1976年の10月、高校2年の僕は小学校からの友だちKと弟と3人で東京へ出かけた。晴れたら日本シリーズ、雨で中止になったら映画を観ようということで、当日は雨模様。それでロードショーとなった「犬神家の一族」を観たのである。場所は有楽町の千代田劇場だったろうか。
 実をいうと個人的には野球なんてどうでもよかった。雨が降ってよかった、よかった。


    ◇

 1976/10/24

 (略)とにかく混んだ。映画館の前には列ができるし、中に入れば出入口のところで人がひしめきあっている。苦労して席を3人分とって見た。
 怪奇映画として見ればちっとも怖くない。むしろおもしろい。加藤武演ずる橘署長なる者が大変愉快なのだ。すぐ犯人を断定してしまう。場内は笑いの渦。石坂浩二の金田一耕助もよかった。僕はまだ一度も横溝正史の本を読んだこともないのだけれど彼はぴったりなのではないかな。よく見ると二枚目でね。
 幸か不幸かこの物語、事件の結末を知ってしまったので謎解きのおもしろさは失われたが、それでもよかったと思う映画だ。
 きれいに撮っている。岸田今日子がでてくるシーンがきれいだった。
 耕助と(旅館の)女中はるとの会話なんていかしている。
「どうしました? お食事食べました?」
「ああおいしかったよ」
「私が全部つくったのよ。ねェ、何が一番おいしかった?」
「…生たまご」
 これは受けた。次のシーンにうつっても笑っている人もいたほどだから。
 こういう愉快なシーンをあいまにはさんで物語は進む。
 あおい輝彦が金田一に犯人を彼の母親であることを見破られた時に目を赤くして泣きくずれるところはよかった。(誰だ! ここで笑った奴は!)
 高峰三枝子も母子のシーンもよかった。
 音楽も、ラストシーンもいいぞ、まったく。

   ◇


 「犬神家の一族」は邦画には珍しくワクワクさせてくれた映画だが、市川崑監督の金田一シリーズのベストは2作めの「悪魔の手毬唄」だと思う。
 つかこうへいは「犬神家の一族」を西部劇、「悪魔の手毬唄」をフランス映画と評していた(と思う)。

   ◇

 1977/05/03

 午後、「悪魔の手毬唄」を観てくる。
 東宝が「犬神家の一族」の大ヒットよもう一度と作ったいわば2番せんじの作品である。
 しかし、しかしである。いいのだ実にすばらしい。映像が、若山富三郎が、岸恵子が、音楽が。
 一つ一つのカットが練りに練られて撮られているって感じだ。
 特に後半がいい。リカが犯人であることを告げた金田一の表情。何とか彼女をかばおうとする若山扮する刑事。
 母の愛。ここにもこの愛が描かれていた。母が息子を、娘を想う姿が村井邦彦の音楽にのって映し出される。
 その感動。
「磯川さん、あなたはリカさんを愛していらしたんですね」
 ラスト、金田一は磯川につぶやく。
 実にいいラストだ。シナリオを読んだ時も胸にきたけど、映画を観てもそう感じる。

   ◇

 参考)新旧「犬神家の一族」のあいだに   
     「悪魔の手毬唄」と赤い鳥の深~い関係?
     1976 秋だったね
     1976 秋だったね その2




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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