娘が寮生活に入る、その引越しについてはまた項を改めてとしたが、特に書くことはなかった。
 昨年の正月に話し合って、4年になったら、一人暮らししたい、アパートを探すということで落ち着いた。そんなところに大学の寮を取り壊し、新築される情報が入ってきた。本来なら新入生のみ対象なのだが、初年度ということで新入生以外も入れるというのだ。
 つまりこういうこと。
 寮は一度に新入生を入れるわけではなく、部屋の半分を今年、1年後にもう半分を貸す。期間は2年。
 ということは今年部屋の半分は空いてしまうということだ。そんなのはもったいない。で、1年間だけ上級生に使ってもらおう、というわけである。
 自宅は近いし、申し込んでも無理との気持ちもあったが、面接時の「自分の部屋がない」アピールが効いたらしい。
 一人暮らしにはとんでもなく素敵な部屋である。

 フジテレビの「そっくりものまね! 紅白歌合戦スペシャル」、松本邦弘演じるたけし(北野武)のクリソツぶりに驚愕!
 下倉監督、高橋監督、ともにインディーズ映画の上映会で知り合った。ともに大怪我して生死の境をさまよった経験がある。
 
          * * *

 ●TAKESHI 2007/09/27

 「笑学百科」という本があった。著者は小林信彦。漫才ブームの終焉時に夕刊フジに連載された笑いや芸人に関するコラムをまとめたものだ。この中で、萩本欽一の漫才ブームに触れた至言を紹介していた。曰く「ブームがいつまで続くなんてことはどうでもいい。問題はそのあと」「そのあと日本人の笑いってものが変わってくると思うんです」。
 予言は当たって、その笑いの変質が本人を直撃したことは皮肉というか何というか。

 また、始まったばかりのビートたけしの「オールナイトニッポン」がいかに面白いか、3回にもわたって紹介していた。
 この深夜放送は、(大学の)サークルの後輩たちが放送のあった翌日に部室で話題にしていたところから興味を持った。実際に聴いてみると、そのあまりの早口で最初は内容を理解することができなかった。慣れてくると完全にはまってしまうのだが。

 一度だけビートたけしと話をしたことがある。話というほどのものではないか。ツービートがブレイクするちょっと前のこと。1980年の春だったと思う。
 あるイベント(スキー旅行)がきっかけでTV東京(当時はまだ東京12チャンネルだったか?)の番組に出演することになった。日曜お昼に放送されていたバラエティの1コーナーだった。素人の男性が歩行者天国に散らばって一定時間の内に女の子をナンパし、その優劣を競うというもの。一位になったペアへの賞品が確か時計だった。スキー旅行で知り合った主催者がこの番組のブレーンで、人が足りないから出演して、ということになったのだ。

 司会は愛川欽也。男5人はキンキンにうながされて自己紹介したあと、歩行者天国に繰り出した。後でどうして仕込みしておかなかったのか悔やんだのだが、真面目な僕は本当に見知らぬ女性に声をかけ、何度も断られながら、どうにか時間内に女性を連れ帰ることに成功した(当然賞品はゲットできず)。このときスタジオとなったビル(アルタだったのだろうか?)の階段ですれ違ったのが番組のレギュラーだったツービートの一人、ビートたけし。
「何やってんの?」
 これこれこういうコーナーでこんなことやっているんです、と説明すると、首をカクカクさせながら「くだらねえことやってやがんな」

 閑話休題。
 
 欽ちゃんバッシングの急先鋒がビートたけしだったわけだが、数々の物言いは悪口芸の一つだったのかもしれない。
 ビートたけしも一時続け様に批判されたことがある。最初が小林信彦だった。続いて泉麻人。批判の輪が急速に広がっていく中であのバイク事故が起きた。僕にはそう感じられてすごいショックだった。
 本来ならあの事故でビートたけしは死んでいたのではないかと思っている。破滅型毒舌芸人という括られ方で後世に名を残したのではないかと。

 ところがである。顔面麻痺という症状が残ったものの短期間で回復、復帰後は役者のほか、映画(監督)の才能を開花させ現在に至っている。
 神様によって生かされたのはないかと、半ば本気で信じている。北野映画にはそれほど興味はないのだが、日本映画を代表する一つの顔となったことは確かなのだから。
 
 下倉〈日曜映画〉監督や高橋〈B級映画〉監督も、同じ神様の力が働いたのではないか?




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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