2011/04/29

 「紙ふうせんシークレットライブ 2011」(JAZZ&COFFEE JamJam)

 承前

 一世を風靡したヒット曲、実に簡単に出来てしまった、なんていうエピソードが当事者によって披露されることがある。有名なところではかぐや姫の「神田川」。喜多条忠から電話で詞を伝えられた南こうせつは、聞いた瞬間にメロディーが浮かんできたと語っている。本で読んだ。
 「紙風船」も現代詩人・黒田三郎の詩集を愛読していた後藤さんが、わりとあっさりと作曲したような印象があった。別に根拠はない。詩とメロディーからそんなイメージを持っていた。
 実際は、部屋で壁に頭を打ちつけながら作ったという。一週間かかった。ずいぶん苦労して〈現代の伝承歌〉が誕生したわけだ。完成したときの気持ちはいかばかりだったか。かなり手ごたえを感じたのだろうな。だかこそ群馬県太田市の中学2年生はこの曲にしっかり反応して、作曲者の後藤悦治郎を意識するのだもの。この時点では男性陣の顔と名前を認識していなかったのだ。
 「紙風船」は赤い鳥の「翼をください」「竹田の子守唄」と並ぶ代表曲の一つとなった。

 そういえば紙ふうせんのバックミュージシャン、ジャズピアニストの今出哲也さんは自身のブログにこう書いていた。「紙風船」のアレンジが対位法になっていて驚いたと。意識してそうしたのかと後藤さんに訊くと「いや、対位法なんて知らんかった」。確かそんな内容だったと思う。

 ところで、赤い鳥はもうひとつの紙風船を歌っている。たぶんライブでは披露されたことはないだろう。今年放送50周年を迎えた「みんなのうた」の「わたしの紙風船」である。中には黒田三郎の「紙風船」にメロディーをつけたのが「わたしの紙風船」だと勘違いしている人もいる。元ネタが黒田三郎の詩だと。テーマも詞にでてくる言葉も似ているので仕方ないのかもしれない。いや、もしかすると、「わたしの紙風船」の作詞者は黒田三郎を意識して作詞したのかもしれない。
 番組の中でもけっこう人気のある歌で、80年代になると、紙ふうせんでリメイクされた。以降紙ふうせんバージョンが流れている。今現在流れていると思う。
 この歌はYouTubeで聴くことができる。イントロから赤い鳥バージョンを思わせるのだが、ヴォーカル(女性)が聞こえてきて落胆していしまう。これ、もしかして六文銭が吹き込んだレコードバージョンだろうか。

 ちなみに「紙風船」のレコードバージョン、最初後藤さんがソロで歌いだし、平山さんが入ってくる。と、長い間思っていた。あらためて聴くと、平山さんの声のようでもあり、新居さんのようでもあり……これって二人がユニゾンで歌っているということだろうか。

 忘れていた。お客さんのトイレ待ちの間に聞いた話を記しておく。
 ヤマハが主催する「ライトミュージックコンテンスト」で赤い鳥がグランプリを受賞、その副賞(褒美)としてヨーロッパ旅行した際のロンドン滞在時のこと。
 トラファルガー広場(?)では、路上ライブが行われていて、赤い鳥も行った。すると、ライブを聴いたある人から自分の店で演奏してほしい旨依頼された。それがマーキークラブだった。ロンドンの有名なライブハウスだという。その流れでBBCの番組にも出演したとか。
 えええええ!!!!!

  紙風船/竹田の子守唄


 4月29日は後藤さんと浦野直さんの誕生日。前々回までと同様、みんなで「ハッピーバースデー」の合唱になるのだが、後藤さんから一言あった。
「浦さん、古希なんねんて」
 で、ハッピー古希~浦さんと歌いましょうと。合唱。
 後藤さんが言うのには、浦野さん、これまで紙ふうせんに3曲しか書いたことがないと。
 3曲というと「少年の日」と「冬が来る前に」と「朝の雨」か。
 「少年の日」は平山さんが産休のとき、ソロでリリースしたシングルのA面だ。B面が「ぼくらいつでも陽気でいたい」。「朝の雨」はCBSソニー時代2枚目のアルバム「フレンズ」に収録されていた。ヒット狙いの曲だったと記憶する。
「今年はぜひ1曲書いてほしいものです」と後藤さん。
 古希の浦野さんが作曲する。これがほんとのコッキーポップ(ス)、なんちゃって。

 これまた平山さんが産休で後藤さんがソロで活動していたときのこと。東京の女子大の学園祭に呼ばれてテーマソングを作った。それが「街を走りぬけて」。思い出深い曲だという。
 浦野さんのウッドベースが心にしみる。

  街を走りぬけて 


 この項続く




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Comment
No title
泰代さんが産休時のジローさんのソロ活動は知られてない部分ですよね。EP「白い画用紙」を出して泰代さんはしばらく休んで、その間に「少年の日」をソロで出して・・・・そのあと音沙汰がない期間があって(この期間が知られていないと思う)その後紙ふうせんの活動でビッキーズを発掘して、一緒に北海道までコンサートに来られていました。その当時ジローさんのMCで「泰代さんの母親ぶりに夫として感心させられる」と話されていたのを思い出します。まだ2歳ぐらいの息子さんに旅館の公衆電話から10円玉の塔をたてて会話してましたもの。そのあとカレーのCMで川原の土手を背景にでてましたよね。毎日カレーを食べているんだ~ と思い込んでいた(笑)  この項続く・・・
ジンギスカン さん
いやほんと、東芝EMI時代のソロってどんな活動をしていたのか、興味津々ですね。
マイナー志向でいろんなことに首をつっこんでいたとか(笑)。

この項どんどん続けてください。
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プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。さまざまなイベントを企画、開催していますので、興味あれば一度覗いてみてください。

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