの前編、地球に帰還するまでの後編という二部作、あるいはキリよく3部作にすればよかったのだ。まあ、その後の大ヒットを知っているから言えることなのだが。せめて、再編集版がヒットしたのなら、今度は同じストーリーをじっくり腰をすえて全編新作で描くということを考えなかったのか。ある種のリメイク。
 「宇宙戦艦ヤマト」のテーマを考えれば十分ありえたのではないか?
 
 怒りが爆発したのは翌年夏に公開された二作目「さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち」だ。第一作のラストで沖田艦長が絶命する。この展開が観客の涙を誘ったことに味をしめたのか、今度は乗組員全員を殺すことで、敵との戦いに決着をつけるのだ。自己犠牲が感動を煽るという僕が一番嫌悪する展開。
 このSFアニメの底の浅さを知った思いがした。
 以降、主要キャラクターを勝手に生き返らせたり、また死なせたりでダラダラとシリーズは続いていく。あのドラマ作りは許せなかった。よくファンがついていったものだと感心する。
 「科学忍者隊ガッチャマン」も「科学忍者隊ガッチャマンⅡ」で嫌気がさし、「科学忍者隊ガッチャマン・ファイター」はないものになっている。自分の中では。TVシリーズが再編集されて劇場公開されたが観ることはなかった。

 80年代、プロデューサー西崎某の商魂に嫌悪を抱き、以降、オフィス・アカデミー 、ウエストケープ・コーポレーションの文字は目にするのもおぞましいものになっていった。


 この項続く




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。さまざまなイベントを企画、開催していますので、興味あれば一度覗いてみてください。

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