AKB48の総選挙。その結果速報で号外がでたとか。翌日からのワイドショーがうるさいったらありゃしない。2ヶ月前だったらこの選挙も、報道姿勢も大顰蹙大会だったろうに。

 DoleバナナのCM、香取慎吾がバナナのかぶりものをして、同じかぶりものの子どもたちと歌い踊るあのCMのこと。「めちゃ×2イケてるっ!」のオカレモンのパクリではないか? 番組で共演が見られるかも。

          * * *
 
2011/04/15

 「悪魔を憐れむ歌」(蓮見圭一/幻冬舎)

 映画「冷たい熱帯魚」の冒頭で、「実際の事件に基づいた」云々の断り書きがあった。映画を観ている間はピンとこなかった。静岡、熱帯魚業者の連続殺人、そんな事件があったのなら巷で話題になるだろうに、まるで聞いたことがない。
 埼玉で起きた愛犬家連続殺人事件だった。それなら知っている。連日ワイドショーが追いかけていたような。 しかし、最終的にどうなったのかこれまた全然覚えていない。ああ、そうか、阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件のニュースにとって代わられたわけか。
 
 「冷たい熱帯魚」で吹越満が演じた主人公(小さな熱帯魚店を経営)のモデルになった男が事件について本を上梓していることを知った。連続殺人の共犯者となって、主犯の夫婦にいいように使われる男である。
 本のタイトルは「愛犬家連続殺人」(志摩永幸/角川文庫)。
 図書館で借りようと、図書館HPで検索したら本書がヒットした。タイトルも著者も違う。いったいどういうことか?

 ネットで調べた。
 まず共犯者が書いた本が新潮社から出版された。このときのタイトルは「共犯者」。筆者名は山崎永幸。角川文庫になって「愛犬家連続殺人」と改題。タイトルのほか、筆者名も苗字が変わっている。
 その後に本書が出たということなのだが、不思議に思ったのは筆者が蓮見圭一になっていること。単行本から文庫のときの改名は、本名をペンネームにしたくらいの認識で理解できるのだが、本書はまったくの別人なのである。取り扱った事件が同じというものでもない。あくまで「愛犬家連続殺人」の大幅な加筆訂正の上、改題されたというのだ。いったい何があったのか?

 またまたネットで調べた。
 なんだ、そういうことか。蓮見圭一は「共犯者」のゴーストライターだったのである。もともと週刊新潮の記者として山崎永幸に取材して書いたのが「共犯者」。文庫化に伴う改名の理由はわからないが、本書出版で完全に正式な作者になったというわけだ。
 この手の筆者の変更は何度か目にしている。「渥美清 わがフーテン人生」(毎日新聞社)は、聞き書きの体裁だったが、後に「渥美清 役者もつらいよ」(吉岡範明/双葉社)として再出版された。
 潮健児の自伝として出版された「星を喰った男」(バンダイ)は、文庫化(ハヤカワ文庫)の際に著者が唐沢俊一に変更になったという。唐沢俊一が潮健児にインタビューして原稿を書いていたのだろう。最近の俳優、女優が本を上梓した際によく見受けられるパターンだ。最近では(もう数年前になるが)「ショーケン」(講談社)が思い当たる。

 著者が変更になる場合、以前の著者の著作権者として立場はどうなるのだろうという疑問が残る。率直にいえば、本書における山崎(志摩)永幸への印税は派生しないのか。文章は書いていないが、素材を提供をしている事実は変わらないからだ。逆も言える。「共犯者」「愛犬家連続殺人」の蓮見圭一への印税はどうだったのか。ゴーストライターだからあくまでも原稿量で計算されるのか? もしかしたら志摩永幸は二人のペンネームだったりして。
 まあ、いいや。

 タイトルの変遷が時代を物語っている。事件がまだ記憶に新しかったときは「共犯者」で十分通用する。事件の関係者がその顛末を記したことが売りである。それが文庫化で「愛犬家連続殺人」。そのものずばりの表現で、作者が誰であるかなんていうのは関係なく、タイトルだけであの事件に関する内容だとわかるのが強みだ。
 それが著者が変わると「悪魔を憐れむ歌」。実をいうと本書を読むまで作家・蓮見圭一を知らなかった。デビュー作「水曜の朝、午前三時」がベストセラーになったとか。著者が変わるのだから、改題しなければならないのは理解でききるが、とたんに文学的なタイトルにするのは気取っているというか何というか。ローリング・ストーンズの曲のタイトル(邦題)をそのまま使用している。
 もし「共犯者」(「愛犬家連続殺人」)を読んでいるとして本人が書いていないことはすぐわかったと思う。そういう文章なのだ。

 映画の、でんでん演じる殺人犯は映画用にかなりデフォルメされているのかと思いきや、ほとんどそのまんまなのには驚いた。ネットで本人の写真を見たら容貌までそっくり。読んでいる間、ずっとでんでんのあの顔、あの声が脳裏を駆け巡っていた。映画はクライマックスまではほぼ実話に基づいているといっていい。モデルの方がより残忍な悪人というのがすごい。従業員の母親を愛人にしていて必要なくなったら殺してしまうのだ。人を殺すことに何の躊躇もない。罪の意識なんてこれっぽっちも持っていない。

 映画では、主人公がでんでんの殺人犯に子どもを人質にとられた感じで、また、あまりの押しの強さで共犯者にされてしまう。ある種の勢いで納得させられてしまうのである。本書を読むと、ああ、このときだったら警察に逃げ込めたのにと思える瞬間がある。
 逮捕されてからの検察との関係も興味深い。
 埼玉、群馬を舞台にしているので、知っている町や土地が出てきて事件が身近に感じる。

 映画の後でもこのノンフィクション・ノベルにはかなりの衝撃がある。もし先に読んでいたらとんでもないインパクトに打ちのめされていたかもしれない。
 確かなのは、先に読んでその後に映画を観てもガツンとくるのは間違いないこと。後半のオリジナルの展開がキモなのだ。
 「冷たい熱帯魚」、もう一度スクリーンで観たい!




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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